Saturday, 23 March 2019
先生が突然辞めた。
だけじゃない。
行方不明らしい。
3年のボス級上級生たちが最初につかんだその噂は、見るまに吹奏楽部の中に、そのあとクラスを介して学校中へと伝わっていった。理由を尋ねるものは誰もいなかった。わからないのは半年くらい不登校だった丸田くらいのもので、だから同じマンションに住んでいる榛那は、しょうがないから部活が終わったあとで説明してやるのだった。
「……要するに先輩たちは何かにつけて、こんなやり方、前の先生はしなかった、こんなんだったら前の先生のほうがよかった、みたいなことを、斎木先生にことあるごとに言いまくってたんだよ」
「ひでーな。俺らにだけひどいんじゃなくて、先生にもだったのな」
「瑞希先輩とか、ユーフォの佐藤先輩とかが、特にすっごい言ってたらしい。パート練習の時とか」
これはおなじユーフォの零からの情報だから確かだ。
丸田は結構いいやつで、クラスでいじめにあったわけでもないのに、なぜか突然学校に来なくなった。中学生になって疎遠になったものの、小さい頃から一緒に遊んだ仲で、それなりに気が合っていた榛那としては納得がいかず、丸田のお母さんにいろいろ聞いたのだった。しばらくみないうちに丸田はまただいぶ背が伸びて、いがぐり頭だった髪も、目が隠れるか隠れないかくらいまで伸ばした。
「……ほんと、ないわー」
その頭をぽりぽりかきつつ、丸田は言葉をつづけた。
「新任でこんな、俺らが言うのもなんだけど『荒れた』中学来てさ、管楽器の先生でもないのに顧問にさせられて、挙句の果てにあんな怖え3年にがみがみ言われちゃ」
マンションロビーの体の沈む、柔らかいソファーに体を預けながら、榛那があとをひきとる。
「声楽だったんだよね、斎木先生。最初は明るくてニコニコしてて、可愛いから好きだったのになー」
でも、と榛那の口調が変わった。
「なんか、やっぱり管楽器のことあんまり知らなかったし、吹部じゃなくて音楽の先生、って感じがしたんだよね。できないフレーズとかあると、すごい怒られたし」
教え方が分かんないなら聞いてくれればいいのにねえ、と棘のある声で言う先輩たち。それを横目に見つつ、先輩も先生も怖くて、下級生はなすすべなくその場にいるしかなかった。
「あー、怒って音楽室出てっちゃった時、あったな」
合奏中に、皆が練習不足すぎるという理由で、指揮棒を叩きつけるように置いて音楽室を出て行ってしまったのだ。あっけにとられ、次に背筋が凍りついた。あの感覚を思い出すと、榛名は今でも背中のあたりがむずむずする。
「そう! あのあとから先輩たち、ちょっとづつ態度変わってった気がする」
「そーなん」
あ、そうか、丸田がガッコ来なくなったのもそのあとだった。と気付いて、榛名は話題を変えることにした。
ゲームと塾の話でしばらくだべってから、榛名は家へ帰った。丸田はそのまま、コンビニに行くといってエントランスを出て行く。前までひょろっとしていたのに、いつのまにか背中まで大きくなったように感じて、榛名はしばらくその後ろ姿を目で追っていた。
エレベータに乗りながら、でも斉木先生は卒業式まで耐えたんだろうな、と榛名は考える。自分が同じ境遇だったら、たぶん無理だ、とも。耐えて耐えて、区切りがついてからいなくなった。一番風当たりの強かった3年生の前から逃げ出すことはできない、と思っていたのだろうか。でも結局行方不明じゃ困るのは自分たちなんだけど、と榛名は改めて心中でため息をつく。
「次の先生はいい先生だといいんだけど」
榛名は狭いエレベーターの中なのをいいことにぼそっと口に出してみる。『いい先生』ってなんなんだろうと思いながら。
四月はもうそこまで来ている。
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