ぼくは諦めない

あぷちろ

キカイとぼく



 ぼくを嘲笑う声が聴こえる。

 ぼくを馬鹿だと罵るヒトたちがいる。


「ライアット、今日も“あの”オンボロを弄るンかい?」

 ぼくが眠りから覚めて階下に降りると、同居人である養父のレトニグさんが真っ黒に焦げたトーストに噛り付いていた。

 養父ちちであるレトニグさんは孤児だったぼくを引き取ってくれた恩人であり、キカイ弄りのいろはを叩きこんでくれた『親方』だ。

「うん。今日はなんだか気がするんだ」

「こン前も、お前さんはそう言って真っ黒な煤カムリになって帰って来たじゃねェか」

 レトニグさんはほとほと呆れた様子で焦げで硬くなったトーストをばりばりとかみ砕いた。

 煤カムリというのは工場に時たま出る、飲食店でいうネズミのような動物のことだ。真っ黒に染められたモップのような獣で、煤にまみれるのが好きなのでそう呼ばれている。

 転じて、その時のぼくのように全身を煤で真っ黒にした人間に対して良く使われる表現だ。

「あの時は……、うん」

 すき好んで真っ黒になったワケじゃなくて、起動実験をしたときに炉心の温度が思ったよりも低く、びほう策としてナイトロ燃焼促進剤を投入したんだけど――爆発した。その所為で真っ黒になってしまったわけで。

「古いキカイだし、そういうこともあるよね」

 さて、と一息ついてぼくはキッチンに入る。

 冷蔵庫から野菜とかチーズを出して今日のを作る。

「ワシが言うのも何だが、お前さんもワシの弟子たちみたいに新しいモンを扱えばそれなりになるはずなんだがなぁ」

 確かにレトニグさんの言う通り、同年代の彼の弟子たちと比べればぼくの技量は部類に入るだろう。でも、ぼくはアレを治したいのだ。

「ほんとう、『これを治してみろ』ってぼくに勧めた張本人が言うようなセリフじゃないよね」

 ぼくが言い返すと、レトニグさんは肩を竦めるだけでぼくから視線を逸らした。

 夜食を作り終えたぼくは手早く手籠に詰めて玄関に向かう。

「いってきます」

 リビングからレトニグさんの低いけど優しい声が聴こえる。

 扉を開けて外へ出る。街灯が石畳を照らし、キカイ化された馬車が道を闊歩する。

 ふと、空を見上げてみた。

 街明かりが煌々と藍色の空を照らしている。ぼくは視線を戻して歩き出した。



 家から離れた場所にある倉庫の奥で、ぼくは今日もそのキカイを治す。

 ネジを締め、チューブからオイルを吸い出し、変形した鉄板を叩き治す。

「ふう」

 ぼくはオイルのついた軍手をつけたまま額の汗をぬぐう。この前の起動実験で負ったダメージは粗方治すことはできたはず。

 一歩離れて、キカイの全体像を眺める。四つ足の昆虫にも不格好なダンベルにも見えるこのキカイはレトニグさんが幼少の頃からここにあったらしい。

 何をするキカイなのか、何が出来るキカイなのか、それを知るヒトはもういないだろう。

 でもだからといって、誰も見向きもしなくなるのは、

「とっても寂しいと思うんだ」

 ぼくがこのキカイと向き合うようになってから数年、最初はあれほど馬鹿にしてきた同年代の機工師も、いまでは全く見向きもしなくなった。

 世の中にあふれるキカイを治す事を生業にしている機工師は、より人々に使キカイを治すほど評価される。ぼくみたいに故の分からないキカイを治す機工師は嘲笑の対象だ。

 それでも、めげずにぼくはこのキカイを治し続ける。

 レトニグさんはぼくに、治せないキカイもある、という事を分かって欲しくてこのキカイを治してみろと言ったのだろうけど、ぼくは諦めなかった。

 こんな個人倉庫の片隅で埃をかぶって眠り続けているこのキカイは、ぼくに『さびしい、』と語りかけたのだから。

「よし、500回目の実験を開始します!」

 ぼくしかいない倉庫の中でぼくは声を張り上げた。

 炉心に燃料である白色の石炭を一欠、投げ入れる。

 うぉうん、とキカイが啼いて、炉心が回り始める

 回り始めて、廻りはじめて――そして静かに止まった。

「ハァ……」

 失敗だ。

「なんだろう、チューブの長さがまだ足りないのかなぁ。それとも炉壁が分厚すぎるのかなあ?」

 まあ、何にせよ、501回目の起動実験は確定したわけで。そう思うと途端に眠気がぼくを襲った。

「とりあえず一休みしよう」

 そうして床に寝転ぶとともにぼくの意識は途絶えた。



 覚醒する。ゆっくりと瞼を開くと目前には星空が広がっていた。

「すごい……」

 これは夢なんだろう、そうだろう? だって書物でしか見たことのない土星や木星、海王星や天王星が目のまえに映っているのだ。

 街の明かりが増して久しく、星空なんてどこに行っても見る事はできないのだ。

 それなのにぼくの瞳には天の川がうつっている、ヘラクレス座が煌めいている。

 ぼくは慌てて上半身を起こす。

「夢じゃ、ない」

 頬をつねってみても、ただ痛いだけ。

 おん、とだれかに呼ばれた気がして後ろを振り返る。

「――!」

 ぼくは言葉を失った。うぉんと唸り声を上げて動いていたのだ、変な形のダンベルにも昆虫にも見えるキカイが。

 頭部から細かな光が出て、それがぼくの頭上に星図を描く。

「キミは、星を見せるキカイなんだね」

 涙が溢れる。なんて幸せなんだ、こんな光景を独り占めできるなんて。

「最高の、目覚めをありがとう」

 長く連れ添った相棒はうぉん、と啼いた。






おわり

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ぼくは諦めない あぷちろ @aputiro

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