第9話 夜の訪問者たち
その日のヒロキたちの来訪を予見していたのか、キジ丸は老婆とともに暮らす家の庭先に出てヒロキたちを待ち構えていた。
「あの三匹のことはおいらも以前から話には聞いていたんだ。しかし連中は自分らがノラになっちまったことを認めたくなかったんだろうな、おいらたちのネットワークからも隠れて、とうに廃墟寸前になってるあの根城に執着して引きこもってたらしいんだ。ところがその棲み家もついに解体だ。おいらもどうしたものかとな」
「なんだよキジ丸、知ってたのならなんでもっと早く……」
「おいらたちの世界では過干渉はしないのさ。来るネコ拒まず、去るネコ追わず、のココロなのさ」
そしてキジ丸はペロリと舌なめずりをしながら続けた。
「他ならぬあんたの頼みだ、さっそく手を打っておくさ。おいらの配下に
キジ丸はヒロキたちにそれだけ言うと「婆さんが心配するといけないからな」と言い残して庭の奥に消えていったのだった。
――*――
夕方からの悪化が目立つここ最近の天候の影響であろう、まとわりつくような湿気が気になるその夜、ヒロキはフローリング床に寝転んでぼんやりと天井を見つめながら三匹の猫を思い起こしていた。
「
するとヒロキのつぶやきに答えるかのようにPC机に向かって何やらウェブサイトを見て回っていた
「ほぉ――、なにやら動きがあったようじゃの。あのビル、ついに取り壊しが決まったようじゃ。なになに、ふむふむ、なるほど。どうやらあの店は、知る人ぞ知る有名店だったようじゃな。ヒロキよ、これを見てみるのじゃ」
九尾はPCチェアから下りるとヒロキに記事を読むように場所を譲った。
【かつての名店、60年の歴史に幕】
名曲喫茶古城として1950年代にオープンし、その後は時流に合わせて歌声喫茶古城、ジャズ喫茶キャッスルとして親しまれてきた名店がついに解体されることとなった。戦後の高度成長期から学生運動、オイルショックと時代を見守りながら親しまれてきたが現在は後継者不在のまま物件は放置され建物の老朽化が進んでいた。なお跡地は外資系ファンドにより新たなアミューズメントビルとして生まれ変わることが決定している。
「歴史に幕って……それじゃ
ヒロキの脳裏に忙しそうに立ち回る
「きっとキジ丸がなんとかしてくれるわよ。それにそんな記事が出たことだし、今夜あたりひょっこり挨拶にでも来るような気がするわ」
「なんだって? 可憐、今のは……そうか、シロか。シロがそう言ってるのか?」
しかし可憐は首を左右に振って否定しながら言った。
「ううん、シロは全然。これは私の勘かな」
「そうですよ、ヒロキさん。きっとキジ丸がいろいろ準備とかしてて、それで猫ちゃんたちは今こちらに向かってるんですよ。きっとそうですよ」
感傷にふけるヒロキの隣で九尾がヒロキを見上げて言う。
「ヒロキよ、ものは考えようじゃ。
そして
「ヒロキ、この記事を見るのじゃ。
九尾がマウスポインターで指したそこには、N市駅前にあった老舗喫茶店がリニューアルオープンする小さな記事が載っていた。
「九尾、これは……」
「事実は小説よりも奇なり、なんて言葉もあるじゃろ」
そこによもぎと可憐もやってきて二人もその記事を覗き込む。
「なんとも絶妙なタイミングね」
「きっときっと、キジ丸がやってくれたんですよ。絶対絶対、そうです。よもぎは信じますよ」
悲しい記事で重苦しくなっていたヒロキの部屋であったが、九尾が見つけたそのニュースのおかげで少しだけ空気が明るくなった気がした。
コン……コン……コン……。
そのときヒロキの部屋に玄関ドアをゆっくりとノックする音が響いた。
「まさか……」
ヒロキは飛び上がるようにしてイスから下りるとよもぎと可憐の間をすり抜けて、ドタドタと早足で玄関の前に立った。そしてドアスコープから外を覗く。するとそこには十分に手入れをされた銀色のショートヘアの一部が土間の薄明りに照らされて映っていた。
ヒロキはチェーンロックをはずして開錠するとゆっくりと玄関ドアを開けた。すかさず流れ込むもわりとした夏の外気の中、そこにはライトグレーのメイド服に身を包んだ
予感と期待はあったものの、いざ人ならざる者たちが自分の住まいの玄関先に立っているのを見るとそのオーラに圧倒されて茫然とするヒロキだったが、いつの間にかヒロキの背後に立っていたよもぎはまったく
「
「イテッ、あっ……ど、どうぞ、奥へ」
しばしその場に固まっていたヒロキだったが、九尾に踵を蹴られたことで我に返りよもぎとともに三人と一匹を歓迎した。
うれしそうな表情で広げるよもぎの腕の向こうでは
「みんな揃っているとは
キジ丸の声に続いて
部屋に入るやいなや
「このたびは
そして三人はより一層深く頭を下げた。
突然のことに言葉を失っているヒロキに代わって九尾が三人の前に立ってその頭を見下ろしながら言った。
「
「おい九尾、それは言いすぎだろ。オレたちはキジ丸に相談しただけで、実際に動いてくれたのはキジ丸だろ」
そしてヒロキは
「
「そういうことだ、お前たち。このままでは話が進まん、とにかく頭を上げろ」
キジ丸の命令に従って
「ヒロキ様、よもぎ様、可憐様、それに九尾、
「ほ――、猫又
相変わらず居丈高な九尾の頭上に背後からチョップをお見舞いしながらよもぎも
そんなよもぎと九尾を見ながらキジ丸は高笑いをしながら言った。
「ハッハッハ、こいつらはこれでもあの
キジ丸の言葉に触発されたのか三人と一匹を睨みつける九尾だったが、そこによもぎが割って入った。
「とにかくとにかく、
そう言って右手を差し出すよもぎに困惑しながらも
「さて、挨拶もすんだことだしそろそろお
するとコーシカがエプロンのポケットから一枚の紙きれを取り出して
ヒロキを囲むようによもぎと可憐が顔を寄せてその紙きれを覗き込む。それは手書きされたチラシのコピーだった。
「これは……駅前の新規オープンの店って、やはり君たちの店だったのか」
「キャッスル……この名前は前のお店を継承したのね」
「すっご――い、よもぎ絶対に行きますよ。ね、ヒロキさんも、可憐ちゃんも」
――*――
キジ丸を抱いた
「よもぎよ、
よもぎは九尾の言葉に大きく頷くとモシャモシャとその頭を撫でながら玄関の向こうに見える三人の銀髪を見送っていた。
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