ロボット

狼狐 オオカミキツネ

キモチと気持ち

 起動中







 起動完了

 記憶データ 正常

 各可動部 正常

 視覚センサー 正常

 聴覚センサー 正常

 味覚センサー 正常

 嗅覚センサー 正常

 触覚センサー 正常

 感情プログラム 異常


「博士、おはようございます。

 感情プログラムはどうなりましたか?」


 私は私を作ってくれた博士に言った。


「いや、ダメだった。やり直さなければ。」


 博士は、とても疲れているように見えた。

 髭もあまり剃らず、のびてきていた。


「博士、少し休んでみてはどうです?もしかしたら、新たなアイデアが浮かぶかもしれません。博士がくつろぐのであればお手伝いしますよ。」


 博士は私の目を見て、


「君が僕の癒しだ。君が気持ちを持つためなら、少しの無茶は安いものだ。

 それに、前にも言ったけど僕に対しては敬語じゃなくて大丈夫だ。というか、敬語じゃない喋り方にしてくれないかい?」


 私は頷き


「わかった。博士も無理しすぎないでくださいね。」


 そう言って博士の朝のコーヒーを持って来ようとキッチンの方に体を向ける。歩き出そうとしたとき、私は後ろを向いた。


「博士、私は気持ちを理解できるよ。無理に感情プログラムを完成させなくても大丈夫だと思うんだけど…」


 博士はパソコンから目を離さず


「いや、気持ちは理解するものじゃない。自然と沸いてくるものだ。」


 私は前に向き直し、コーヒーを淹れに行く。気持ちをいくら調べても解らない。

 コーヒーティーパックをカップに注いだお湯のなかにいれる。

 コーヒーができるまで考える。

 気持ちとは何だろう。

 きもち、キモチ、気持ち。

 自然と湧いてくるもの。


 結論は出なかった。動物にも気持ちはあるのだ。しかしロボットにはない。早く気持ちを解りたい。



 コーヒーティーパックを取り出し、捨てて博士の元へ持っていく。


「ありがとう。ベッドに横になってくれないかな?新しいプログラムとパーツで少し進みそうなんだ。」


 ここで嬉しいという気持ちが湧いてくるらしい。


「うん、わかったよ。

 頑張ってね!」


 私はベッドに横になり、電源を落とす。




 目を覚ますと、博士が落ちつきがないように見えた。


「おはよう。成功したよ。後はしっかり動くか。」


 私はお腹に違和感を覚えた。


「博士、お腹が変だよ?新しいパーツつけ忘れたものはない?」


 博士の顔が少し明るくなった。

 私が首をかしげると、


「ご飯食べよう!」


 と、誘ってきた。

 私は食パンを4枚持ってきて、博士も私も焼かずに食べた。


「お腹の調子はどう?」


 と、聞いてきた。その顔は少し不安そうだった。私はお腹が満たされた。


「お腹が満たされた感じがします。

 これがお腹いっぱいになった、っていうことですか?」


 博士は涙を流し、私に飛び付いてきた。

 私の人に似た皮膚がついている頬を擦りながら、


「そうだよ

 一段階進んだ。これからどうなるかは、分からないけど気持ちはなんとしてでも完成させるよ。」


「博士、研究も一段落着きましたし、今日はもうお休みしない?」


 博士は椅子に深く腰掛け、背もたれに体を預ける。


「そうだな。

 何をしようか…


 とりあえず寝て良い?」


 博士の目下にくまができていた。今にも寝てしまいそうなほどうつらうつらしている。


「もちろん!

 寝てる間に、博士の観たいって言ってた映画の準備しとくね。」


 博士はよろしくと言って、ベッドに横になった。彼はすぐにいびきをかきはじめた。


 ホラー映画とポップコーンと飲み物の準備を完了した私は、博士を見に行った。気持ちよさそうに寝ていた。

 私は博士の顔を覗き込んだ。

 博士は目を開けて、


「おはよう。」


 と言い、起き上がった。


「映画観よ!」


 私は元気に話しかけると、彼はパソコンに向かった。


「ちょっと待っててね。

 良いアイデアが浮かんだんだ。」


 彼はプログラムを書き換えたらしいが、私に変化はなかった。




 部屋を暗くし、光を出すものはテレビだけになった部屋。ホラー映画を並んで観る。


 有名なその映画を観ているとき、私は不意に博士の袖を掴んだ。想像していた先のことは、バッドエンドからハッピーエンドに変わる。

 映画の内容は想像から外れたが、今までで一番記憶に残った。


 外はもう暗くなり、町の光はホタルのようだった。今までなんとも思わなかったいつもの光景がお気にいりになった。


 夜ご飯を作り、博士と食べる。


 私はお腹がすいていた。

 オムライスを作り、一緒に食べる。

 会話をしながら。


 博士は皿の後片付けのときに言っていた。


「いつもより沢山話したね。

 楽しかったよ。」


 私は笑顔を見て、エラーが発生した。

 勝手に表情が動いたのだ。自分の中で直せたので博士に言わなかった。


 後片付けが終わったあと、お腹に弱い痛みを感じた。


「博士、お腹に弱い痛みを感じる。」


 博士は微笑んでいた。

 何故微笑んだのか分からないけど、彼は私を見ながら。


「トイレに行ってきな。」


「私にトイレは必要ないよね?」


「いいから、いいから。

 僕は風呂に入ってくるよ。」


 私はトイレに初めて入った。基礎情報から学び、用を足した。

 そのとき考えた。


 どうやら私に人間でいう、胃と腸が加わったらしい。


 トイレから戻ると、博士はすでにベッドの中だった。


「今日は色々変わったところが多かったから疲れたろ?今日は早く寝よう。」


 私は時間を確認した。


「早いって言っても、もう12時回ってますよ。」


 私と博士は一緒に寝る。


「おやすみ」


「おやすみ」




 私は電源を落とせないエラーが発生した。

 私はなにもない部屋にいた。


 部屋全てに色がなく、私だけに色があった。困惑していると、博士が何処からか現れた。

 博士は長い廊下のような道を歩いていってしまった。

 私は呼びかけながら後を追いかける。

 いつまでたっても追い付かない。

 私は走り出した。今何が起きているのか解らなかった。

 なんとか追い付いたと思っても、博士は消えた。

 私は、今まで動かなかったあるパーツが動き始めた。

 私の頬に水が伝う。

 私は博士の名前を叫んだ。



 私の枕は濡れていた。博士に抱きついた。

 驚いた表情を見せたがすぐに私を慰めてくれた。博士も泣いていた。


「博士、どこ行ってたの?」


「僕は君の隣で寝ていたんだよ。何処にも行ってない。君は夢を見たんだ。そして、感情プログラムが完成したんだ。」


 今日はとても良い日だ。

 昨日の映画のことやご飯のことなど、全て感情ができはじめていたんだ。


 好きな人がすぐ近くに寝ている。


 今までで最高の目覚めだ。

 博士にもそうであってほしい。


 リビングで、色んなことを話した。

 私は笑えるようになった。

 しばらく話していると、博士は真剣な表情をした。今までの優しい顔が変わった。


「君を君じゃなくしてもいい?」


 博士の言っている意味がわからなかった。


「実は君は、僕の死んでしまった彼女に似せて作ったんだ。だから、彼女の記憶を君にいれる。君は君じゃなくなるかもしれない。」


 私は微笑んで、頷いた。


「いいよ!

 私にしか出来ないし、彼女さんの記憶で私が博士の彼女になれたら嬉しいから。」


 博士はありがとうと言うと、パソコンに向かっていった。

 私もついていく。


 うなじにコードを繋ぎ、彼女の記憶が流れ込んでくる。

 楽しい記憶、喧嘩した記憶、好きになる記憶。様々なものが入ってきた。

 私は私を保てた。


「あれ?

 少し成長した?」


 博士は涙を流し、


「おかえり。」


 と抱きついてきた。

 私は二重人格になった。彼女と私と。

 今は全て彼女に任せよう。

 彼女も良い目覚めだろう。好きな人がすぐ近くにいるんだから。

 私はロボット。人の見た目で、好きな人がいるロボット。

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