第15話 見守るつもりだったのに
「ねえ、ヒロキ。ヒロキはさ、よもぎちゃんの気持ちって考えてるのかなぁ」
「もちろん考えてるよ」
「そう……ならどうしてそんな発想になるのよ。よもぎちゃんの事件は不幸な結果だったけどもう30年も前のことなのよ。ヒロキが気にしてる
「ちょっと待ってくれよ可憐。今回のことはオレたちが積極的に探し出した結果ってわけじゃないだろ。ボランティアの支部長がたまたまよもぎの
「だから、どうしてそうなるのかなぁ……」
「それって可憐、君がそんなに怒ることなのか?」
「怒るわよ。昨日だってヒロキひとりで、相談も何もないし。私は今のヒロキには不安や矛盾しか感じないわ」
ヒロキは昨日ここキャッスルから自分に起きた出来事、それはヒロキの単独行動によるものだったのだが、を可憐にメールで報告した。すると即座に可憐からの返信が届いた。そこにはたった一言「ヒロキが行く前に話がしたい」とだけあった。前置きの挨拶も絵文字もないその一文に重みだけでなく凄みも覚えたヒロキはメールで済ませてしまったことを後悔した。やはり電話でもいいから直接話すべきだったと。
しかしそれも後の祭り、そのメールに気まずさを覚えたヒロキは結局そのまま返信も電話もすることなく今日を迎えていた。
そしてランチタイムの賑わいもようやっと落ち着いたこの時間、カウンターの端に並んで座るヒロキと可憐は顔を合わせるなり、二人にしてはめずらしく厳しい口調で口論を始めたのだった。
「ねえ、ヒロキだって覚えてるでしょ、よもぎちゃんが一大決心をして向こうに旅立ったあの日のことを。そして
「何だよそれ、執行猶予とか裁定とか。それじゃまるでよもぎも九尾も常に監視されてるってことじゃないか」
「そうよ、その通りよ。特によもぎちゃんの場合は九尾の更生という使命を背負ってるわけだし」
「しかし、それと今回の件とどんな関係があるんだよ」
「それは……」
可憐はひと息の間をおいて続けた。
「それは
「そんな……それだけのことでか?」
「こっちでは被害者であるよもぎちゃんにも
「だけど仕掛けてきてるのは向こうだろ。おかしなメールとか急な予定変更だとか、誘ってきてるのはあきらかじゃないか。なのにバックレろって言うのか? オレはイヤだな」
「とにかくヒロキも私もよもぎちゃんと九尾のことを第一に考えるべきよ。そんな誘いに乗ることないじゃない。それでも行くって言うのなら、それはヒロキの興味本位な考えに他ならないわ」
「なんだよ、そんな言い方ないだろ。オレだってオレなりに考えたんだ。とにかくオレはこのままこの生活を続けることが必ずしも最良とは思ってないんだ。よもぎだってそうだと思うんだ」
そしてカウンターの中、メイド姿でコーシカと並んで後片付けをしているよもぎに向かってヒロキは呼びかけた。
「よもぎ。よもぎだって気になるだろ、その芹澤さんって人が本当にそうなのかどうか」
よもぎは困った顔で隣に立つコーシカの顔を見る。しかしコーシカもどう答えたらよいかわからず、ただよもぎとヒロキの顔を見比べるだけだった。
一向に返事をしないよもぎに痺れを切らせたのかヒロキはおもむろに席を立つと、
「もういい、オレひとりで行ってくる。それですべてを確かめてくる」
と声を上げて小ぶりのバックパックを片腕に掛けると心配そうに見守る
「はぁ――――」
可憐はひとり長く大きなため息をつくと、カウンターの中からこちらを伺っていたコーシカとよもぎに向かって申し訳なさそうな顔で言った。
「よもぎちゃん、コーシカ、ごめんね」
そしてカウンターの
「それにしてもじゃ」
踏み台に乗った九尾がカウンター越しにひょっこりと顔を出す。
「
「夫婦なんて……」
「ま、何はともあれじゃ、とにかく今日の
「ふ――ん、九尾もそう感じたのね」
するとよもぎも作業の手を止めて身を乗り出しながら二人の会話に乗ってきた。
「そうそう、そうなんです、可憐ちゃん。よもぎもそう思いました。こっちで声だけ聞いてたら、確かにヒロキさんの声なんだけど、でもなんか違うな、って」
「可憐よ、
可憐の脳裏にあの夜シロから言われた言葉が浮かんだ。しかし九尾の問いには首を左右に振って返した。そう、今は見守るのだ、それがシロからの啓示だったのだから。
「よもぎちゃんの
「うむ、可憐の言うとおりじゃ。実は
九尾は腕組みをしながら頭の中でなにやら思いを巡らせているようだった。そして答えが出たのか、顔を上げると可憐に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「よし、ここはひとつ乗ってみるのじゃ」
「乗るって、九尾、まさか……」
「その、まさかじゃ」
そして九尾はよもぎに向かって言った。
「よもぎ、
九尾の言葉によもぎはすぐに頷くと並んで作業をしているコーシカの顔を伺う。すぐに状況を察したコーシカはその顔に笑みを浮かべてよもぎに応えた。
「よもぎ様のおかげで片付けもほとんど終わりました。ですからよもぎ様、どうかお気をつけて」
「よし、善は急げなのじゃ、よもぎ」
「了解です! それでは可憐ちゃん、コーシカちゃん、よもぎ、行ってきます」
そう言ってよもぎはいつものようにおどけた敬礼をして見せる。
「そんな、行ってきます、って……」
突然のことに困惑する可憐が再びカウンターの向こうに目を向けたとき、そこによもぎと九尾の姿はなく、コーシカが小首をかしげて微笑んでいるだけだった。
「まったくもう、あの子たちまで。よもぎちゃんが行ってしまったらかえって相手の思うツボなんだけどなぁ」
可憐はすっかり冷めてしまった紅茶を口にして再び大きなため息をつく。そんな可憐に
「可憐様、
その一言が可憐の緊張をほぐしたのだろう、険しかった彼女の顔に安堵の表情が浮かんだ。そして姿勢を正すと
「
「かしこまりました。ミーシカ、こちらへ」
「可憐様、話は聞こえてたよ。ボクの出番だね」
ミーシカは澄んだブルーの瞳を輝かせながら、
「それじゃ
と言い残して店を出て行った。
可憐と
「シロからは見守れって言われてるのに、やっぱりこうなっちゃうのね」
猫に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます