03

「さて、と。『クラブ・マグノリア』だったな?」


 目の前の建物を見上げ、撃鉄が呟く。

 さほど大きくもなく高さもないが、白と黒を基調にした、上品でシンプルな造りの建造物だったことが解る。しかし、遠い過去に打ち棄てられてしまったそれの玄関上部に掲げられた看板の文字は所々欠けており、壁面表面が砕けた部分からは中の鉄筋が覗いていた。入り口のドアに至っては、右側も左側も完全に外れてしまっている。

 建物から右に十メートルほど進んだ地点が柱状の蜃気楼が如く揺らめいていた。つまり、歪曲地点である。建物も開錠有効範囲の内に含まれてそうだ、と撃鉄は推測。


 撃鉄の問いかけに返答した少年の「はい」という声はわずかに震えていた。


 廃ビル街を探索すること半時間。

 まだ日があるので出歩いている住人も多く、いぶかるような値踏みするような、その露骨な視線を受け止め、なおつ、蘇る《要塞》でのトラウマに耐える露口は、まるで入りたくもない幽霊屋敷に無理矢理連れ込まれたかのような有様で見ていて気の毒になる程であった。


 若干青くなった唇で、少年は言葉の続きを告げた。


「ぼくが話を聞いたかたが、確かにそう言っていました。多分、ここで合っていると思います」


「じゃ、中に入ろうか……と言いたいところだけどさ、露口君大丈夫か? さっきよりも顔色悪いぜ」


「大丈夫です。やっと掴んだ姉さんの手掛かりです。ぼくも、沙田さんと一緒に行きます」


 眼力こそ弱々しいものの、決意を両眼に宿して頷く露口。やっぱりここで待っていろ、などとその様子を見たあとでは言えなかった。それに、《要塞》よりは安全であるとはいえ、荒事とは無縁の少年を一人にしてしまえば何が起こるか解らない。

 露口へと体ごと向き直り、確認するように、念を押すように、静かに撃鉄は問うた。


「進んだ先、見たくないもの、知りたくないことが待ってるかもしれない。後悔することになるかもしれない。僕と一緒に来るってことは、覚悟ができてるってことなんだよな?」


 覚悟、という言葉に一瞬露口は怯む。だが、もう引き返せない。ここまで自分は来てしまった。彼女と共に、来てしまった。小さく深呼吸をし、しっかりと黒髪の少女を見つめ、首肯した。


「解った。それじゃ、行こうぜ」


 告げながら少年に背を向け、撃鉄は歩き出す。慌ててその後ろに露口は続く。撃鉄がぐに歩み始めた所為せいで、彼女の表情が窺えない。無理をしている露口を心配しているのか、呆れているのか。それとも、精々足手まといにならないようにしてくれと迷惑に思っているのか。少年は、前方に回り込み確かめようなどとは思わなかった。今彼女の内に在る感情を知るのが怖い。それに、震える体をぎょし、胃の中の物を吐き出さないよう耐えるのに精一杯でもあった。


 ドアの外れた入口から建物に入り、一旦立ち止まる撃鉄。眼前には、開けた空間が広がっていた。恐らくこの建造物がクラブとして機能していた過去、エントランスだった場所であろう。風に舞い上げられた砂や礫が入り込み、かつて美しく磨かれていたと思しき床面はすっかり面影を無くしている。

 ぐるりエントランス内を見渡すが、人がひそむことのできるスペースはカウンターの後ろくらいしか見当たらない。目視できる範囲には、何者かがここで寝食している形跡はなかった。


「ドアの側にいてくれ。何かあってもアンタは直ぐ逃げられるように」


 そう露口に告げて、彼が頷いたのを見てから撃鉄はカウンターの方へと進む。念のため後ろへと回り込んでみるが、やはり何の痕跡もない。一呼吸置いてから少年を振り返り、


「――行こう、露口君」


 探索の継続を促すと、あちこちに怯えたように見回しながら露口が側までやってきた。


「何かありませんでしたか?」


 ゆるゆると首を振りつつ、と撃鉄は告げる。


「ヤバイものも、手掛かりになりそうなものも、何もなかった。ま、ここはただの玄関だしな。寝るにしても床だ。この辺一帯の雨は只でさえ酷いし、台風でも来りゃあ、雨風が入口から入り込んで奥までベシャベシャになるだろ。ここが昔クラブだったんなら、多分奥にフロアがある。そこなら椅子とか色々ありそうだし、ここよりは寝心地いいんじゃねーの?」


「じゃあ、もしかしたら姉さんが入っていったのはそこかも、ということでしょうか」


「解らねーけどな。可能性は、なくもない」


 撃鉄は、カウンター向かって右側に伸びる通路に一度視線を投げ、それから少年を見る。露口は、そこが向かうべき場所であるという意図を酌み取り、首を縦に振った。


 再び、二人はクラブ・マグノリアの中を行く。穴の開いた天井や壁から差し込む日の光のお陰で足下は見えるが、若干心もとない。第三者の気配に注意しながら進まねばならないこともあって、張り詰めた空気が周囲に満ちる。緊張感の所為せいで、少し歩いただけなのか、しばらく歩いたのか、最早解らない。両者の時間感覚が麻痺しかけた刹那、再度視界がひらけた。


 そして、二人は目をみはる。


 外観からは知ることができなかったが、フロアの天井は三分の一程失われていた。自然災害の影響なのか、それとも経年劣化によるものなのか、崩落したそれは、フロアの右奥から半ばにかけてを瓦礫によって容赦なく圧し潰している。雨風をしのぐという点については、ともすればエントランスの方が幾らかましかもしれない。


 露口を背後に庇う位置を維持しつつ、三歩だけ更にフロアの中へと進む撃鉄。耳を澄ますが物音もなく、感覚を研ぎ澄まそうとも気配を感じない。わざと足音を立て、床上の砂利を鳴らし更に三歩進むが、やはり静寂の紗が上がることはなかった。


「おーい」


 適当に呼びかけてみたものの返事はない。撃鉄と露口に気取られぬよう、第三者が警戒して息を潜めている可能性も考えられる。だが、引き続き撃鉄の呼びかけに答える声はなく、唯々、歩を進める二人が礫塊を踏み締める音、それから撃鉄の声が室内に小さく残響するのみ。


「誰もいない」


 このフロアには。そう付け加えて、部屋の中程で撃鉄は一度立ち止まった。そこは丁度、フロアへの入口、それから左側壁面に表示された非常口、その中間地点。


「一応、僕は今アンタが立っているところから見える場所を確認しようと思う。危険を感じたら、さっき来た通路に逃げ込むか、そこの非常口から出ろ。僕といた方が安全だと思ったら、僕の後ろから絶対に出ないようにしてくれ」


「はい」


 頷く少年の顔からは血の気が引き、病人のように白かった。


 探索時間が経過するほど少年の近くの位置を確保できるよう、撃鉄はまずフロアの最奥へと向かう。丁度ボックス席があったので覗き込むが、広いばかりで何もない。次のボックス席も、手掛かりと思しきものは存在しない。その次に覗いたテーブル席も、倒れたスツールとテーブル以外にめぼしいものはなかった。


 はずれか、と思いつつ四つ目の席を覗く。露口から二メートル弱離れたその席もボックスタイプになっていたが、先の二つよりはこぢんまりとしていた。


「ん?」


 革が所々破れたソファは誰かが寝床にしていたのか、その上にはブランケットが畳まずに置かれていた。床に視線を移すと、空になった食品の包装、紙屑などが隅に寄せ集められている。

 撃鉄はごみ山を足で軽く崩した。目を凝らし見つめるのは、水分のある食べ物が入っていたと思しき容器やパウチ、果物の皮。どれも、表面が乾ききっていたり、黴が生えていた。確かに、何者かがこの場所で餓えと雨風を凌いでいたのだろう。だが、その痕跡は新しいものとは言い難い。


 席を離れ、手招いて露口を呼ぶ。この距離であれば、退避にも問題はないだろう。誰かが残した生活の形跡を顎の先で示しながら、少女は口火を切る。


「いたっちゃ、いた。みたいだな」


 誰が、とは口にしなかった。埃を被ったブランケットを見つめながら、二の句を継ぐ。


「けど、もうここには」


 いないかも。そう告げようとした撃鉄であったが――中止。途端、肌を撫でた不穏な空気を感じ取り、本能的に言葉を発した。


「誰だ」


 鋭く、低い一言。異様な雰囲気に、少年の肩が跳ねた。


 片目を細めて睨む撃鉄。二秒の膠着状態を経て、漸くその“気配”は、通路よりフロアに現れた。


 それは、一人の女であった。床に触れる度に音を鳴らすピンヒールが一層際立てるのは、長く伸びやかな脚。ノースリーブの肩口から伸びる腕もすらりとしているが、華奢すぎる印象はなく、肉感的な体つきや肌の白さから、女性的な柔らかさを感じさせる。


「こんなところに子供だけで来るなんて、危ないんじゃあないかしら?」


 言いつつ女が両腕を組めば、豊満に実った二つの果実が、下から掬い上げられふるりと揺れた。


「そうそう。そういえば貴方、さっき私に『誰だ』と訊いたわよね?」


 女は妖しい笑みを浮かべつつ、悠然と二人の正面七メートルの位置へと移動する。すると、身に纏っている詰め襟のドレスの全容が明らかになった。鮮やかに青く、布地には絢爛たる花の刺繍が施されている。見るからに値が張りそうで、廃屋にはあまりにも場違い。


「名乗りはしないわ。でも、解り易いニックネームみたいなものはいくつかあるの。例えば、そうね――魔女、だとか呼ばれているみたいなのだけれど」


 クラスBに位置する、多額の賞金が掛かった危険な首。そして露口の仇である張本人。撃鉄は「はッ」と笑って、


「魔女、魔女ねえ? ファンタジーの存在が、こんな夢も希望もへったくれもない荒れた所に何の用事だよ?」


「こういう用事よ――アポリア、開錠ログイン


『アポリアのログインを承認しました』


 害意。


 女の言葉に込められたものを理解するや否や、天啓メッセージの声を半ば遮るよう、撃鉄も「ウニヴェルサリス、開錠ログイン!」と叫ぶ。だが、少女のそれよりも遅く告げた魔女の次の命令コマンドが、何故か先に処理された。


「《受信ダウンロード》、胡蝶刀ナイフ3、胡蝶刀ナイフ4」


 駆け出す魔女。その繊細なつくりの手の内に、左右それぞれ翡翠ジェードの光輝が収束する。それが成すは、刃渡り四十センチ程の刃物。柄の一部が妙な形になっており、撃鉄は百科事典に掲載されていた岡っ引きの十手のようだと思った。


 と――、一閃。


 先程まで撃鉄の首が存在した位置を、水平方向に白銀が切り裂く。膝を曲げて回避していなければ、今頃は大量出血だったに違いない。

 魔女の左腕が引き絞られているのを認め、撃鉄は前傾になってしまった体勢を立て直すことなく地を蹴り前方へと飛び転がった。横薙ぎの斬撃は偽装ブラフに過ぎず、つい先刻、空気を射貫いた左の刺突こそが本命。


 転がる少女の耳に、やっと『ウニヴェルサリスのログインを承認しました』という音声が届く。


「遅せえっつの! 《受信ダウンロード》、グレッチ!」


 前転の勢いを利用して跳ね起きる少女のかたわら、赤光の粒子が徐々に青いギターへと変わっていく。ネックを握って構える撃鉄を、魔女は熱に浮かされた瞳で見つめ、吐息を甘く零した。


「あらあら。可憐な見た目なのに、随分と荒事に慣れているのね」


「ま、趣味でな」


「可愛いらしいうえに力強いだなんて。本当に、素敵なのね貴方」


「お褒めに与り光栄だぜ」


 適当に返事をしつつ、少女は思考する。魔女が繰り出した先の攻撃も、撃鉄の武器たる六弦の受信ダウンロードを悠長に待ったのも、女にとって、ここまでは全て余興であるが故なのだろう。


 笑んだまま魔女が目を瞬き、緑がかった銀の睫毛が優雅に下りる。時間にして一秒にも満たぬ、零コンマ以下数秒の瞑目。魔女自ら翡翠色の眼を暗闇に閉ざしたその刹那、撃鉄は駆けた。

 一歩地を蹴り、二歩速度乗せ、三歩踏み込み、そうして四歩。下方より六弦振り上げ、渾身の衝撃にて魔女の下顎打ち抜く。


 だがグレッチのボディは、ただ女の白い顎先を掠めたのみ。魔女が体を反らし回避体勢を取ったことにより、未遂に終わった。即刻、少女は上へと振り抜かれる六弦の慣性を不自然なほど完全に殺す。ギターの加速アクセラレーションの作用方向を“下方”に指定することによる、ベクトルの相殺。方向の指定をその侭に踏み込み、女の脳天目掛け振り下ろす一撃。


 果たせるかな、やはり魔女には届かない。否、阻まれていた。


「は?」


 と撃鉄は目を瞠った。ネックを握る両の手に力を込めようと、何かの所為で拮抗しておりぎりぎりと動かない。半ば困惑を湛えた視線が見つめたのは、魔女の構える二本一対の胡蝶刀。くだんの奇妙な形をした柄、魔女はそれを六弦のボディ側面に差し込むことで、打撃を受け止めていたのだ。


コイツギターに傷ついたらどうしてくれんだよ」


 六弦を跳ね返されぬよう耐えるがため、しかと地を踏みしめる両足。掛かる負荷を変えず逃さず、柔らかに膝を屈曲。縮めたばねを解放した瞬間が如く、少女は後方へと飛び、同時に拮抗状態を解除。バックステップで距離を取りつつ、「それ、そう使うのかよ……うっへえ、なんか変態武器っぽさ感じるな」とうんざり吐き捨てた。


「攻防一体型の武器って、ロマンがあると思わない?」


「そうか? ぼかァ攻撃特化の方が好きだぜ」


「あら残念。私は貴方と仲良くしたいのだけれど、趣味は合わないみたいね」


「ぜってー仲良くなれねーから安心しろ」


 他愛なく繰り広げられる剣呑な会話。「気が強いのね、可愛いわ」と女が艶めかしく笑う。それが合図であったかのように、双方地を蹴り駆け出した。


 互いの間合いに入る直前、撃鉄は六弦を横に振りかぶった。そのボディサイドで以て、狙うは魔女の首より上部。胡蝶刀の柄で受けにくい角度・速度・位置を見極めた殴打。

 だが、視界を一瞬揺らがせる目的のそれは、魔女が顔面の横で両肘を立て、防御姿勢を取ったことにより阻止されてしまう。

 但し、このグレッチに加わっているのは、ギターの重量や彼女自身が生み出した振り抜き速度による運動エネルギーだけではない――相乗するは、六弦本体に搭載された自動実行構築式オートラン・プログラムによる圧倒的な強制加速。その最大威力、決して女の細腕で防ぎ得るものではない。

 当然、魔女の腕もインパクトに耐えること能わず、柔肌の下に潜む骨が破砕される音が周囲に響き渡った。痛みにより魔女の動きが一瞬止まり、打撃の衝撃により体勢が大きく崩れる。折れた腕では凶器を握り続けることも当然叶わず、双刀は重力が手招くままに地面に落ちた。


 落下の金属音が鳴ると同時、撃鉄は隙を逃さず、振り抜きの遠心力を利用。足を一歩踏み出し、転換の後に体軸変換。中段の位置に次撃を放たんとする。女の肋骨と骨盤の間――つまり、何も内臓を守る物のない鳩尾みぞおちを殴打するために。

 更に踏み込み、前方に跳躍――しようとしたがこらえ、咄嗟に後方に飛び退く。


 先程まで自分がいた場所を切り裂く刃。それが生み出した風圧が、少女の柔い頬を撫でる。


「女相手でも容赦ないのねえ。乱暴だこと。でも、だからこそいわ」


「そいつァどうも!」


 皮肉を込めた返答をしつつ体勢を立て直す撃鉄。そして、或るものを視認すると同時に目をみはった。先程まで、下腕の有り得ない位置からがぶらりとしていた魔女のかいな。それが何事もなかったかのように元通りになっており、一振りのナイフを振るっているではないか。


 瞬間回復。これが噂の“不死”たる所以ゆえんか、と撃鉄は女を見据える。

 刃やその軌道が、送受信の名残たる光の粒子を纏っていないのを鑑みるに、このナイフは――スリットから覗く、白い太腿に付けられたホルスターに納めていたものだろう。


 今まで撃鉄ばかりを見ていた翡翠の双眼が、突如、或る方向へと向けられる。そして、女は婀娜あだやかな面立ちに、過剰なまでの残忍性を乗せて口角を上げた。


「夢中になりすぎて、貴方のことをすっかり忘れていたわ」


 その二対のエメラルドが見つめたる方角は、露口少年。


 害意満ちる視線に射竦められ、少年はびくりと肩を跳ねさせた。栗色の瞳を限界まで見開き、しゃくり上げるような怯えた呼吸を喉から漏らす。


 眼差しで以てその場に縫い止めた露口に対し、魔女は尚も微笑みかける。


「観客サービスも忘れないようにしなくちゃね?」


 くん、と後ろに引かれるたおやかな腕。しなるようでいて、ばねの縮むが如し緩急。ワインレッドに塗られた爪が、小さな残光を軌跡に散らす。

 引きの動作による“溜め”。それを逆ベクトル、つまり前方へと解放する魔女。肘は大振りにならぬよう、それでいて手首をしなやかに使った――投擲。


 女の狙いを察し、撃鉄は踵を返して半ば跳躍と呼ぶべき歩幅で駆けた。


 三歩目、露口の前方に着地するために左足で踏み切ると同時、青き六弦を右斜め上方へと振る。浮遊した体は水平方向の遠心力に逆らえず、ぐるり体勢を半回転。それは丁度、露口に背を向け、魔女と正面から対峙する格好での着地と相成った。そして、少女が振り下ろした青は、女が投げた白銀を叩き落とす。


 空中での転換から防御への一連動作。少年を庇いながら戦うことのできるポジショニング。全ては、撃鉄の目論み通り。

 次撃、魔女はどう出てくるのか。果たして、己は露口少年を守りながら戦うことができるのか。思案と共に、魔性たる女を見据える。


 そして、六弦のネックを握り直した――丁度、その刹那。


「ごめんなさい」


 祈るような、ゆるしを乞うような、少年の声。


 彼の口から紡がれたこの言葉を耳にするのはもう幾度目かであるというのに、これまでとは違う温度を孕んだそれに、思わず撃鉄は少年に目を向けようとした。


 少女が振り向ききる前に、腰の辺りに加わったのは、衝撃。


「え? 露口く、ん」


 それは、極めて激しいスパークを伴って彼女へと伝播する。その華奢な体が大地に立つための力を奪うように。


 重力によって地面へと体が吸い寄せられるさなか、撃鉄は露口少年の姿を漸く捉える。

 痛々しそうなまでに苦しげな表情をした少年は、震えながらもその両の手で、しかと何かを握っていた。が生み出す閃光と放電が、その正体が何であるのかを雄弁に語っている。


 高電圧銃スタンガン


 彼が構えた物体の正体を認むると同時、少女は無残にも倒れ伏せた。

 その赤き双眸に、今にも泣き出しそうな顔をした露口の――否、魔女の玩具たる少年の、悲痛な表情を焼き付けて。

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