第1話

星名にある、大陸一の魔法学校「星ノ魔法学校」には、大陸中から魔法を学びたいと願う者達が集まる。星ノ宮魔法は中高一貫校で、庶民から王族にまでわたる生徒達が、日々勉学に励んでいた。そんな、星ノ魔法学校に入学する事になった寄木梓よせぎあずさは、学校へと続く桜並木を歩いていた。周りには期待に目を輝かせる新入生ばかりで、梓はため息をつく。なぜなら、梓はこれから始まる学校生活に不安しかなかったからだ。それは、友達ができるだろうか、とか授業についていけるだろうか、とかいうありきたりな不安ではなく。


「どうして、こうなったんだ?」


そう言って、またため息をついた。梓は、とりあえず考え込むのをやめようと頭を左右に振った。こうしていたって仕方がない。もう後戻りなんてできないのだから。大丈夫。きっと上手くいく。梓は自分に言い聞かせて、足を進める。


「とりあえず、くそ長い入学式を耐える。これだけに集中する」


梓は目の前にある大きな校舎を見上げてそう言った。





入学式を眠気を耐えつつ終えたあと、事前に自宅に郵便で送られていた資料を見ながら、梓は廊下を歩いていた。


「確か、クラスに行けって言ってたよな」


資料に書かれたクラスはS。どうやら、この学校のクラスはS〜DまでありSが一番優秀なクラスのようだった。


「俺が最優秀クラス、ねぇ」


自嘲するように笑いながら、Sクラスを目指す。校舎は中学校舎と高校校舎に別れていて、両方とも四階建てになっている。

梓は高校生として入学したので、高校校舎がある方へ向かう。

校舎の中はどこも綺麗で、思わず感嘆してしまう。流石大陸一の魔法学校だなと梓は思った。十分程歩いてSクラスに着く。深呼吸をした後、扉に手をかける。ゆっくり扉を開くと、いち早く着いていた生徒数名が梓を見て、また視線を戻した。教室に入り、黒板の座席表を確認する。座席は名前の順にはなっておらず、法則がわからなかった。梓の席は窓側の一番後ろだったので、とりあえず席に着く。鞄を置いて一息つき、窓の外を見ると桜が舞っていた。


「ねぇ」


「…俺?」


突然声をかけられ一瞬固まった梓は、直ぐに我に返って返事をした。


「うん。私、立花優希たちばなゆうき、よろしく。隣の席だし、仲良くしましょう?」


優希は微笑んで手を差し出した。


「寄木梓。よろしく」


「梓?可愛い名前ね。あぁ、悪気がある訳じゃないのよ?」


「女みたいってよく言われる」


「でしょうね」


優希はクスクスと楽しそうに笑った。そんな彼女を、梓は見つめた。

金色の髪は腰まで伸ばしてあり、さらさらと風に揺れている。優しげな目は優希の人柄を表すようだった。


「ねぇ、梓って呼んでもいい?私も優希でいいから」


梓が頷くと、優希は嬉しそうにありがとうと言った。


「ねぇ、梓。あなたどこの国から来たの?」


「大陸の外」


「え?!そうなの?珍しいわね」


「長旅だった」


梓がため息をつくと、優希は苦笑した。


「私は彩雅出身なの」


「ああ、魔法具で有名な」


「そうそう!私の家も魔法具を作ってるのよ。作って欲しい魔法具があったら言ってね!いつでも注文受け付けるわよ!」


「それ、友達割引とかあんの?」


優希はきょとんとした顔をして、それから笑った。


「勿論!」


「そりゃどうも」


梓も笑顔を浮かべると、前の席に人が座ったので、前に目を向けた。梓の前に座ったのは男子生徒で、柔らかな茶色の毛が揺れていた。目線に気づいたのか、後ろを振り返ってくる。


「あ、はじめまして!花街はなまちコウっていいます!よろしくね!!」


コウは無邪気に言うと、ぺこりと頭を下げた。


「寄木梓。よろしく」


「立花優希です。コウって呼んでも良い?」


「もちろん!優希って呼ぶね!あと梓!」


「はいはい」


梓が呆れたように言うのも構わず、コウは続けた。


「ねえねえ!二人はどこから来たの?」


「私は彩雅。梓は大陸の外から来たんだって」


「本当?凄いね…遠いのに…。コウは凰華だよ!」


「大陸の中心的な国、だよな?」


「そうだよ!重要な会議とかは凰華で行われるんだぁ」


コウの説明に梓はふぅん、と頷く。


「ねえねえ!ところで二人とも、このクラスに王族が二人来るって知ってた??」


「二人もか?」


梓が驚いたように言うと、コウは興奮気味に言った。


「そうなんだよ!一人は星名の第三王子、もう一人は真麗の第四王子だって!」


「喧嘩とか起きないと良いけど…」


優希が心配そうに言うと、流石に大丈夫でしょ、とコウが言った。


「どうしよう、コウ王族見るの初めてなんだけど…!!」


「そんなの私だってそうよ!」


王子はどんな人なのだろうか、という二人の話し合いを聞き流しながら、梓はまた窓の外を見た。何とか、この学校でやっていけそうな気がする。既に二人も友達とやらが出来た。王族が二人もクラスにいるというのが不安材料になってはいるが、些細な事だろう。

三年。たった三年この学校に通えば良い。それでもう国に帰れる。


「俺は、本当に国に帰りたいのか?」


少し考えたが、わからなかった。

梓は優希とコウに目を向ける。いまだ王子の話で盛り上がっている二人。その様子を見て、笑みが浮かぶ。

こんな生活も良いかもしれない。友達と学校に通う、そんな生活。平和で、楽しくて、笑いが耐えない生活。


「俺には似合わないけど」


でも、梓は三年間だけなら、許されると思った。楽しく生きたって良いじゃないかと思った。


「だってこれは、俺の三年間だ」


「梓?なんか言った??」


コウが頭をかしげる。


「別に」


「そー?ねえねえ梓、王子ってやっぱりイケメンかな?!」


「知らねぇよ」


「あれ、てか梓もめっちゃイケメンじゃない?!え!!許せないんだけど!!」


「遅くない??私は最初から思ってたわよ」


「はぁ??」


「ちょっと!イケメン三人になるって事?!」


「いいえ、まだ増えるかも知れないわ!」


「そんなのコウは許さないよ!」


「何言ってんだお前ら…」


梓が笑うと、ほらイケメン!!イケメンが笑った!!!とコウがはやし立てる。そんなコウを諦めなさい、と優希が諭す。


「騒がしいな、本当」


梓は、少しだけ、心の中の不安が無くなったような気がした。


その空いた部分に、期待が溢れたような気も、していた。

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