万事解決! ウマシカ企画社 ~7件目・悪夢の勇者と釘バット!?~

みすたぁ・ゆー

7件目・悪夢の勇者と釘バット!?

 私――蝶野ちょうの猪梨いのりは大学生となったことをきっかけにバイトを始めた。


 勤務先は学校の最寄り駅の駅前にあるウマシカ企画社。どういう会社かというと、簡単に言えば便利屋みたいなものだ。父親の知り合いがその会社の社長をしていて、コネで採用してもらった。


 ……社長と言っても、社員はほかに誰もいないんだけどね。


 仕事の内容は社長の補佐。主に電話番とか依頼された仕事のお手伝いをしている。やっぱりひとりだけで会社を回すのには限界があるもんね。それで人手を探していたところに私がバイト先を探しているという話が持ち上がって、お互いの利害が一致したというわけだ。





「勇者いのりんよ。よくぞ我が元へ辿り着いた。その勇気と実力は褒めてやろう。我こそが夢幻むげん覇王はおうリムだ」


 私は夢の世界を破壊と混沌に陥れようとしている夢幻覇王リムと対峙していた。リムは漆黒のローブを羽織り、耳まで避けた口からノコギリのような鋭い牙を覗かせている。外見はリザードマンに似ている感じだろうか。


 その威圧感と迫力はまさにラスボスそのもの。ついに対決の時がやってきた。


 私は夢の世界の住人から勇者に選ばれ、睡眠時にはこの夢の世界を冒険してモンスターと戦ってきた。別に中二病とか妄想癖があるというわけではなく、本当にそうなのだ。


 その証拠に、夢の世界で受けた怪我や疲労は現実世界でも反映されるし、現実世界で武具を装備して眠るとそれを夢の世界へ持っていける。私が手に持っている伝説の武器『聖なる釘バット』も、現実世界から持っていった釘バットに夢の世界で神の力を付加して作り上げたものだ。


「アンタを倒せば夢の世界にも平和が戻るワケね?」


「その通りだが、それはあり得ぬ話だ。なぜなら貴様は我に勝てぬからだ」


「はいはい、言ってなさい。すぐにその鼻をへし折って、その顔を絶望の色に染めてあげるから」


「貴様こそ激しくピー(自主規制)させて、泣きわめいて許しを請うまでピー(また自主規制♪)して、最後はピー(またまた自主規制!)させてやる!」


 ニタニタと怪しい笑みを浮かべながら私の体を舐めるように見てくるリム。私にさせようとしていることを想像して悦に入っているのだろう。


 もちろん、想像されるだけでも決して気持ちのいいものじゃない。私は途端に怒りがこみ上げてくる。


「そんなこと考えてたのっ? 最低ッ! っていうか、男なら度胸を見せなさいよ。ハッキリと『激しくベース間ダッシュさせて、泣きわめいて許しを請うまで千本ノックして、最後はトスバッティングさせてやる』って言いなさいよ!」


「最近は厳しすぎる練習をさせると、社会問題になることもあるのでな。伏せ字とさせてもらったのだ」


「……ま、いいわ。さっさと戦いを始めましょう。今夜、私が眠っていられる時間はあとわずかしかないから、急がないと続きは明日になっちゃう」


 夢の世界の勇者となった私には、あとどれくらいの時間で目が覚めるか――つまりこの世界での滞在時間が本能的に分かる。


 今夜は残り十分くらい。そして戦闘の途中で目が覚めると、その戦いは次に眠った時に最初からやり直しとなる。それはあまり効率が良くないし疲れるだけなので、私はその事態を避けたいのが本音だ。


 するとリムは深いため息をつき、眉を曇らせる。


「いつもながら忙しいヤツだ。睡眠時間は毎日一時間程度。ゆえに貴様が夢の世界で勇者になってから我の元へ辿り着くまで、十年はかかっているぞ? 待ちくたびれたわ」


「数日でアンタを倒して世界が平和になったら、武器屋とか鍛冶屋とか、失業して路頭に迷う人がたくさん出ちゃうでしょ? つまり経済が急激に悪化することになる。だから急いで冒険を進めなかったの。もちろん、ほかにも理由はあるけどね」


「なるほどな」


「幸い、勇者と夢幻覇王の決着がつくまで、何人たりとも夢の世界を完全に支配できないって設定。その設定の虚を衝かせてもらったってわけね」


「くっ、卑怯者め……」


 苦々しい表情を浮かべるリム。だが、その反応が私には理解できなくて首を傾げる。


「はぁっ? 戦いに卑怯もクソもないでしょ? 勝てばいいの、勝てば。悪役らしからぬセリフを吐いてんじゃないの!」


「……うぐ。貴様こそ勇者らしからぬセリフを吐くのはやめたらどうだ?」


「やっぱりアンタとは考え方が合わないみたいね。せっかく私の靴の裏を舐めて焼き土下座して涙と鼻水を流しながら謝れば、半殺しで許してあげたかもしれないのに。あくまでも『かも』だけど」


「き、貴様、本当に勇者か……!?」


「うっさい! 聖なる釘バットの一撃を食らいなさい!」


 私は聖なる釘バットを両手で握りしめ、リムに向かって突進していった。


 身構えてそれを待ち受けるリム。全身に力を入れて防御に専念するつもりらしい。そしてこちらの攻撃をやり過ごした直後にカウンター攻撃を仕掛けてくるつもりだ。


 ――でもそうはいかない!


「光れッ、聖なる釘バットよ!」


 私は聖なる釘バットを振り上げて叫んだ。すると聖なる釘バットは眩く輝き始め、辺りに黄金色の光が一気に広がる。


「うおっまぶし! 目が……目がぁああああぁーっ!」


「もらったぁあああああぁーっ!」


 目が眩んでまごついているリムに向かい、私は聖なる釘バットで攻撃を加えた。しっかりと地面を踏みしめ、全体重を載せてスイングした渾身の一撃!


「ふべらぁああああぁ!」


 リムは防御できないまま攻撃を食らい、ゴム鞠のように何度も地面をバウンドしながら吹っ飛んでいった。さらにゴロゴロと転がって、ようやく動きが止まる。


 もはやリムは虫の息。ただ、このまま死なれては困るのですぐに回復魔法をかけてやる。


「聖なる釘バットよ、癒しの奇跡を……」


 聖なる釘バットから放たれる温かな生命エネルギー。それはリムの体へと染みこんでいき、傷口がみるみる塞がっていく。


 それから程なく彼は意識を取り戻し、戸惑いながら私を見やった。


「な、なぜ我を助けた!? 情けというヤツか?」


「ンなわけないっしょ。私がそんな善人に見える? アンタを助けたのは取引をするためよ」


「取引?」


「私の部下になりなさい。そうすれば世界の十分の一の支配権を認めてあげる」


「こういう場合は世界の半分というのが相場なのではないか?」


「はぁっ? 実力差は今、身をもって思い知ったんじゃないの? 念のために言っておくけど、私はまだ一割も実力を出してないんだからね? 本気でやったらアンタ即死だよ? そんな相手になんで好条件を出さなきゃいけないの? バカなの? このまま抹殺してもいいんだけど?」


 私はリムを睨み付けながら、聖なる釘バットで彼の胸を軽く突いた。ちょっと力を入れて押込むだけで、その体には容易に風穴が開くだろう。


 リムもそれを理解しているようで、額に汗を浮かべながら即座に謝罪してくる。


「失礼いたしましたっ! 勇者いのりん様!」


「で、どうすんの? 取引に応じるの? 応じないの? ちなみに交渉が決裂した時はどうなるか、分かってるよね?」


「と、当然じゃないですかぁ、勇者いのりん様♪ もちろん取引に応じさせていただきますです、はいっ! 部下にでもブタにでも、喜んで何にでもなりますっ!」


「交渉成立ねっ♪ じゃ、これからも悪者として程々に働きなさい」


 計画通りの展開となり、私は笑いを堪えきれなかった。こんなにもうまくいっていいのだろうか? ついつい笑みがこぼれてしまう。


 するとそんな私を見て、リムはこちらの顔色を気にしながら恐る恐る訊ねてくる。


「あ、あの、いのりん様。なぜこんな取引を?」


「だってアンタを抹殺したらモンスターもいなくなっちゃうんでしょ?」


「えぇ、おっしゃる通りです。ヤツらは我が力によって生み出された者たちですから。それが何か?」


「そうなったら釘バットでモンスターを撲殺できなくなっちゃうじゃない。私は現実世界で溜まりに溜まったストレスの捌け口として、夢の世界のモンスター退治をしてたの」


「…………」


「モンスターのいない夢の世界なんて、それこそ私にとっての悪夢よ。そういうことだから今後、アンタは私の指示通りに動きなさい。そうすればアンタはこれからも夢幻覇王として君臨できる。私はモンスター退治をしてストレス解消できる。ウィンウィンの関係でしょ?」


「素晴らしいですっ、いのりん様! まさにあなた様こそ、真の夢幻覇王!」


 リムは私を尊敬と羨望の眼差しで見つめていた。すっかり従順となった私の犬。この気分、なかなか悪くない。フフフ……。


「もし裏切ったら……分かってるよね?」


「裏切るなんて、とんでもないことでございます。いのりん様の部下として存在し続けることに何の不満がありましょう?」


「よろしい! それじゃ、今日はアンタがどこかへ逃げて、トドメを刺せなかったということにしておきましょう」


「御意」


 ニタリと怪しく微笑み、片膝を付いて深々と頭を下げるリム。そしてそのタイミングで世界全体に白い霧のようなものが広がり始める。


 これはタイムリミットの合図。もうすぐ目覚めの時らしい。


「そろそろ起きる時間みたい。また明日ね。――あ、村や町のいくつかは滅ぼしてもいいからね? 急に大人しくなっても変に思われちゃうから」


「では、適度にモンスターを暴れさせておきます。またのお越しをお待ち申し上げております。我が主、いのりん様」


「よろしくでーす☆」


 やがて夢の世界全体が真っ白になり、気が付くと私は自室にある自分のベッドで横になっていた。


 温かな布団の温もりとお気に入りのラベンダーのアロマの香り。さらにカーテンの隙間から朝日が差し込んでいるのが見える。どうやら現実世界へ戻ってきたらしい。


「ふ……ふふふ……あはははははははははははははははははははははっ!」


 もはや夢の世界は私の手の中。これからは永遠かつ好きなだけ釘バットを振り回してストレス解消が出来る。まさに私にとって夢のような世界!


 こうしてこの日の朝は今までにない最高の目覚めとなったのだった。



〈了〉

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