Final Lesson 託された思い
シュッ。すれるような音がして、お兄さんのほほに赤い線が描かれた。つうっと、血の雫が落ちる。
「おいおい、顔はやめてくれって言ったところなのによ。しごきがキツかったから恨まれてるのか、俺は?」
「違う。ごめん、ミスった」
「じゃあ、今度は良く狙え。最後の一発だろ?」
「ううん、今ので最後。作戦を立てているときに一発無駄にしたから」
「本当か?」
俺の反応を待たずに、お兄さんが駆け寄ってきた。俺がサバイバルナイフを出す間も与えず、折りたたみのナイフを俺の首に押し付けて、俺を地面に押し倒した。
「なんで当てなかった?」
「ミスった……」
「馬鹿言え。お前の腕なら、あの距離で外すはずがない。外さないように、的の広い体を狙わせたってのに」
そう言われて、俺は自分の手を見た。
銃を握ったままの指が、細かく震えていた。
「胸を狙わせようとした理由はもう一つあるんだ。頭だと即死だろうけど、胸なら少しだけ時間がある。その間に、これを渡そうと思ったんだ」
何を考えているのか、お兄さんは俺に馬乗りになったまま、折りたたみナイフを地面に置き、ポケットに手を入れた。そして、ポケットから、折りたたまれた紙切れを出した。
「それは?」
「お前に宛てた手紙だったんだ」
手紙を手にしても、お兄さんはナイフを拾おうとはしなかった。馬乗りになられているとは言え、俺の両手はほとんど自由な状態で、弾切れの銃を捨てれば、地面のナイフは手が届く位置にある。これだけ隙があれば、ナイフを拾って、お兄さんの首に突き立てるぐらい
殺されるのが怖いわけじゃない。お兄さんを殺すのが恐ろしかった。
「お前が俺に勝ったとしたら、お前に復讐を頼もうと思ってたんだ」
「復讐って?」
「今からでも遅くない。ナイフを拾って俺を殺せよ。そうすりゃ、この手紙を渡して、俺は後腐れなく死んでいけるんだよ」
「何が書いてあるの?」
「馬鹿だな、お前は。最後のチャンスをふいにしやがって」
お兄さんは手紙を破り捨てると、地面からナイフを拾った。
俺は馬乗りになられたまま、お兄さんの口元をじっと見た。
「何が正義の組織だよ。アンチ・キラーだって殺し屋と変わらない。いや、もっと酷いくらいだ。アンチ・キラーは殺し屋という厄介な相手を殺すことで大もうけしている企業なんだぜ。それも、自分の手は汚さずに、俺たちみたいな子どもを殺人マシーンに育て上げて利用してやがるんだ!」
憎憎しそうに、お兄さんは顔をしかめて、
「
「だから、復讐?」
「ああ、いつかアンチ・キラーを潰したい。お前が俺に勝てれば、その願いを託すつもりだった。もちろん、断ってくれても良かったけどさ。それならそれで、受け入れるつもりだったんだ」
「勝てなかったら?」
俺にはお兄さんは殺せない。ルームメイトを捨て駒にする痛みには耐えられた。でも、いっぱい世話になって、優しくしてくれたお兄さんを殺すなんて俺には無理だ。
「俺がするしかないな。残念だけど」
「どうして残念なんだよ」
「復讐なんかできなくても、お前には生きて欲しかったんだ。なんでかな、他の奴とは違う感じがしてたからさ」
「……俺も、兄ちゃんのことは好きだったよ」
「お前が死ぬことになったら、俺は絶対に許せない。殺したのは俺だとしても、悪いのはアンチ・キラーだろ。必ず復讐はしてやるからな」
「うん、よろしくね。でも、本当にできるの?」
「今は無理だ。当面はアンチ・キラーとして使われているフリをしながら、いつか必ず、やり遂げてみせる」
「そっか、じゃあ頑張ってね。約束だよ!」
俺は目をつぶった。
お兄さんは、悪いな、と言った。カチャッという金属音が聞こえて、首につめたい感触が走る。
――鋭い痛みが喉を貫いた。
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