第11話 『老人収容所』その8

 バスは、一瞬、ふわっと浮き上がったけれど、幸いサンフランシスコの坂をジャンプした程度で、すぐに着地した。


 バス自体は、特に破損はしていないようだったが、乗ってる人たちは老人ばかりである。


 ちょっとした衝撃でも、骨折したりしやすい。


 まして、このご時世で、あまり栄養のある食事がとれていない。


 体が無事だったか、心配である。


「皆さま、失礼しました。ええ、ご心配なく。道路が陥没していたため、急遽回避行動をとりました。『おけが』は、ありませんか? なにか気分の良くない方はお申し出ください。」


「ちょっと、気分が悪いようだ、少し、おろしてください。」


 ある、品の良い老夫婦の、旦那さんの方が言った。


「それは、大変ですね。相談いたします。」


 添乗員の女性は、他の二人と何か話し合っていた。


「では、この2キロほど先に、小さな医療施設があります。入院設備などはありませんが、お二人は、この際、いったんそこに降りていただいて、様子をみて、別便で移動することにいたしましょう。」


「ありがたい。」


「他に、体調の悪い方は?」


 顔色の良くない人は他にもいる。


 しかし、みんな、内心、疑心暗鬼であることは明らかだ。


 この老人移住政策が、実は現代版『姥捨て山』政策だと言う噂は、かなり出回っていた。


 ぼくは、『そうじゃないですからねえ~~~!皆さん。単なる噂にすぎませんから。噂に惑わされないようにしましょう。以上政府広報でした。・・・・・ええと、たぶんね!・・・』という放送をよくやっていた。


 政府側からは、当然『たぶんね!』の部分は、放送依頼されていなくて、ぼくが勝手にくっつけたものだ。


 当然、苦情が来る。


 しかし、ぼくは言った。


『《以上政府広報でした》。で、あそこは、おわったんですよ。次のことばは、その次の番組の枕詞なんですから。』


 よくもまあ、『暗殺』されずにいたものである。


 ぼくは、国民の多くから観察される存在だっただけに、さすがの現政権も、やや手が出しにくかったらしい。


 全身黒服の、能楽の様な仮面を被った《謎の暗殺部隊》が活動している、というオッソロしい噂も、ぼちぼちと、しかし、確実に流れ始めていた時期である。


 狙われるのは、老人や病人、障害を持った方などの、社会的弱者ばかりだった。


 政府は、《テロ集団》の存在を示唆していたが、『政府自身が黒幕じゃないのか』、と、ぼくとは無関係な別番組で、ITアナとの対話中、シナリオを無視して言った、有名な反政権派の知識人もいた。


 だが、この人は、いつの間にか、姿が見えなくなった。


 その後、この移住政策が始まると、『黒服』の出現は少なくなったらしい。


 無くなった訳ではないらしいが、詳細な情報が来ない。


 ぼくは、可能な限り、ちゃんとした証拠を元にしたレポートを心掛けていたが、きちっとした情報は、政府が発表する少数の政府広報だけだった。


 しかし、それでは、いくらなんでも危ない。


 だから、ぼくは、独自の情報網の構築を進めていた。


 しかし、それも、この移住政策で、中断させられたわけだ。


 バスは、初めてまともに止まった。


 老夫婦は、バス前方にある壁のドアから出て行った。


 まったく、外は見えなかった。


 ああ、外を見たい!


 くそ、降りればよかったな。


 しかし、それでは、多くの人達のその後が分からなくなる。


 ぼくは、ここは耐えることにした。


 降りた老夫婦の番号は、うまく記録した。



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