先輩の為なら頑張れる後輩の頑張っちゃった話


「せーんぱいっ! お外を見てください!」

後輩は俺の目隠しを外し、カーテンを開けた。

荒廃し、壊れきった光景。

久々の光だというのに、素直に喜べない。

お前、何でこんなことを。

俺の質問は声にならず、もごもごと掠れた音だけが殺風景な部屋に響く。

この部屋の光景を見るのも久しぶりだが、相変わらず寒々しい。

とても女の部屋とは思えない。

「? どうしたんですか、せんぱい? あ、ごめんなさい、完全に忘れちゃってました」

てへっ、とあざとく舌を出して、後輩は俺の口に噛ませた猿轡を外す。

「──ぉぁぇ……ぉ……ぅ……」

喉が枯れているせいで声が掠れ、久々の発声だからか呂律が回らない。

それでもなんとか、

「おまえ、なんでこんなことを」

俺の質問が可笑しかったのか、後輩はくすくすと笑った。

「せんぱいが言ったことですよ? 私、せんぱいの為に頑張ったんです!」

ふんすと鼻息荒く、後輩は得意気に平らな胸を張った。

「おれが、いった……?」

忘れてしまったんですか? とでも言いたそうな、少し悲し気な瞳で俺を見下ろし、後輩は仕方ないですねーと楽しそうに笑った。

「去年の夏、せんぱいは言いました」

とことこと俺の周りを歩きながら、探偵が推理を語るかのように。

「『こんな世界、壊れてしまえばいい……』と」

芝居掛かった口調で。

「その言葉を発したせんぱいの、酷く苦し気な表情を見て私は思いました。ああ、せんぱいを助けなければ。せんぱいの願いを叶えよなくては、と」

後輩は枕の傍に立ち、狂気的な笑みを浮かべ、俺の頭を抱くようにしながら顔を覗き込む。

「だから、頑張りました」

右手の拘束具を外し、後輩は俺の手を自らの頭にのせ、褒めて欲しそうに見上げた。

ぶん殴り首をへし折って殺してやりたかったが、衰えた腕の筋肉は思うように動かない。

微かに持ち上がり、すぐに力が抜ける。

その繰り返し。

何を勘違いしたのか、後輩はにへらと無邪気に笑った。

「えへへぇ」

気持ち悪い。

そんな風に笑うな! こんなことをしておいて、お前は何も感じないのか!

俺の中の希薄な良心やら正義感が、それでも激情を顕にする。

しかし、それは声にならない。

後輩に唇を塞がれたからだ。

「ふふっ、びっくりしてるせんぱいも可愛いですね?」

イカれた後輩は何が楽しいのか、部屋の中をくるくると回るように踊っている。

ちょうど元の位置に戻った後輩が、深い愛を感じさせる柔和な笑みで言った。

「それでですね、せんぱい」

ぞくっ、と嫌な予感がした。

「せんぱいはこうも言ったんです」

本能が、理性が、今すぐ逃げろと警鐘を鳴らす。

「『いっそ死んでしまいたい』って」

だが俺にはどうすることもできない。

「わたし」

後輩は順番に俺の拘束具を外していく。

「せんぱいのお願いは、みーんな叶えてきました」

俺は縛りつけられていたベッドから転がり落ち、全身を苛む疼痛を無視し、這って逃げようとする。

「せんぱいが『早く童貞卒業したい』っていうからえっちしたし、」

しかし、逃げられるはずがない。

「せんぱいが『いつかはキスしてみたい』って言うからキスもしました」

後輩は俺に馬乗りになった。

「せんぱいの性癖につきあって、いろんなプレイもしましたね?」

唇を押しつけ、後輩は愛おしそうに俺の頭を撫でる。

「それで、終わった後にせんぱいは決まって言うんです」

恐怖しかなかった。奥歯がガタガタと震える。

「『家も学校も社会もクソだ』って」

やめろ。やめてくれ。

「だから、みーんな壊しました」

声にならない悲鳴を上げ、必死にもがく。

「最後はせんぱいです」

嫌だ。死にたくない。誰か。助けて。

「でも一人だと寂しいでしょうから、私も一緒にいってあげます」

これで寂しくないですよ、と微笑んで、後輩は俺を胸に抱く。

部屋の各所からガスが吹き出し、空気を汚染していく。

くそっ、ちくしょう。

後輩の手が解けない。

死ぬ。死んでしまう。

こんなところで、こんな理由で。

死にたくない。

どうして俺が。

死にたくない。

助けて。

死にたくない。

怖い。

死にたくない。

嫌だ。

死にたくない。

死にたくない。死にたいない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくな──。


「おやすみなさい、せんぱい」

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