ドリームキューピット

@sorikotsu

第1話

僕は、生まれながらにして、特殊能力を持っている。

それは、人の夢に勝手に入ることができるという能力だ。


「……むぇえ」


そして、今まさに、その能力を使おうとしている。

目の前には、壁にもたれて眠っている、酒臭いお姉さん。


「はぁ……。全く、困るよなぁ。潰れるまで飲むなっての」


横には、ため息をつく駅員さん。


「悪いね。また呼び出しちゃって。今度ご飯おごるからさ」

「いえいえ。気にしないでください。回らないお寿司、楽しみにしてます」

「……う、うん。任せといて」


やや引きつった顔をした駅員さんは、制服から着替えるらしく、駅員室へと戻って行った。


……さて。


僕の仕事は、とっくに終電が通過した、この駅構内で酔いつぶれたまま眠ってしまったお姉さんの夢の中に入り、すみやかに起こすこと。

僕からすれば、朝飯前だ。

時間的には夜だけど。


やり方は簡単。眠っている人の頭と、自分の頭を触れ合わせるだけ。

早速僕は、お姉さんの夢の中に突入した。




「ねぇ!誰なの!ねぇって!」


そこは、牢獄の前だった。

周りは真っ暗で、何も見えない。が、鉄格子と、その向こうだけが、何かの光で照らされているかのように、目に入ってくる。

その牢獄に向かって、叫んでいるのが、お姉さんだ。


「お姉さん。どうかしました?」

「うわっ!びっくりした!いきなり話しかけないでよ!」

「すいません。次からは、事前に予約してから話しかけますね」

「……あなた、何者?」

「それは、僕が、あの人に訊きたいくらいです」


僕は、牢獄の中で、真っ黒なマントを身にまとっている人を指差した。

顔はちょうど隠れているが、おそらく女性だ。


「でも、ちょうどよかったわ。私困ってたの」

「そうですか。あの、どうでもいいんで、殴りますね」

「は?」

「それが一番早いんですよ」


手荒な手段だが、眠っている本人に刺激を与えるのが、もっとも手っ取り早い方法なのだ。

別に、現実には何の影響もないので、さっさとやってしまおう。

僕はお姉さんに、一歩、二歩と近づいていく。


「ちょ、ちょっと。なに。本当に殴る気なの?警察呼ぶわよ?」

「ここには僕と、あの人しかいませんよ」

「ねぇ、殴る前に教えて。あの子は誰?」

「……どうしてそんなに、気になるんですか?」


夢というのは、人間の深層心理が浮きでてくる。

だから、本当は、あまり踏み込まず、さっさと仕事を済ませるのがいいのだけど……。

ついうっかり、尋ねてしまった。


「う〜ん」


お姉さんは、少し考えてから、


「あの子、嘘ばかりついてるの」


そんなことを言った。


「矛盾してますね。お姉さんは、あの人が誰か、わからなかったんじゃないんですか?」

「そうよ?だって、あんなの偽物だから」

「……哲学ですか?」


これだから、夢の中は好きじゃない。

基本、支離滅裂だ。

まだ、SFチックな夢じゃないから、今回は空を飛んだり、宇宙船に乗ったりしなくていいし、楽だと思ったのに……。


「もう、殴っていいですか?」

「……好きにしなさい」


お姉さんは、覚悟を決めたように、目を閉じる。

なので、僕は早速、お姉さんに殴りかかった……、のだが、その拳は、見えない力によって、はじき返されてしまった。


「……えっ」

「どうしたのよ。早く殴りなさい」

「いや、あれ?」

「焦れったいわね。そういうプレイなの?」

「決してそんなことはないですが」


この反応はおかしい。

夢の中では、確かに何だって起こりうる。

けれど、基本的に、夢を見ている本人は、その状況を使いこなせないことの方が、圧倒的に多いのだ。

例えば、うまく歩けない。

例えば、うまく話せない。

例えば、うまく聞こえない。


このお姉さんは、自分自身を守る力を、使いこなしている。

……それって、つまり。


「あの、お姉さん。変なこと訊いてもいいですか?」

「そういうプレイなの?」

「あの」

「冗談よ。なに?」

「あなたは……、あの人のことを、知ってますか?」

「もちろん?」


お姉さんは、何で今更そんなこと訊くんだ。みたいな顔をして、首を傾げた。

なるほど、やっぱりそうだ。

僕は、鉄格子を掴み、向こう側にいる、黒いマントを被った人に、


「おーい!お姉さん!」


そう呼びかけた。

すると、黒いマントを被った人……、今、夢を見ている、お姉さんは、ゆっくりと、マントを脱いだ。


「……何で、お姉さんの方が、鉄格子の中に?」

「……私、わかんなくなっちゃった。新入社員でさ、あんたの隣にいる私になろうとしたの。でも、それって私なのかなって。ごちゃごちゃなって、わかんなくなって……、戻らなくなって……」

「ごちゃごちゃうるさいわね。別に、何だっていいじゃない。あなたはあなたよ」


……夢の中の登場人物にしては、まともなセリフを吐いたな。


「お姉さん。そろそろ起きましょう。夢の中で自問自答していても、答えは出ない。潰れるまで酒を飲んだって、悩みは解決しませんよ。例えば誰かに相談するとか……」

「私、田舎者だから」

「そうなのよ」


本当の(偽物の?)お姉さんの発言に、僕の隣にいるお姉さんが相槌をうった。


「友達は、地元にしかいないわ」

「……なるほど」


……一人酒、か。


「お姉さん。僕、いいこと思いつきました。だから、そろそろ起きません?」

「……いいこと?」

「とりあえず、こっちに来てください」

「……うん」


お姉さんが、こちらにゆっくりと近づいてくる。

そして、手がギリギリ届く範囲になったところで……、僕は、思いっきり、お姉さんの頬を引っ叩いた。


「いったーーーーーい!!!!!」


大きな声とともに、鉄格子が砕け、世界が崩壊した。




「……はっ!」


僕の意識が戻ると同時に、お姉さんも目を覚ます。


「いてて……」


頭痛がするのだろうか、頭を抑えながら、ゆっくりと起き上がった。


「あぁ、まだ急に立ち上がらない方がいいですよ」

「……えっと?」


お姉さんには、夢の記憶なんて残っていない。

当然、僕のこと何てわからないから、いきなり目の前に現れた若者を見て、不安そうな顔をしている。

ちょうどそこに、着替え終わった駅員さんが戻って来た。


「この人、駅員さんですよ。あなたを助けてくれたんです」

「えっ、ちょっと?」


駅員さんは、困惑した様子で、僕を見る。

いいから合わせてくれ。アイコンタクトで、合図を送った。


「そうなんですか?すいません!私、酔いつぶれちゃって……」

「い、いえいえ。駅員として、当たり前ですから」


少し照れながら、頭をかく駅員さん。


「今度、ぜひお礼をさせてください。私の連絡先、教えますね」

「そんな、お礼だなんて……」

「駅員さん。ここは甘んじて受け入れましょう」

「君は何でそんな……」

「お姉さん。駅員さんは、ちょっと頼りなくて、泣き虫で、男っぽくないですけど……。それでも、あなたを安全なここまで連れて来て、介抱していましたよ」


うまいアシスト。そう褒めてほしい。

お姉さんは、酔いが冷めきってないこともあるだろうけど、少し、ぼーっとしたような感じで、駅員さんを見ている。

やがて、ハッと、思い出したように、スマートフォンをポケットから取り出した。


「えっと、これ、私のIDです」

「あっ、はい。その……、はい。登録しました」

「お礼、絶対しますから!さ、さようなら!」

「待ってください!帰りは?」

「タクシー拾います!ありがとうございました!」


色々恥ずかしかったのだろう。お姉さんは、跳ねるようにして、去って行った。

うん。あれだけ動けるなら、もう大丈夫かな……。


「……な、なぁ」

「どうしました?」

「君も一緒に来ないか?助けたのは、二人の協力プレイみたいなものだし」

「どんだけビビりなんですか」


心配しなくても、駅員さん、彼女がいないのが不思議なくらい、イケメンですよ。

……そう言ったら、また調子に乗るだろうから、やめておいた。

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