第57話 『独立宣言』 その8
副首相の副官は、難しい顔で戻ってくると、副首相殿に耳打ちをした。
『ふうん。』
副首相は、表情をまったく変えない人だ。
『直に確かめますか?』
『いや、いい。後にしよう。ああ~~~、みなさん、すみません。ちょっと訂正が必要になったようです。工場を見せていただけますか? 奥の方まで。』
隣のボスは、自分の補佐役である課長さんの意見を聞いたようだ。
『わかりました。あなたは、それを要求できる立場です。』
『ぼくたちも、同行したいですが。』
ぼくは、そう、要望した。
『副首相殿が拒否なさらないならば、いいですよ。』
『ぼくは、構わない。』
なにを中央から言われたのかわからないが、副首相はある種の決断をしたように思えた。
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先に、保田さんに見学させてもらったのは、ぼくの施設側からで、しかも、外側から見える範囲だけだった。
今回は、内側から、直にその秘密の工場に入り込むことになった。
『一般の工場みたいな、見学コースはありません。だから、そうした配慮もありません。そういう意味では、ものすごく刺激的な現場かもしれないですが、実を言うと、ぼくも、全部は見ていない。かつて防衛大臣がいらっしゃったときも、全部見たわけではないです。全部知ってるものは、ドクター・ストレースさんだけですよ。まあ、他に、謎の助手がいますがね。ぼくの人事権が及ばない人で、挨拶にだけは来ましたが、明らかに自分の方が上、という感じです。まあ、しかたないけど、やなやつですよ。まだ、ドクターの方が、ましですな。あの方は、いちおう、へりくだって見せることは知ってる。意味はないですがねぇ。ぼくには、どうにもできないから。でもね、工場施設自体が緊急事態になったら、話は別ですからね。今回は、それにあたる、可能性が大きいです。まあ、独立宣言自体がそうですが。』
冷静沈着な、隣のボスにしては、思い切ったことを言うようにも思った。
よほど、そいつの態度が、良くないのだろう。
実際、施設全体の管理者は、このボスであろう。
小型だろうが、なんだろうが、誰であろうが、ミサイルを撃ち込んだのだとしたら、それは緊急事態だろうし、おっしゃるように、独立宣言も、そりゃもう、そのものだろう。
立場が、いささか、風変りになったけれども。
もし、核ミサイル攻撃を、政府側がやったのなら、まずいやり方だ。
もっとも、失敗するとは、思っていなかったのかもしれない。
あの首相ならば、いまは、やりかねないと思う。
すると、第2波攻撃が、すぐに来るかも知れない。
ぼくらは、正門ではなく、工場の裏口らしき、頑丈なドアから入った。
警備員が複数、くっついている。
『ドクター・ストレースさんは、同意してるんですか? この見学。』
ぼくが尋ねた。
『まさか。副首相殿も、お見通しかもしれませんが、彼も、取り巻きも、強制的に軟禁しました。まあ、宝田さんのおかげで、結構強い警備員は、抱えてあります。そこは、彼らの弱点なんですよ。甘く見られていたからね。攻撃されたら、防御はできない。』
『ふうん・・・・・我々が知らない事は、まだ、いろいろありそうですわね。』
うちのボスが、めずらしく皮肉った。
なんとなく、全体の力関係が、ざわめきだしたようだ。
『で、ここから先は、一般職員は入れないです。パスと、顔認証と、指紋照合、声紋照合など、いっぺんにやります。あなた方に関しても、パスカードなしの招待客待遇で入りますが、記録は残ります。失礼ながら、副首相殿も。』
『当然でしょうな。』
『内部には、さらに、立ち入り禁止区域があって、最高の問題はその先です。』
ぼくたちは、なんとなく、昔の大きな病院の、薄暗い、深い深淵のような、異様な雰囲気のエリアに入っていった。
『最初にあるのは、いわゆる火葬施設です。それは、ここにあって当然のものです。まあ、言い方は、良くないかもしれませんが。でも、これは必要なものです。』
親しい人が亡くなった場合に、人生の中でも、そう度々ではないにしても、多くの人が経験する場所だったはずである。
しかし、大戦争+超大災害の後は、火葬も埋葬も追いつかなかった。
特別な地位にある人以外は、一般共同墓地に、集団埋葬する以外に、方策がなかった。
その後は、既存の自治体の崩壊が相次いだため、中央から派遣された官吏の下で、代替統治をしている『地域集団』により、その状態が継続している場合がかなりある。
こうした、それなりの施設で葬られるのは、だから、いまどき良い方かも知れない。
いやな世の中だが、事実そうなのだ。
ここに、きちんと対象者を送ってくることが出来ているのは、ある種の国民性かもしれない。
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