第19話 冥界からの贈りもの
静まりかえった境内に管理人の声が響く。その声に従ってよもぎと
「あ――
よもぎと九尾は互いの顔を見合わせると、揃って驚きの声を上げた。
「な、なんですか、それって!」
「な、なんじゃ、それは!」
その様を見て高笑いしながら管理人は戸惑う二人に向かって事の顛末を話し出した。
「ハハハ、説明しよう。今回のは、まあ、オマエたち二人についての様子伺いみたいなもんだったのさ。ここ最近はオマエらもそれなりに精進してるみたいだし、お嬢さんも九尾をうまい具合に
そして手にした携帯端末をジャケットのポケットに収めながら続けた。
「今回のシナリオを考えたのは上の連中だ、もちろんあの
「……」
九尾はその声に応えることなく憮然とした顔でいつものように腕組みをして管理人を睨みつけていた。
「その趣旨はね、お嬢さん、あんたの現世に対する気持ちってのを試すことだったのさ。もし目の前に母親が現れたらこの娘はどうするか、ってな。もし情に流されるようならばそこでゲームオーバー、しかしあんたは今の状況をしっかり受け入れてるってことが証明されたわけだ、さっきのひと芝居も含めてな」
管理人の説明が終わると、待ってましたとばかりに九尾が口を開く。
「それにしても見たかよもぎ、
「でもでも、管理人さん嬉しそうです」
「そりゃあ、あの辛気臭い沼で亡者どもの相手をするよりは現世に降りてくる方が楽しいのじゃろうよ」
声を潜めているとは言うものの、自分の目の前で臆面もなく悪態をつく九尾に苛立ちを覚えたのだろう、管理人の顔が満足げな笑みから冷笑に近い微笑みに変わった。そして二人の前までやって来ると右手の拳を九尾の脳天に振り下ろした。
「イッ、イタイのじゃ。この
管理人は表情ひとつ変えずに九尾の頭に拳をさらにもう一発、九尾は頭を押さえながらその場にうずくまる。
「な、
「口の減らない仔狐が、どうだ、少しはこたえたか」
「痛いのじゃ、痛すぎなのじゃ」
そして管理人は呻く九尾の頭に左手を当てながらもう一方の右手で指をパチンと鳴らした。すると九尾のメイド服の裾から金色の毛に覆われた
「あ――! シッポが四本!」
そしてすぐ後ろに立つヒロキとミーシカにも見てみろと言わんばかりにその姿を指さす。
「ヒロキさん、ミーシカちゃん、見てください、ほら、九尾のシッポ」
「おっ、四本になってるなぁ」
「ほんとだ、四本だぁ」
みんなの声を聞いた九尾も自分の尻のあたりに目を向ける。そこには確かに四本の尾が顔を覗かせていた。
「なぜじゃ、なぜ二本も増えておるのじゃ」
すると管理人はこぶの様子でも伺おうとしたのだろう、九尾の頭をさすりながらその問いに答えた。
「オマエ、さっきこのお嬢さんを必死で止めようとしたじゃないか。それに誘導された太田君へのフォローもしていたし、あとは、そうだなぁ……少しは社会貢献もしたようだしな。そんな諸々があってのことさ。何はともあれ、ありがたく受け取っておけ」
九尾は頭の上の管理人の手を払い除けながら立ち上がると四本の尾をゆらゆらさせながら照れくさそうに顔を赤らめた。
「今回は……まあ、その……素直に礼を言うのじゃ」
九尾にしてはめずらしく素直なその態度に満足したのか、管理人は「うむ」と頷くと今度はよもぎに向けて微笑みかけた。
「さて、九尾にご褒美をあげたんだからお嬢さん、あんたにもあげないとな。さ、手を出してごらん」
その言葉によもぎはおそるおそる右手を差し出した。すると管理人は自分の指から
「これがお嬢さんへのご褒美だ、受け取ってくれ」
よもぎの手の上には金色に輝く
「管理人さん、これってさっき九尾に飛ばしたあの輪っかが出るんですか? だったらよもぎ、いらないです。あんな飛び道具みたいなもの、よもぎには必要ないです」
「まあ、そう言いなさんな。この
そして管理人はヒロキの胸に下がるよもぎの
「これまでお嬢さんはどこに行くにも太田君のあの依り代を使ってたわけだ。今では九尾の霊力のおかげでコイツとともにならばどこへでも行けるが、でもコイツの気持ちに依存することになることは否めん、お嬢さんの意思でというわけにはいかないだろう。そこでそのリングだ。それがあればお嬢さん、誰に頼らずともあんたひとりでどこへでも行けるんだ。どうだ、便利だろ」
よもぎは手の上の
「でもやっぱりよもぎには必要ないです。今までのままヒロキさんや九尾と一緒がいいです」
「そうか……でもそうはいかないんだ。お嬢さん、あんたはそれを受け取らなければならないんだ。そしてそれを正しく使いこなせるようになるんだ。それはお嬢さんに与えられた次なるミッションでもあるんだから」
「これを……ですか?」
「そうだ、九尾の管理監督をしながらその法具とも言うべき
よもぎは手にした
「わかりました。よもぎ、やってみます」
と言ってそれを右手の中指に着けた。元は管理人の指に着いていたものだけによもぎの指にはかなり大きめだったが、着けた途端にそれは眩しく輝いて、光が消えたときにはよもぎの指にピッタリのサイズになっていた。
よもぎ、九尾、そして管理人のやり取りを見ていたヒロキがうれしそうな声を上げる。
「九尾はシッポが増えた、よもぎも新しいアイテムを手に入れた、今日は二人揃ってバージョンアップしたんじゃないか?」
すると九尾がヒロキの目の前にやって来て、いつものように不敵な態度で辛辣な言葉を投げる。
「ヒロキよ、
ムッとして手刀を振るうヒロキを見てよもぎもミーシカも、それに管理人までもが一緒になって笑った。
「さて、俺の仕事も済んだことだし、そろそろ帰るとするか」
そう言って冥界に続く深紅の口に手を伸ばす管理人をよもぎが声を上げて呼び止める。
「管理人さん、管理人さん、そう言えば九尾も言ってましたけど今日は苦行の沼はお休みなんですか?」
「ああ? そんなことはない。年中無休で平常営業だよ」
そして管理人は円の縁にかけていた手を下ろすともう一度こちらに振り返ってよもぎの質問に答えた。
「お嬢さん覚えてるかい、あんたが向こうで言ったことを」
「覚えてますよ、よもぎ、メイドになってお手伝いしますって」
「そう、それだよ。ちょうど適任なのがいたもんだから留守を任せてきたんだ。
「それって……もしかして、なずなさんですか?」
「ご明察。今はまだ見習いだがなかなかしっかりやってるよ。しくじったらまた
メイド姿でともに戦ったなずなと苦行の沼で禊に耐えるなずな、二つのシーンがよもぎの中でよみがえる。
「そっかぁ、なずなさんが……よかった、ほんとによかったです」
少しばかり目を潤ませながら胸に手を当てるよもぎをしばし見守っていた管理人がこちらに向かって姿勢を正す。
「さてと、それじゃあ、お嬢さんも九尾もより一層の精進をするようにな」
管理人は右手を挙げてそう言うと振り返ることなく深紅の輪の中に消えていった。それと同時にその輪も収束してやがて点になり、ついには
夕暮れ間近の境内に茫然と立つ四人、最初に口を開いたのはヒロキだった。
「なんだかよくわからなかったけど、とりあえずは一件落着ってことなのか?」
「そういうことじゃろうな」
「そうか……なら、オレたちも帰るとするか」
「じゃな」
「はい!」
ヒロキの言葉に九尾とよもぎが声を揃える。そしてよもぎが九尾に向けて胸に下がる勾玉を上げて見せる。
「了解じゃ」
九尾がその一言を残してよもぎの
「それではヒロキさん、よもぎも……」
「えっ? よもぎはさっきもらったリングがあればそのまま帰れるんじゃないか?」
「よもぎ、今日はみんなといっしょに帰りたい気分です」
「そうか、わかった」
ヒロキはそう言って胸元の勾玉を掲げると、よもぎはいつものようにおどけた敬礼をして見せる。そしてうっすらとした銀色の輝きを残してよもぎはその中に吸い込まれるように消えていった。
そして今ヒロキの目の前には何か言いたげにモジモジしているミーシカがいた。
「ミーシカ、どうしたんだ?」
「ヒロキ様、ボク、お役に立てたかな」
「もちろんだよ。君が来てくれなかったらオレも九尾もどうなってたことか」
「ほんとに?」
「ああ、本当さ」
「それならヒロキ様、ボク、お願いがあるんだ」
するとミーシカは恥ずかしそうにヒロキの小さなバックパックを指さした。
「お店に戻るんなら、ボクは……」
「今日はよもぎも九尾もご褒美をもらってたもんな。こんなことでいいなら、これはオレからミーシカへのご褒美だ」
ミーシカの想いを察したヒロキはニヤリと笑ってバックパックの口を開いた。
「やった――! ボク、がんばったよね?」
「ああ、がんばった、がんばった。さあ、ほら」
ヒロキが促すようにバッグの口をミーシカに向けたそのとき、ミーシカの姿は銀の被毛に包まれた仔猫に
「えへへ、ヒロキ様ぁ、ボクうれしいな」
そしてヒロキはバックパックを正面に抱えなおすと、ミーシカの頭をやさしく撫でながら、
「さあ、みんなで帰ろう」
と言って暮れなずむ神社を後にするのだった。
――*――
窓の下を流れる車列のテールランプに赤い光が灯り始めた頃、テーブル席にひとり座る
「そう、わかったわ。ありがとう、シロ」
可憐はそうつぶやくとほっとしたように肩の力を抜いて軽いため息をついた。そして顔を上げると心配そうにこちらを見守っていた
「可憐様、今のは……」
「ええ、そうよ。シロがすべてを教えてくれたわ。見守れ、って言った意味もね。心配かけたけどもう大丈夫。あの子たちも、もうすぐ戻ってくるわ」
可憐の言葉に
するとそのとき、乾いたドアベルのカラコロとした音が店内に響く。第一声はミーシカだった。
「
続いて九尾、よもぎの声が聞こえると、店の中は
「おかえりなさいませ。あちらで可憐様がお待ちです」
第二章 ママと呼ばないで
―― 幕 ――
次回は
「第三章 ドクター・オノ」
でお会いしましょう。
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