5時

多くの管とコードに繋がれ、兄の鼓動を知らせる機械音がひたすらにこだまする部屋。窓側の机にはひまわりやガーベラといった暖色系の花が飾られている。


僕の兄は別段体が弱いわけではなかった。ただいつからか風邪をよく引くようになり気がつけば不治の病に犯されていた。


医者からその話を告げられた時母は泣き崩れ兄は自らが長く生きられないことを悟った。一般人は到底知ることもないような病名で医療界隈で認知こそされているものの特効薬もなければ治療法も見つかっていない病だった。


症状が緩和すれば病棟へ行き、発作が起きれば集中治療室へと運ばれた。僕はその瞬間を鮮明に覚えている。幼い子供は死に対する恐怖心が人一倍強い。そんな歳すがら僕はその死の最前線を目の前にして戦慄し泣くことしか出来なかった。忘れられない。


その光景は幼き日の僕にとって途方も無いほどの恐怖が、兄との思い出として深傷になる。


そんな日々を繰り返して1年ほど経つ日、それ以上の延命措置はせず自宅療養をするということで兄と両親との間で話が決まった。幸いにも発作はしばらくの間起きておらず激しい運動や食事を控える条件で許された。


兄と手を繋いで久しぶりに外を歩いた。あの病室の恐怖が嘘だったかのように兄は優しく微笑み陽気な日差しが僕らを包み込む。

「ただいま」

兄が言うと母と父は兄を抱き寄せて泣いた。

「おかえりなさい…」

その言葉の重みと親しみは当時の僕にはまだ理解ができていなかった。親がそこまで泣いていた理由も、兄の感慨深い表情も。僕にはわからなかった。


両親が兄の寝るベッドや退院祝いの準備をしている間に2人で外へお散歩に出た。当時の僕は兄が退院した事から、既に病気が全快し、また兄との日常に戻れると思っていた。そんな晴れやかな僕とは対照的に兄の眼は光無く、明るく光る世界をただただ羨ましそうに、諦めているかのように眺めた。


「お母さん、お父さん。色々な人に謝らなくっちゃ。お礼も、あと友達にも言わなきゃか。告白したかったな。鬼になってもいいからもっと遊びたかった。もっと買い物もしたかった。障害者年金とか、お金使ってる時間ないなぁ…もっと怒られて、喜ばれて、哀しまれて…」

僕に向けるた訳では無い。誰に向けるでもない、ただ自分に送る言葉。吐き出された言葉はもはや文として成り立ってはいない。


「おこられたりするのダメだよっ!かなしいのも!」

「ぼくはたのしいのがイチバン好きだよ!」


僕は自分の言葉の重みを知らなかった、その言葉がどれだけ鋭く兄に突き刺さるのかを。

それでもそんな無知な僕に兄は優しく応えてくれた。


「そうだね、俺もそれがいいと思う。」

「お前は俺みたいになるなよ?」


「…?なんで?」


「何でもだよ笑」

「さて、公園に着いたけど、お兄ちゃんと何して遊ぶ?」


「おにごっこ!」


「鬼ごっこかぁ…」


「おにぃちゃんおにね!」


「分かった分かった笑」

「10秒数えるから逃げろっ!笑」


「わー!!!!笑」


そうして日が暮れるまで遊んだのを覚えてる。ずっと笑って遊びに付き合ってくれていたのを。

家の仕度ももう終わっているだろうと兄が言い、僕らはまた手を繋いで帰り道を辿った。


「たのしかったね!!」


「そうだね、楽しくて良かった笑」


「またこようね!?」


「来れたらまた来ような」


「うん!!」


そんな会話をしてしばらく歩いたあと僕は聞いた。


「おにいちゃん?オバケはもういないの?」


「ん?お化けなぁ、今はもう居ないよ。」


「そっかぁ」


「どうかしたの??」


「うんや、ボクはおばけみたことないから」


「お化け見たら夜トイレ行けなくなるぞぉ?」


「でもおにいちゃんだけ見えてずるいっ!」


「見えて得することなんて無いよ笑」


「あくまさんもいないの?」


「そうさなぁ、悪魔さんとはお別れしたんだよ、だからもう居ない。」


「ふーん」


「さて、玄関上がったら手洗いとうがいしろよ?」


「はーい!」


玄関の扉を開けてガラガラッ!と内戸を開けた。


「「ただいまー!!」」


父と母がリビングの方から応える


「「おかえりー!」」


幼い日の、数少ない兄との思い出…

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