Lesson06 最後の訓練
手順や作戦を確認し、いよいよ戦闘の開始時間になった。
俺は銃を握り締めた。
二十メートルほどの距離をはさんで、高さメートルほどの壁に囲まれた屋根のない小屋がある。その片方が俺たちの陣地で、もう一方がお兄さんの陣地だ。壁にはドアが一つと、窓が数個あって、陣内には樽やら、木箱やら、ドラム缶やらが転がっている。
俺はドアを開き、ドラム缶や樽を外に向かって蹴りだした。
他の三人は窓の横に立ったり、木箱を踏み台にして壁の上から外を眺めたり、相手の陣地の様子をうかがっている。
相手の陣からは、大きな木箱が出てきて、じりじりと近づいてきた。
俺はドアから飛び出し、ドラム缶や樽の影を伝って移動した。
お兄さん側の木箱の右側から、銃口がのぞいた。それは、木箱の裏にお兄さんが隠れている証拠だった。
ズギュン。撃ったのは俺たちの側の狙撃手だ。窓越しにしっかりと狙いを定めていたらしく、木箱から煙が上がる。だが、木箱には何か緩衝材がつめてあるらしくて、銃弾は貫通しない。その証拠に、木箱の裏からまだ銃口がこちらを狙っている。
俺はドラム缶の影を飛び出て、箱の左方向に走り、それから木箱へ距離を縮めた。
銃口が俺を追うが、木箱に邪魔されて狙いにくそうだ。
ズギュン。……ズギュン。また、俺の側の陣から銃声がしたかと思うと、それに続けて、お兄さんの銃も火を噴いた。うぐっ、と声がして、俺の側の狙撃手が一人倒れた。
ズギュン。ズギュン。立て続けに二発の銃声がした。僕の側の狙撃手がお兄さんを狙った一発目。その弾道でお兄さんが狙撃手の位置を突き止めて撃ったのが二発目。一発目は狙いを大きく反れたが、お兄さんは正確に打ち抜いたらしい。背後からうめき声が聞こえた。
俺は木箱に向かってさらに歩をつめた。
お兄さんが木箱から頭をのぞかせた。
ズギュン、と二発分の銃声が重なった。兄さんを狙った狙撃手と、それに反撃した兄さんの銃声だ。銃弾の一つは木箱に当たり、もう一つは狙撃手の額にめり込んだ。
その瞬間に俺はお兄さんの向いている方向と反対に走りつつ、引き金を引いた。少し遅れて銃口がこちらを向き、木箱の裏から飛び出てきたお兄さんが引き金を引く。
パスッ、パスッ。両者の弾は外れて、お兄さんと俺の足元それぞれから、白煙が立ち上った。
よし、お兄さんはこれで弾切れだ。対する俺は、あと一発だけ弾を残している。
どんなに距離が離れていても、お兄さんは狙いを外さない。狙いにくい位置を走り回っていれば、物理的に当てられないことはある。でも、正面方向の狙いやすい位置にいる相手なら、どこにいるのかさえ分かれば確実に打ち抜いてくる。
俺の作戦はそこにあった。
陽動に見せかけて俺が動き、その背後から三人が狙撃をする。
俺は狙いにくい位置に攻め上りつつ、銃撃で威嚇する。お兄さんは俺を狙いたいけど、狙撃手に狙われているから、遮蔽物の影を出られない。だから、俺に狙われたら、無駄撃ちを覚悟で反撃するしかなくなる。
狙撃手の位置は、自分が銃を打つまではなかなかばれない。だから、狙撃手が先にやられることはない。狙撃でお兄さんを撃てればそれがベストだ。撃ち損なえば、狙撃手は反撃に遭い死亡する。
でも、俺がどうにか一発だけでも無駄撃ちをさせることができれば、狙撃手三人を撃ち殺したとしても、それで、お兄さんの残弾はゼロになる。
昨夜立てた俺の作戦はルームメイトを利用して、何らかのチャンスを作るというものだった。もしも銃弾の数に制限がなければ、狙撃手の弾幕の間を駆け上ってお兄さんを討ち取るつもりだったけれど、弾数の制限というルールにあわせて、ルームメイトの命と引き換えに弾切れを起こさせる作戦にマイナーチェンジした。
「もし俺を殺すとしたら、お前だろうと思ってたよ!」
お兄さんは薄ら笑いを浮かべて突っ立っていた。逃げようとも隠れようともしない。
俺は銃を構えながらゆっくりとお兄さんに近づく。
「おっと、その辺で止まれ、あと一メートル近くに来ればお前は死ぬ。俺の
俺は足を止めて、銃の狙いをお兄さんに定める。
「最後の訓練をしてやろう。銃の撃ち方のおさらいだ。その拳銃の有効射程はだいたい十メートルだから、十五メートルの距離ではピンポイントの狙い撃ちは不可能だ。こういうときには、一点を狙うな。俺を良く見て、その周りの空間を意識しろ。周りの空間に当てないように銃を撃つイメージだ。俺の右でも、左でもダメだ。右に行かないように、左に行かないように。上に行かないように、下に行かないように。俺以外の空間には当てないように集中しろ」
「狙うんじゃなくて、狙っちゃダメなところを意識するってこと?」
「ああ、その通りだ」
「もしかして、だまそうとしてる?」
「いや、ちゃんとしたアドバイスだよ。お前に殺されるなら、それも本望だからな」
「そっか、ありがと」
俺は素直にお兄さんに礼を言った。命を懸けて教導してくれているのだと理解したからだ。お兄さんは皮肉っぽい笑みを浮かべて、親指を立ててグッドのサインをし、その指の先を自分の左胸に持っていった。
「狙うなつってからなんだけどさ、できればここを撃ってくれないか?」
「心臓を?」
「頭を撃つのが常道なんだろうけどよ、この男前を台無しにされるのだけは、いただけないと思ってさ」
分かった、と俺は銃口を少し下に向けた。
「いくよ」
「ああ、来い!」
ズギュンッ!
銃声が響いた。
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