Lesson04 憂鬱な夜
「おめでとうございます」
最終試験を控えて興奮して眠れなかったというわけでもない。俺たちはどんな状況下でも眠れるよう訓練されていたし、同じ部屋の訓練生たちは三人とも寝息を立てていた。お兄さんだけは、部屋に備え付けられた給湯スペースの小さな窓から、ただひたすら星が輝くばかりの夜空を見上げていた。
俺は寝床を抜け出してお兄さんに祝いの言葉を伝えた。トップ成績で最終試験に臨めるということは、おそらく試験は悠々パスするだろうし、その後はアンチ・キラーの幹部候補生だ。前祝いをしてもいいはずだ。しかし、お兄さんは首を横に振った。
「めでたくなんかないよ。それより、お前も飲むか?」
勧められたのは花のような香りのするお茶だった。町に出たときに買って来たものらしい。ここでは味気のない食事に、薬草か何かの混じった苦いお茶や、ベタベタした栄養補助飲料を口にすることが多い。食事は健康の維持と体を育てることのみが目的だからだ。だが、外の世界では美味しさを楽しむためだけに使われる飲食物がたくさんあるそうだ。
「最終試験に合格すれば、いい暮らしが待ってるのに。めでたくないんですか?」
「まだ最終試験に合格したわけじゃないからな」
「そんなの、兄ちゃんなら簡単に合格できると思いますけど」
「いや、難しいよ。できることなら試験なんて受けたくない。でも、時間は止まっちゃくれないな。このまま夜が明けなければなんて願ってみても、ほら、見ろよ。月はもうあんなに高くに昇ってる」
「なんで? 兄ちゃんなら、試験くらい……」
俺は首をかしげて、お兄さんの顔をのぞきこみながら、
「俺は、いつか
「そんな日は、絶対に来ないんだ」
「どうして?」
「心の準備がないのはフェアじゃないよな。お前にだけは話しておこうか」
お兄さんはそう言って、じっと俺の目を見た。
「明日の試験では、訓練生は部屋ごとに一人の相手と戦うことになる。息の根を止めるまでの戦いで、訓練生全員が
「頑張ります。大丈夫ですよ、俺たち四人なら」
俺は後ろを振り返って、小汚いベッドで寝息を立てているルームメートたちを見た。
「俺の試験はというと、一人で四人を殺すのが課題なんだ。複数の相手と戦うくらいどうってこともない。けどな、相手に問題がある。情の移った相手を自分の手で殺さなければいけないんだ。どういう意味か分かるよな?」
「もしかして、俺たちと?」
「そうだ。明日、俺とお前たちで殺し合いをする。お前たち四人の誰かが生き残れば、俺は死ぬ。俺が生き残れば、お前たちは全員死ぬ。最終試験はそういうルールなんだ」
「何のために?」
「プロの殺し屋を狩るためには、俺たちはもっと上の殺しの技術を身に着けなければいけない。そのためには、親のように慕っていた存在でも、子どものように慈しんでいた存在でも、平気で殺せるような非常さが欠かせないんだってさ」
大好きなお兄さんと殺し合う。それは悪い冗談にしか聞こえなかった。
けれど、憂鬱そうに空を眺めるお兄さんの顔を見ていると、今の話が冗談などではなく、たった十数時間後に起こる避けられない未来なのだと実感せざるを得なかった。
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