第12話 『老人収容所』 その9
しかし、けが人はそれだけではなかった。
痛みを感じながら、我慢していた人たちが、結構、いたのである。
言い出せなかったのは、よくわかる。
みんな、同じ不安を抱えていたからだ。
施設に着くまでに、なにか不具合が起こったら、それこそ、『捨てられる』のではないか・・・・。
だれしもが、そう思っていた。
しかし、あまりの痛みに、耐えきれない人が、声を上げたのだ。
「くるしいよ。痛い。さっきの事故で、足を痛めたらしい。」
「あたしも、手が痛い。もう、我慢できない。なんとかしてよ。」
「そもそも、あんな路で、あんなに飛ばした方が悪いだろう。」
妻をかばった旦那さんが怒った。
「まあまあ、それはもう、お気の毒に。大丈夫、さきほどの病院から、緊急自動車を出してもらいます。ここで、停車しましょう。」
彼女は、うらみつらみは、一切言わなかった。
それ自体は、立派である。
しかし、確かに、あの運転はおかしい。
バスは止まった。
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その『小さな』病院の『空中緊急自動車』は、15分くらいで、追いついてきた。
そうして、彼女は言った。
「ほかに、具合の悪い方は、ご遠慮なく、おっしゃってください。治療費などは、もちろんかかりません。すべて、政府負担です。もし、必要ならば、『四国中核病院』に、運びます。」
結局、6人が降りた。
「あの、ぼくも、ちょっと気分が悪いんです。」
最後に、ぼくがそう申し出た。
「ああ・・・それは、いけませんね。じゃあ、いっしょに降りていただきましょうか。がまんできない痛みですか?」
彼女は、少しだけ、困ったような言い方をした。
「体が痛いというよりも、気分がよくなくて、吐き気がするんです。はい。」
「ああ、それは、もし、頭を打っていたら困りますね。わかりました。大丈夫です。いっしょに降りてくださいませ。」
ぼくは、実は少し迷った。
どちらが、いいのか?
さきほどは、迷った挙句、行動しなかったのだ。
しかし、ここでは思い切ったのだ。
何もないなら、どっちにしても、何も無いはずである。
何かあるなら、どっちにしても、何かある。
政府の財政状況は、ぎたぎた状態である。
はっきり公表されないが、そうに違いない。
ここしばらくの間に、多くの国民が命を落としたのだが、一方、政府の収入源も、その多くは寸断された。
実のところ、高齢者などへの年金の支給など、出来る状態ではなくなったと思われる。
だから、こうした、集団移住を始めたのだろう。
まあ、このありは、大方の国民の常識である。
しかし、年金を払う余裕がまったくないのに、多くの高齢者の生活の面倒を見る余裕があるのか?
『かなりが、自給自足なんだろうな。』
上司は、そう言っていた。
彼は、いささか、怪しいところはあったが、そのこと自体は、筋が通る話でもあった。
ぼくは、それでも、報道の制限が、非常に多い中で、ここらあたりは、ずっとおかしいと思っていたのだ。
ぼくの調べた範囲でも、なぜか、行方のわからない人が、かなりいたのである。
なんども、情報の開示を求めたが、政府はいつも拒否してきた。
そういう人は、たいがい、家族が、いなくなった人たちである。
ぼくも、家族はいない。
だから、自分がその立場になったら、解明したいと思っていた。
が、政府側も、そういう人間が混じっていることは、十分に知っていたのである。
ぼくは、要注意人物として、その行動は、秘かに、しかし、がっちり、監視されていたのであった。
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