第2話

ガラガラガラ、と教室の扉が開く音がした。

梓達が扉の方を見ると、男子生徒が二人、教室に入ってくる所だった。その瞬間、女子生徒の悲鳴があがり、クラスは一気にざわついた。


「うわぁ、王子だよ!二人とも!!」


コウが緊張気味に言った。

二人の王子は銀と青の髪をしていた。


「あの髪…」


「星名の王子が銀色、真麗の王子が青色だよ!!王族は各国で髪色が違うんだ。凰華なら赤色。彩雅なら紫色」


「へぇ、もう一つの国は?」


「あぁ、黒蛇?あそこの王族の事は良く分かってないんだって」


「ふぅん」


梓はもう一度王子二人の方へ目をやる。王子達の席は最前列の扉側のようだった。


「コウ、やっぱりイケメンね!」


「はぁ…やっぱり王子様はイケメンって決まりでもあるのかなぁ」


コウは羨ましそうに王子達を見つめている。

その視線の先の星名の王子は、いまだ叫んでいる女子生徒を睨みつけていた。黒縁の眼鏡をかけていて、少し神経質な印象があった。

真麗の王子は欠伸をしていて、あまり周りを気にしてはいないようだった。


「王子様達はわざと固められてるのか」


「そうでしょうね、私達庶民とは身分が違うし」


優希が言うと、コウは頷いた。


「先生も大変だろうねぇ」


梓は確かにな、と思った。王族が二人もいるクラスの担任になんて誰もなりたくないだろう。なってしまったが最後、胃に穴があく程のストレスを受けることは目に見えている。


「あ、」


「なんだ?」


「先生来たよ!」


コウの声と同時に、教室の扉が思い切り開かれる。入ってきたのは緩やかなパーマがかかった、焦げ茶色の短髪という髪の若い男だった。


「席着いてるかー?出席取るぞー?」


男は出席簿を取り出し名前を呼び始める。出席確認が済むと男は満足そうに頷いて、話し始めた。


駒崎歩こまざきあゆむだ。このクラスを受け持つ事になった、よろしく。あとこのクラスには二人王族がいるが…、俺は配慮はするが特別扱いはしないのでそのつもりでな」


駒崎はそう言うと、王子達に向かって笑いかけた。その瞬間クラスが凍りつく。

梓は、面白そうな奴が来たなと笑みを浮かべた。


「じゃあ続けるぞー。入学おめでとう。言いたい事は幾つかあるが、まず、このSクラスは特別だ。どう特別かと言うと、優秀。この一言に尽きる。魔力の量も基礎も頭も全てにおいて他のクラスより優秀だ。だから、といって他を舐めてたら痛い目に合う。これを覚えとけよ?天狗になってたらその鼻へし折られるからな」


それを聞いて優希が鼻を抑えるのを見て、梓は呆れた。


「次に、カリキュラムとか寮とかその他諸々は事前に送っといた資料をしっかり読み込むように。校則とかも載ってるから。で、校則で特に重要な箇所を説明しとく。まぁ分かってると思うが、許可なく学校内・学校外で魔法を使うことは禁止されている。事故を防ぐ為だ。で、魔族や闇落ちした者と遭遇した場合、すぐ逃げろ。戦おうなんて思うんじゃねーぞ?お前らが適う相手じゃないから。すぐ学校か軍に連絡すること」


説明を聞きながら、梓は資料をペラペラとめくった。


魔族ーーー闇の力を喰らい人々を襲う魔物。 化け物。強力な力を持つものが多い。


闇落ちーーー人間が負の感情や魔力の枯渇等により闇にのまれてしまうこと。闇魔法を使おうとして魔法にのまれてしまうこと。闇落ちした者は強力な闇魔法を使えるようになるが、自我を失う。


魔族と闇落ちの説明を目で追い終わると、駒崎が説明を続けた。


「最後に、明日は魔法具である杖の配給がある。で、個人的に持ってる魔法具の申請も明日受け付けるから、資料に入ってる魔法具申請書を書いて明日俺に提出。明日の時間割も資料にある。んで教科書類は寮に届けてある。質問は?」


駒崎はクラスを見渡す。


「…ないな?じゃあ、今日は解散。寮で荷解きちゃんとしとけよ。あと寝坊しないように!以上!」


そう言って駒崎はさっさと教室を後にした。


「なんか、思ってたような先生じゃなかったなぁ」


コウがそう言いながら資料をめくる。


「梓達は寮どこ?一覧は…これだ!」


コウは梓の机に寮の部屋分け一覧を置いた。


「優希は女子寮でしょ?俺と梓は別かぁ。寮って二人部屋なんだね…って…、ええええ?!?!」


「なんだよ急に、うるせぇな」


「そうよコウ。迷惑だわ」


「いや!違うんだって!見てよこれ!梓の同室者!!」


「は?…高山亮たかやまりょう?知り合いか?」


梓がその名前を言うと、優希が固まった。


「嘘…高山…?!」


「おい、何だよ」


「あ、梓、高山亮は、星名の王子よ!!」


「……は?」


今度は梓が固まった。


「おいおいおい、待てよ、何かの間違いだろ、なんで俺が王子と同室なんだよ!王子達は固めとくんじゃねぇのかよ!」


「そんなの私に言われても知らないわよ!」


「ど、どうするの梓!失礼な事したら罪人になっちゃうよ!」


「はぁ?!まじかよ!」


梓は混乱する頭を必死に動かして打開案を見つけようとしたが無理だった。


「…諦めるしかない」


「ああ、梓が悟りを開いちゃったよ…」


「頑張って梓…私は応援してるわ…!」


梓は二人に励まされながら、重い足取りで寮に向かった。





寮に着くと、コウが梓の肩を掴んで揺さぶった。


「いい?!敬語で話すんだよ!失礼のないようにするんだよ!逆らっちゃダメだよ!梓すぐ反抗しちゃいそうだもん!」


「そうよ梓!平穏に!」


「努力する…」


梓は若干涙目のコウと心配そうな優希に見送られて部屋の前まで来た。

教室に入る時より数百倍緊張しながら、梓は扉を開ける。玄関には靴が揃えて置いてあって、もう王子がいる事を察して梓は扉を閉めそうになった。が、それを堪えてなんとか部屋の中に入る。靴を脱いで廊下を進むと人影があった。


「…どうも」


梓がそう声をかけると、銀髪の男子生徒、つまり星名の王子は振り返った。


「お前が寄木梓か」


「はぁ、そうですけど」


「ふん、どこの出身だ?」


「大陸の外」


「大陸の外?」


星名の王子、亮は目を細める。


「まぁいい。お前、俺の事知ってたか?」


「全然」


「ぜっ!?……無知なんだな」


「大陸には来たばっかなんで」


梓があっけらかんと答えると、亮はため息をついた。


「はぁ。いいか?寄木梓。俺は王族だがお前に王族への対応は求めん」


「あー、敬語とかいらねぇって事?」


「そうだ」


「あっそう。了解。なんて呼べば良い?」


「亮で構わん」


「おっけ。俺も梓で良いよ、王子様」


亮は眉間に皺を寄せながら頷いた。


「さて、資料の読み込みと荷解きしなきゃいけねぇんだよな」


梓が適当に椅子に座ると亮はその向かいに座った。


「えー、明日は昼まで、杖の配給と基本的な使い方、演習諸々…。だるっ」


「お前、自分の魔法具を持ってるか?」


「ん?持ってるよ。あ、申請書書かなきゃいけねぇのか」


梓が申請書を探し出してペンを取る。


「お前、魔法具は何を使うんだ?」


「日本刀」


「昔の剣か」


「そーそー。亮は?」


「俺は銃を使う」


「かっけぇな」


梓が言うと、少し亮は照れた風にそっぽを向いた。


「どした?」


「な、なんでもない!」


「変なやつ」


梓は申告書を書き終えると、上着を脱いでベッドにダイブした。


「あー、ふかふか。亮、俺二段ベッド下で良い?」


「構わん」


「どーも。てかさ、なんで真麗の王子と一緒の部屋じゃねーの?」


「王族同士だからといって、何でもかんでも一緒なわけではない」


「ふぅん」


梓が興味なさげに返すと、今度は亮が質問をしてきた。


「お前の国に王族はいるのか?」


「そりゃいるよ」


「ふむ、どんな王族だ?」


「どんな?どんなって言われてもなぁ」


梓は少し考えて、言葉を続けた。


「んー、悪い王族?」


「悪いのか」


「うん。悪い王族。自分勝手で、愚かな奴らだよ。ただの嫌われ者」


「お前も嫌いなのか」


「まぁね」


「王族とは、国民に慕われる存在であるべきだ」


「そうだな。でも、そうはなれなかった」


亮はまた眉間に皺を寄せた。


「お前の国はどこなんだ?」


「んー?亮の知らない所」


「そんなに遠いのか」


「めっちゃ遠いよ」


そうか、と亮は少し残念そうに言った。そんな亮を見た後、梓は目を瞑った。


「なぁ亮、明日一緒にクラス行こうぜ。友達紹介する」


「いいぞ。俺も真麗の王子を紹介しよう」


「まじ?大丈夫?」


「あいつは良い奴だ。それに王族らしくない」


「良い意味で?」


「…多分」


「そこは言いきれよ」


思わず目を開けて梓が言うと、亮はすまない、と言って笑った。


梓もつられて笑った。

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