Lesson02 殺し屋を殺すために

 辛い訓練や模擬戦リアルファイト施設オアシスでの毎日は、はっきり言って最悪だった。体のどこも痛くない状態で眠りにつく日なんて一日だって無かったし、負った傷が一つ癒えるころには、二つ三つと新しい傷ができていた。

 だが、最悪な毎日にも人は慣れていく。


 訓練をそつなくこなす術を身につけ、その次には模擬戦リアルファイトのコツを探った。自分が痛い思いをするくらいなら、別の部屋のやつらが苦しんでいるほうがましだから、俺は相手をギブアップさせるテクニックを研究した。


 大切なのは腕力や格闘術だけじゃない。苦痛や恐怖を効率よく与える技術や、親しい友人が泣きわめいていても平然としていられる精神力も身につけた。もっとも、それは他の部屋の連中も同じだったから、たまには模擬戦リアルファイトで負けることもあったが、それでもどうにか施設オアシスで生き抜いていけた。


 次第にグループごとの実力差が出だすと、模擬戦リアルファイトに負けてばかりのグループから脱落者が現れた。彼らは夜中に施設オアシスから逃げ出して二度と戻ってはこなかった。また、怪我や病で命を失う者もいて、人員が減った部屋同士が組み合わされた合同グループがいくつかできた。


「よくやったな。君たちは訓練に耐え切った、もうすぐ最終試験を受けることになる。それに合格すれば準構成員ミドル構成員ボディに、訓練生たちは準構成員ミドルになれる」


 三年目に構成員ボディからそう告げられたときには、二十あった部屋は、十五にまで減っていた。準構成員ミドルが二人死に、訓練生は十八人死んだ。逃亡した訓練生も三人いたが、広い砂漠のどこかで野垂れ死に、コヨーテの餌になっているはずだった。


「最終試験に合格したら、僕たちはどうなるんですか?」

 ある準構成員ミドルが質問すると、構成員ボディは、いい質問だ、と笑った。

「俺たちは殺人業撤廃団体、アンチ・キラーのメンバーなんだ。人を殺して金を儲けている連中が世界中にいる。そんな連中を始末するのが俺たちの仕事だ」

「僕たちも人を殺すんですか?」

「やつらは狡賢ずるがしこけだものだ。普通の人間では敵わない。だから、厳しい訓練をした狩人が狩らなければならない。俺たちがするのは決して人殺しではない。悪い獣を駆除する仕事なんだ」

 構成員ボディは自慢するように胸を張り、

「だから、アンチ・キラーのメンバーは世界中を自由に行き来できる権限を持っている。我々は、どの国にも認められた正義の組織なんだ。君たちも、その一員となることを誇りに思うといい」


 構成員ボディの話を聞きながら、多くの訓練生が目を輝かせていた。準構成員ミドルの半数くらいも同じ表情をしていて、

「アンチ・キラーになったらいい生活ができるんですか?」なんて質問する者もいた。

 構成員ボディはもちろんだと肯いて、きつい訓練の日々を耐え抜いた見返りとして、綺麗な家に住み、美味しい物を食べ、世界中の綺麗な物を見られるのだと言った。当時の俺たちにとって施設オアシスが世界のすべてだったから、そんな夢のような生活は、思い浮かべることすらできなかった。


 その日、訓練生はみんなわくわくしながら部屋に帰った。俺もその一人だったのだと思う。やっと辛い訓練の日々が終わり、次は準構成員ミドルとして訓練生たちを指導する立場に回る。施設オアシスでの日々はまだ続くが、それでも訓練は自主練習でよくなるし、食べるものも自由に選べるようになる。そのうえ、月に一度は施設オアシスを出て、外の世界で過ごさせてもらえる。

 準構成員ミドルは訓練期間を完全に終えられるわけだから、もっとわくわくしているはずだった。しかし、俺の部屋を監督していた準構成員ミドルのお兄さんは、その夜は深刻そうな顔をして、ため息ばかりついていた。

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