6時

ハァ…ハァ…


遠い


僕は運動が得意な方だ、なのになんでこんなに遠い。


遠い


僕の緊張は極限に達していた。


これだけ息を切らしているのに。これだけ肉体が疲労を訴えているのに。思考は至って鮮明に廻る。1秒は1分に1mは1kmに、五感が鋭敏化するのになぞらえて感覚のみが現実を延々と拡張している。

ようやく手を伸ばせば届く距離に接近して僕は一気に拡張された感覚が収束するのを感じた。それと同時に酷く後悔した。


なぜ倒れているのか、問題はそこだ。心因性の病?立ちくらみ?そんなわけが無い。普通ならそうかもしれないが状況が状況だ。普通ではないことが起きたから倒れているのだ。

姿を見た途端体が勝手に反応して駆け出した手前安全確認を怠った。アドレナリンが急激に低下し火照っていた体が依然として寒気を帯びる。それは先程とは比ではない悪寒。

でもそんなことは関係ない。

「亜希!!」



「亜希!」



「あ…き」

僕はその瞬間を目を疑った、抱きかかえているはずの体には右腕の肘から先がない。切れて出血しているというものではなく、その先の概念が、存在が、元からなかったかのように存在していない。

そして僕はもう1つの異変に気がつく。違う、なんだ、何故だ、紛うことなきその姿だった、抱きかかえて呼びかけ尚そこに居たのは亜希だった。亜希のはずだった。しかし決定的に何かが異なる。

いや、今もその姿かたちは亜希に違いない。でもこの人は亜希じゃない。コレは亜希ではない何かだ。

無意識に抱きかかえた「何か」に混乱していた途端。


ググヴゥプクッククァ


得体の知れない何かが音を立てて急激に縮みブラックホールを生成するかのように僕の両の手の中で小さくまとまっていく。


その瞬間


急激な倦怠感と眠気に襲われる。目の前の黒い物体が離れ視界に暗幕が降りる。

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