第57話 『独立宣言』 その8

 副首相の副官は、難しい顔で戻ってくると、副首相殿に耳打ちをした。


 『ふうん。』


 副首相は、表情をまったく変えない人だ。


 『直に確かめますか?』


 『いや、いい。後にしよう。ああ~~~、みなさん、すみません。ちょっと訂正が必要になったようです。工場を見せていただけますか? 奥の方まで。』


 隣のボスは、自分の補佐役である課長さんの意見を聞いたようだ。


 『わかりました。あなたは、それを要求できる立場です。』


 『ぼくたちも、同行したいですが。』


 ぼくは、そう、要望した。


 『副首相殿が拒否なさらないならば、いいですよ。』


 『ぼくは、構わない。』


 なにを中央から言われたのかわからないが、副首相はある種の決断をしたように思えた。



      ****************


 先に、保田さんに見学させてもらったのは、ぼくの施設側からで、しかも、外側から見える範囲だけだった。


 今回は、内側から、直にその秘密の工場に入り込むことになった。


 『一般の工場みたいな、見学コースはありません。だから、そうした配慮もありません。そういう意味では、ものすごく刺激的な現場かもしれないですが、実を言うと、ぼくも、全部は見ていない。かつて防衛大臣がいらっしゃったときも、全部見たわけではないです。全部知ってるものは、ドクター・ストレースさんだけですよ。まあ、他に、謎の助手がいますがね。ぼくの人事権が及ばない人で、挨拶にだけは来ましたが、明らかに自分の方が上、という感じです。まあ、しかたないけど、やなやつですよ。まだ、ドクターの方が、ましですな。あの方は、いちおう、へりくだって見せることは知ってる。意味はないですがねぇ。ぼくには、どうにもできないから。でもね、工場施設自体が緊急事態になったら、話は別ですからね。今回は、それにあたる、可能性が大きいです。まあ、独立宣言自体がそうですが。』


 冷静沈着な、隣のボスにしては、思い切ったことを言うようにも思った。


 よほど、そいつの態度が、良くないのだろう。


 実際、施設全体の管理者は、このボスであろう。


 小型だろうが、なんだろうが、誰であろうが、ミサイルを撃ち込んだのだとしたら、それは緊急事態だろうし、おっしゃるように、独立宣言も、そりゃもう、そのものだろう。


 立場が、いささか、風変りになったけれども。


 もし、核ミサイル攻撃を、政府側がやったのなら、まずいやり方だ。


 もっとも、失敗するとは、思っていなかったのかもしれない。


 あの首相ならば、いまは、やりかねないと思う。


 すると、第2波攻撃が、すぐに来るかも知れない。


 ぼくらは、正門ではなく、工場の裏口らしき、頑丈なドアから入った。


 警備員が複数、くっついている。


 『ドクター・ストレースさんは、同意してるんですか? この見学。』


 ぼくが尋ねた。


 『まさか。副首相殿も、お見通しかもしれませんが、彼も、取り巻きも、強制的に軟禁しました。まあ、宝田さんのおかげで、結構強い警備員は、抱えてあります。そこは、彼らの弱点なんですよ。甘く見られていたからね。攻撃されたら、防御はできない。』


 『ふうん・・・・・我々が知らない事は、まだ、いろいろありそうですわね。』


 うちのボスが、めずらしく皮肉った。


 なんとなく、全体の力関係が、ざわめきだしたようだ。


 『で、ここから先は、一般職員は入れないです。パスと、顔認証と、指紋照合、声紋照合など、いっぺんにやります。あなた方に関しても、パスカードなしの招待客待遇で入りますが、記録は残ります。失礼ながら、副首相殿も。』


 『当然でしょうな。』


 『内部には、さらに、立ち入り禁止区域があって、最高の問題はその先です。』


 ぼくたちは、なんとなく、昔の大きな病院の、薄暗い、深い深淵のような、異様な雰囲気のエリアに入っていった。


 『最初にあるのは、いわゆる火葬施設です。それは、ここにあって当然のものです。まあ、言い方は、良くないかもしれませんが。でも、これは必要なものです。』


 親しい人が亡くなった場合に、人生の中でも、そう度々ではないにしても、多くの人が経験する場所だったはずである。


 しかし、大戦争+超大災害の後は、火葬も埋葬も追いつかなかった。


 特別な地位にある人以外は、一般共同墓地に、集団埋葬する以外に、方策がなかった。


 その後は、既存の自治体の崩壊が相次いだため、中央から派遣された官吏の下で、代替統治をしている『地域集団』により、その状態が継続している場合がかなりある。


 こうした、それなりの施設で葬られるのは、だから、いまどき良い方かも知れない。


 いやな世の中だが、事実そうなのだ。


 ここに、きちんと対象者を送ってくることが出来ているのは、ある種の国民性かもしれない。




         *********


 



 

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