track03.アポカリプス・レイタア
01
ぱちり、と線香花火が爆ぜるような音。
それは、鮮烈な
だがこの光、ある者はしかとその目に捉うこと
そして、構成単位の相違だけではなく、脳の相違――ただのヒトよりも中立子が、空間認識を
鮮やかな光輝も円環も、全ては次元を歪ませ顕現する。
「よっ、と」
彼女が舞い降りた歩道の横では、沢山の車が行き交っている。磁力により浮動するそれらは、地面より三十センチ程浮き上がり、滑らかに都市を駆け抜けてゆく。
ふう、と少女は息を小さく吐いた。夏の気配がほんのりと滲む、昼前の太陽の温かさが心地よい。緑の香りを孕んだ微風が、ふわり優しく吹き抜ける。それが吹いてきた方向を見上げると、クロロフィル鮮やかな木の葉をゆったりと揺らす樹木の群れ。そして、その所々から朱色の何かが姿を覗かせていた。
街路樹や公園の木々ならまだしも、遠目から見ても“大木”と解るほどの木々達。街中に余り似つかわしくない風景にも関わらず、撃鉄は
「おー。緑に囲まれてると映えるなぁやっぱ」
彼女は朱色、もとい、鳥居を見上げる。訪れる人々を悠然と待っているかのように構えられたそれは、古い歴史あるものだとは思えぬ程美しかった。丁寧に朱が塗られており、色のはげ落ちなど一切見当たらない。笠木の黒が朱と絶妙なコントラストを醸し出しており、額束には「
「すみませーん」
と、社務所の中に誰かいないか声を掛けた。十秒待ったが、応答はない。
「あれ。いねぇのかな」
小首を傾げ、踵を返そうとした刹那。
ぱたぱたと小走りにやってくる足音と共に、「はーい」という声が聞こえた。姿を現した足音の主は、巫女装束を着た人物。年齢は撃鉄よりもやや下――十五、六程に見える。小動物の尻尾のようにふわふわと動きに合わせて揺れる、檀紙で結わえられた水色の髪。
撃鉄の姿を認めるや否や、巫女は無邪気な笑みを浮かべた。
「あ、撃ちゃんっ!」
そして急いで
「会いたかったわ撃ちゃん!」
「わっぷ!」
盛大に撃鉄に飛びついた。巫女は平均的な身長だが、百六十八センチの撃鉄に抱きついていると、顔立ちの
「会いに来てくれたの? 最近撃ちゃんと会えなくて、アタシ寂しかったんだからね、もー!」
「会えないも何も、くろろが風邪引いて寝込んでたんだろ……」
花
「うつるかもしれないから来るなって、くるるにも言われてたしさ」
「撃ちゃん達がお見舞いに来てくれないと思ったら、
許せないわ、と双子の弟・くるるに向け始めた謎の敵意には触れず、撃鉄は本題を切り出す。
「ところで、さ。くろろ、コイツのこと知らねぇか?」
プリーツスカートのポケットから携帯端末を取り出し、数秒操作。画面を見せながら問うた。「んー、なになに?」と、くろろは画面を覗き込む。
「ああ、この子。知ってるけど、直接お話ししたことはないのよね。なあに? やだー撃ちゃんったら、若しかして、この子に恋でもしちゃったの?」
「こっ、恋とかじゃぇねよ! ただ気になるだけっつーか」
「照れなくってもいいのよ? うふふ。そうねえ――」
と、巫女は微笑。それは、幼気な見目形に似合わぬ、何処か官能的な笑みだった。右目の下にある泣き黒子が、その妖艶さを一層引き立てる。
「じゃあ、今度アタシの家でゆっくりお喋りましょ? 今日はこれからバタバタしちゃうから
先程の蠱惑纏う雰囲気から一転、くろろは無邪気にウインクしてみせる。
「女の子同士の秘密の話は、お菓子でも食べながらゆっくりじっくりしたいじゃない?」
「……なーにが女の子同士、だよ」
どうしようもないもの(或いは、頭の病に冒された残念な者)でも見るような目で、撃鉄は可愛らしい巫女を見遣り、くるり踵を返しながら告げる。
「はあ……都合ついたら連絡しろよ。アンタにしか相談できない僕を呪いたくなるぜ全く」
「もう帰っちゃうの? つれないわね撃ちゃん。でも、そんなとこが大好きよ! お
「はいはい、覚えてたらな」
ああそれと、と呟いて、撃鉄は肩越しにくろろを見た。
「なんであれ、僕ぁ二十八歳が“女の子”名乗るのはキツいと思うぜ?」
にっ、と意地悪猫の笑みを浮かべて、少女は社務所を去る。背中に投げつけられた「とっ、歳なんて乙女には取るに足らない些細なものよ」という、余裕を取り繕った余裕なき言い訳などは、聞こえなかった振りをして。
***
元来た場所へと参道を引き返しながら、撃鉄は
彼女の思考は、くろろに見せた画面の中の“想い人”のことで埋め尽くされていた。
否――それは唯の方便にすぎない。正確には、画面の中の文字列と、巫女が述べた言葉の意味について思考していた。
「魔女について知っていることは?」と打ち込まれた端末画面に対し、「十分な情報は所持していない。それ故、また後日に」というメッセージが仕込まれたくろろの言葉。
魔女について、くろろも今の段階では、街で囁かれている噂程度しか知らないようであった。露口少年から持ちかけられた
「けど、ま」
誰に告げるでもなく、撃鉄は独りごちる。
第三者に偶然話を聞かれてしまうことや、盗聴されることを想定した上とは
くろろに至っては、普段と全く変わらない調子でクラッパーボードの柏木を鳴らし、
――これが、くろろが昔言ってた「アタシは女優よ」ってやつなのか?
歩みを進めながら、少女は一人、自分専属の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます