第21話 『自決公社』その9

 彼は、それから、ぼくを睨み殺すように、こう言った。


『きみは、首相本人に会ったことはあるのかね。』


 ぼくは、仕事がら、こういうのは、さらっと、受け流す。


『そりゃ、まあ、インタビューはしましたよ。国民の代表として。』


『ふむ。そりゃ、そうだよな。で、あいつは、いま、何を考えてる。』


『ぼくは、超能力者じゃないですからね。そりゃ、わからないです。』


『いやいや、そうじゃなくて、推測だ。あいつは、何を一番、気にしてるのか。』


 さすがに、二回も、首相を『あいつ』呼ばわりする人は、珍しい。


 もっとも、ここならば、それで、どうなる訳じゃない。


 まして、彼は、政府には不可欠な財界人だ。


 かなり、変わり者だが。


『それは、あなたのほうが、よく、ご存じでしょう。会議にも、呼ばれていらっしゃるし。』


『ふん。あれは、ポーズだ。いまどき、首相に出きることは、限られている。丸裸で、拘束服を無理やり着せられたピエロさんみたいなものだ。経済をどうするか? なにが、可能なのかね。財政は破綻。復興は極めて困難だ。 国際的な援助で、やっとこさ、生きていられるんだ。しかし、それも、かなり、あやしい。』


『ずいぶん、なげやりな。でも、あなたは、儲けている。たぶん。』


『ははは。ま、な。で、どう、思う?あいつの、心境は。そして、どうする。食糧の供給は、まったく、足りていない。国民の半数が、飢え死にして、ぜんぜん、おかしくないはずだ。わかるかね。私は、個人的に、食糧の調達をし、無料で、さまざまな施設に配布する。ついでに、儲けているがね。ほんとは、もっと、大飢饉になってるはずだろ。でも、意外なくらい、社会は静かだ。首相の手腕か、と言いたいが、まったく、そうじゃない。たぶん。』


 この人が、なにを、言いたいのか?


 ほくは、慎重に見極めようとしていた。

 

 しかし、ここは、多少、エキセントリックな言い方をしてみるか。


『じゃ、言います。首相は、任期があと、2年で切れる。かれは、退任後、訴追されるのが心配なんでしょう。暗殺の危惧もある。だから、自分を訴追できる能力を、削いでおきたい。権力者は、みな、そうします。うまくいった、ためしがないが。だから、味方で回りは固めておく。国民は、食べることが、最大の課題だ。失業率という、概念自体が、成り立たなくなってますからね。仕事なんて、そもそも、ない。有業率は、20パーセント未満。それでも、ここ4年で、少し、向上しましたよ。国の形自体が崩れてるし、世界中、ほとんどが、同じだから、戦争の恐れは、むしろないです。これは、意外と、大きいです。まあ、違法なことは、いっぱい、やってるはず。たぶんね。このままだと、後継者が、いなくなるかも、しれないです。前首相は、退陣すぐ、自殺。そのまえは、行方不明。おそらく、同じようなことではないか。そのまえは、自ら、刑務所行き。よほど、罪深いことがあるんでしょうな。結局、耐えられないような。』


『そうさな。きみは、おもしろいな。で、大山さんは、どこにいる?』


『そのまえに、ここは、どこ、ですか?』


『ふ、ははひへははははへははは。』


 やな、笑いかただ。


『おっと、時間切れか、また、すぐ、来ます。そのときは、宜しく。』


『いや、こちらこそ。』


 彼は、高い塀の方向に歩いていった。


 しかし、そのまま、ふっ、と消えてしまった。


 どうやら、よいことを、教えてくれているらしい。


 あそこには、道があるわけだ。



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