第30話 チャクラムは練習不足

 九尾きゅうびの名乗りを聞いたシイとムチは呆気にとられた顔を見せたと思うと、その場で腹を抱えて笑い出した。


あにぃ、聞いたか、あのクソガキめ、よりにもよって九尾様を語ったべ」

「バカバカしい、おいらたちもナメられたもんだべなぁ」


 自分をあざける彼らに九尾の怒りは頂点に達する。


「おのれ、おのれオサキ風情がぁ、目にもの見せてくれるわ!」


 九尾は短刀を振り下ろしては空を薙ぐを繰り返す。そのたびに斬撃がやいばとなってシイとムチに襲い掛かる。余裕のていでそれらをかわす二人だったが、それでも続けざまの攻撃にかすりの裾や袖口が裂かれていった。


「え——い、しゃらくせぇヤツめ。ムチ、ナギ、行くべ」


 長兄のシイがそういうと三人の身体からだは幼い子供からイタチに似た獣に変化へんげした。まさにそれこそがオサキ本来の姿だった。


「ここからは手加減なしだべ」

「みんなまとめてやっつけてやんべ」


 言うが早いかシイとムチは絶妙なコンビネーションでビームを放つ。しかし末の妹のナギだけは相変わらず一太かずたの足にしがみついたまま動こうとしなかった。そんな妹にシイが声を上げる。


「ナギよ、お前ぇはそこで一太を守れ!」


 シイとムチは縦横無尽に動き回っては雑木を巧みに利用して地の利を生かした攻撃を仕掛けてくる。それに対してこちらの飛び道具は九尾の短刀のみ、ギンが奮闘してはいるものの得意の接近戦とは勝手が違う相手に苦戦を強いられていることは否めなかった。

 飛び交うビームをかわしながら九尾が声を上げる。


「よもぎ、法具リングじゃ。れも戦輪チャクラムで応戦するのじゃ!」

「よ――し、よもぎも負けてられません」


 よもぎはいつでも応戦できるようにと身構えていたホルスターの短剣から手を離すと、今度は右手を胸の前に掲げて念ずるように静かに目を閉じる。

 するとよもぎの右手には金色の戦輪チャクラムが現れた。そうはさせるかとムチが放ったビームがよもぎのすぐ脇をかすめていく。


「今のは威嚇だ、次は外さねぇべ」


 続く二発目がよもぎの胸元を狙う。しかしそれは瞬時に半透明になったよもぎの身体からだを突き抜けて、ヒロキたちを守る結界のバリヤーに跳ね返されてしまった。ムチは三発、四発と続けて放つも、それらすべてがことごとくよもぎの身体を透過するばかりだった。


「あんたたちはやり過ぎです。よもぎは激おこです!」


 実体化して再び身構えるよもぎだったが、しかしまるで電池が切れたオモチャのように戦輪チャクラムを片手にその場で固まってしまった。

 ここぞとばかりによもぎを狙うシイとムチの攻撃を九尾とギンが前に立ってかわしていく。


「な、何をしておるのじゃ。さっさと彼奴きゃつらを狙わんか」

「……」

「は、早くせんか。わらわも猫もそう長くはもたんぞ」

「おい、よもぎどうしたんだ」

「よもぎちゃん、しっかりして」


 ヒロキと可憐もバリヤーの中からエールを送る。その声に応えるかのように振り向いたよもぎの顔は困り果てたような情けない表情が浮かんでいた。


「まさかあいつ、戦輪チャクラムの使い方がわからないのか。よもぎ、投げろ、とにかく投げるんだ!」


 ヒロキの声で我に返ったよもぎは手にした戦輪を敵に向かって放り投げた。金色の輪がまるで夜店の輪投げのように緩い放物線を描く。


「なめんな、このド素人が!」


 シイのビームが戦輪チャクラムを打ち砕く。よもぎは懲りずに二度、三度と彼らを狙うが、それらもシイとムチによって破壊されてしまった。


「何をやっておるのじゃ、真面目にやらんか!」

「やってます! でもでも、初めてだし……」

「え――い、わらわ彼奴きゃつらに一発お見舞いするゆえ、れは法具リングを寄越したあの獄卒めがやってたのをよ――く思い出すのじゃ」


 そう言うと九尾は二匹のオサキを狙うよう刃を構える。小さな身体からだから発せられるただならぬ気迫にシイとムチも身構える。


「猫よ、れはよもぎを守ることに専念するのじゃ」

「承知しました、おかませください」


 光芒一閃、九尾が振るう斬撃が二匹を襲う。

 瞬時に避けたシイが飛び退きざまに地を這うようなビームを放つ。

 すかさずジャンプしてやり過ごす九尾が今度はムチ目掛けて刃を振るう。一瞬の隙を突いて光線を放つシイ、その攻撃を鋼鉄の爪で破砕するギン。二人と二匹は一進一退の攻防を繰り返す。


「そっか、よもぎ解っちゃいました。こんなときは元を断てばいいんです」


 あの測定器なるものを破壊すればシイとムチのビームも止まるのではないか。そう考えたよもぎは頓狂な声を上げるとバリヤーの向こうから様子をうかがうヒロキと可憐に向けて余裕の笑みを見せた。


 よもぎは手にした戦輪チャクラムを人差し指でくるくると回しながら、息を整える。そして腕を伸ばしながら大きく踏み込むとサイドスローの投法でそれを放った。

 一直線に飛ぶ金色の輪、シイとムチが気づいたとき、それは既に静かに唸る測定器に届かんとしていた。


「しまった。ナギ、頼んだべ!」

「えっ、えい!」


 次兄のムチが叫ぶとそれに呼応して一太かずたに寄り添うナギが右手を挙げてビームを発射する。一直線の光と金の戦輪チャクラムが紙一重で交錯する。

 ナギのビームが戦輪チャクラムをかすめて無防備なよもぎに襲い掛かる。同時に鳴り響く複数の金属的な衝撃音。


「ご無事ですか、よもぎ様」


 今、よもぎの目の前にはギンが鋼鉄の爪を構えて立っていた。

 一方でよもぎが放った戦輪は頑丈な測定器の筐体の前にはなす術もなく砕け散ってしまった。


ギンさん、ありがとう。よ――し、こうなったら最後の手段です。シロさん直伝のこれを使います」


 よもぎは左右の腰に下がるホルスターから短剣を抜くと二刀流の要領でそれを構えた。


「よもぎのやつ、まさかとは思ってたけど、そんなものまでコピーしてたのか」

「ヒロキ、あれってもしかして」

可憐かれんもご存じのスペツナズナイフだよ」

「えっ、私が?」

「ああ、前にシロがそう言ってた、可憐が見てるのを真似してみた、って」

「き、記憶にございません……」


 バリヤーの中で呆れた顔をするヒロキたち二人だったが、かつてそのナイフで痛い目を見た九尾はよもぎが手にするその武器に顔をしかめていた。


「浮遊霊ごときが、そんな小っさい得物でおいらたちに勝てるわけがねぇべ」


 相変わらず強気な口調でビームを構えるムチによもぎは照準を合わせるように左手の短剣を構える。

 メカニカルなつばに親指を添えるよもぎ、その指に少しばかりの力を入れた瞬間、鈍い射出音を伴った両刃の刀身が真っ直ぐムチ目掛けて飛んできた。

 かろうじてかわしたとは言え、予想外の出来事に声も出ない二匹だったが、我に返ったムチが大声で叫んだ。


「な、なんだべ、それは! あ、危ないっぺ!」


 そんなムチを指さしながら九尾が笑い声をあげる。


「にゃははは、見たか、よもぎよ。彼奴きゃつめ、わらわのときと同じリアクションをしおったわ」

「なるほど、さすがに血は争えないってことだな、九尾」


 バリアの向こうでヒロキも声を上げて笑った。


「よもぎ、そのまま測定器も狙うんだ」

「もちろんです!」


 ヒロキの声に応えるようによもぎは金属バネがだらしなく垂れ下がった左手の残骸を打ち捨てると、片膝をついてもう一本の刃先で測定器を狙う。両手でしっかりと狙いを定めてよもぎはトリガー代わりのつばに指を掛けた。

 再び鈍い射出音、その反動でよもぎの肩とトレードマークの小さなおさげ髪が微かに揺れた。

 一直線の軌跡で刀身が測定器に命中する。頑丈なパネルの隙間に突き立った刀身、そこ狙って今度はギンが飛び掛かる。


「おまかせください!」


 ギンは落ち着いた声でそう言うと同時に目の前数メートルをジャンプして測定器の前に着地すると右手の爪を思い切り振り下ろした。

 ゆがむ筐体と飛び散る火花、なおも鋼鉄の爪を突き立てる銀、やがて筐体を覆うスチールの一部がめくれ上がってそこに僅かな隙間ができた。


「ヒロキ、これを」


 その様子を見ていた可憐が手にしたペットボトルのキャップを開けて、それをヒロキに手渡した。


「よし、これでおしまいだ。ギン、こいつを頼む!」


 ヒロキは火花散る測定器を狙って水が満たされたペットボトルを放り投げた。ヒロキの声を聞いたギンがバリヤーを越えて測定器の真上に迫ったボトルを鋼鉄の爪で破壊する。

 弾ける水しぶきが測定器に降り注ぐ。ショートする火花と立ち上る蒸気。


「それ、もう一本だ」

「させるかぁ――!」


 ヒロキが二本目を放り上げると、そうはさせまいと長兄のシイが声を上げてペットボトルを迎撃する。高温のプラズマと水が満たされたボトル、目標に到達する直前にそれはギンの頭上で炸裂した。

 一瞬にして蒸気となった水が周囲のすべてを覆い隠す。その隙を突いてギンはよもぎが開いた小さな隙間に何度も何度も鋭い突きをお見舞いする。歪む筐体と飛び散る火花、そして最後に目いっぱいの気合を込めて鋼鉄の爪を振り下ろすと、ついに重量級のバッテリーもろとも真っ二つになったそれは完全に沈黙して鉄の残骸に帰した。


「な、何が起きているんだ。僕は何をしているんだ」


 プラズマの炸裂と測定器が破壊された衝撃で意識を揺さぶられた一太かずたが我に返る。彼の足にはオサキ本来の姿になったナギが怯えるようにしがみついていた。


「カズタ、あにぃたちを止めてくれろ、兄ぃたちを」


 一太の目の前では二匹のオサキを相手にメイド姿の幼女とバトルスーツの少女が戦いを繰り広げている。そこから数メートルほどの場所ではバリヤーに護られたヒロキと可憐がその様子を見守っていた。


「太田君、神子薗みこぞの君、君たちはいったい……」


 すると一太の目の前に鈍い光を放つ刃が突き付けられた。今にも突き刺さんと怒りに満ちた眼差しでギンが言う。


「あの者たちを止めてください。あなたにしかできないことです」

「ちょっと待ってくれ。き、君はメイドさん? なんでこんなところに……」

「説明は後です、いいから早く止めなさい!」

「わ、わかった」


 一太は二匹のオサキに命じるように叫んだ。


「シイ、ムチ、そこまでだ。もういい、やめるんだ!」


 その声に戦いの手を止める二匹だったが、シイが一太に向けて右手を挙げた。


「もう終わりだべ。どうせおぇはけえらねぇだろうし、おいらたちはこのままけがれになるんだ。ならば、死なばもろともだべ」


 半ば自棄やけになったシイのビームが一太を狙う。すかさず防御に回るギンだったが、同時に彼女の目の前で激しい火花が散る。

 なんと、今まで怯えていたナギが力を振り絞って兄を迎撃したのだった。


「ナ、ナギ、おぇまで……な、ならばまとめて片付けてやるべ」


 見境いなくシイとムチが撃ちまくるビームから一太を護ろうとナギとギンが迎撃する。九尾も短刀の斬撃で、よもぎも不慣れな戦輪チャクラムで応戦する。夕刻の雑木林に閃光と破裂音が鳴り響く。

 測定器が破壊された今、彼らオサキたちに負イオンを供給する手立てはない。よってその攻撃は間もなく止まることだろう。

 しかしそれはいつなのだ。

 それまでに彼らを改心させることはできるのか。

 そのとき可憐かれんの脳裏にシロが残したなぞかけにも似た言葉がよみがえった。


「見守りもするし、見逃しもする」


 そうか、そう言うことか。

 シロの言葉の意味が解った可憐がバリアーの中から声を上げた。


「よもぎちゃん! 勾玉まがたまを、しろの勾玉を九尾に渡して!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る