第9話 『老人収容所』その6

 バスの中では、映画の上映が始まった。


 これは、ある意味意外だった。


 社内旅行のバスの中で上映される『映画』というものは、だいたい似たような傾向があるような気がする。


 つまり、たいして文学的ではなく、すごく倫理的でもなく、美術的でもなく、啓発的でもなく、あまりに残酷過ぎず、見ても見なくても、そう精神的影響もなく。


 でも、おもしろい。


 まあ、そうした映画である。


 しかし、『国土』というものが壊滅状態にあっては、どのような風景も懐かしい。


 『黄昏の勇者様』という、ギャグ的要素満タンのラブ・コメディであった。


 まだ破壊的大災害の連続が始まる前に、いささか古風ではあるが、テレビドラマとして、結構人気があった。


 ぼくが所属する放送局とは、また、その前身とは、まったく関係のない、ある民放局が制作したものである。


 まあ、ぼくが言うのもなんであるが、そこそこよくできてはいる。


 しかし、あまりに『古典的』すぎて、いささか、やたぼったい。


 せっかくの映画ではあるが、多くの人は、心労も重なっていたので、眠っているようだ。


 ぼくは、コーヒーをお願いして、ぼんやりと画面を眺めていた。


 いかにもゆったりと、がたがたがたがた、大きく揺れながら1時間近く進んだところで、バスはぴたっと止まってしまった。


 まだ、最初の目的地ではないらしい。


「工事かもしれません。おとついの雨で、かなり土砂崩れが発生したと言う情報があります。少しお待ちください。」


 添乗員の女性が運転席のドアを開けて入って行く。


 なんにも面白いことなどこの世には無いさ、という顔の中背の男が客室に残っている。


 絶対に、乗客だけにはしない、と決められているに違いないだろう。


 しかし、何だか様子がおかしい。


 窓が開かないのが、いかにもイライラする感じだ。


 『ば~~~~~ん!!』


 突然だった。(まあ、あたり前だが。)


 「銃声だあ!」


  誰かが叫ぶ。


 「きゅわ~~~~!!」

  

 「ほんとに?銃・・ですか。」


 「俺は『防衛隊』にいたんだ。9ミリ拳銃だろ。」


 「襲撃されてるのかあ!!」


 「まさか。誰が襲撃するの。」


 「山賊かも! 流行ってるって聞いた。」


 「あんた、放送局の人だろ? どうなんだ。」


 どうなんだ、と聞かれましても、分かる訳がないが、そうも言えない。


 数日前まで現職だったから、まだ『お客様サービスは大切』だ、という気分は抜けない。


 「山賊の噂の多くは、デマと確認されています。周辺国からの武力侵入も確認されてはいません。とはいえ、心配はない、とは言えないです。『略奪』が起こった事例はかなりありますから。でも、見えなきゃ、どにも分からないですよね。」


 「そりゃあそうだ。おい、あんた、窓、開けろよ。」


 「お静かに願います。このバスは、安全です。」


 「何でわかる?」


 「そうなっているからです。」


 「あのなあ・・・・」


 と、その威勢のいいご老人が言いかけた時、もう一発きた。


 『ばば~~~~~~ん!!』


 「ぎょわ~~~~~!!」


 バス内は、さすがに少し騒ぎになった。


 その瞬間、バスが急発車した。


 「うぎゃあ~~~~!」


 座席から体が浮いていた乗客は、椅子の上に倒れ込んだのである。


 ま、ぼくもそうだったが。


 ゆったりと走っていたバスが、突如、相当なスピードを出しはじめた。


 『む、こいつ、走ろうと思えば出るんだな・・・・』


 ぼくは、いささか感心した。


 だが、そんな、のんきな場合ではなくなってきていたのである。


 思わぬ、カーチェイスが、始まったようだった。




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