第8話 『老人収容所』その5

 老人たちは、2台の大型バスに分乗した。


 夫婦と思しき人は一緒に座っているようだが、半分以上は、ばらばらであり、つまり、一人旅なのだろう。


 災害で、連れ合いを失った方も、多い事であろう。


 なんだか、昔の戦争中の捕虜や難民にように、皆無口である。


 そりゃあ、そうであろうと思う。


 楽しい遠足ではない。


 ぼくは、彼女から言われた通り、ここでは一番の有名人らしい。


 多くの人が、挨拶したり、握手を求めたりしてくださるので、そのあたりは素直に嬉しかった。


 名の知れた人間が一緒に乗っていると言うのは、僕が言うのも僭越ではあるが、いくらか安心感を作ることになるようだ。


 廃棄される心配はないだろう・・・と。


 しかし、その心配は、ずっと僕も同じである。


 乗り込んだバスは、あたかも『囚人護送車』のような感じであった。


 窓という窓は、すべて格子で覆われていて、外が見えない。


 試してみたが、開けることは不可能である。


 お隣には、ぼくより高齢であろう男性が、杖を突きながら座った。


「どうも・・・」


「あ、ども!」


 これで、ご挨拶はお終いであった。


「出発いたします。最初の目的地まで、2時間半くらいはかかります。道路状態が良くなくて、スピードを出せません。せいぜい20キロくらいでしか走れないんです。また、止まっていることも多いと思います。一番遠い方は、車中泊となります。お食事は、簡素なものですが、用意します。なおすぐに、お茶か、コーヒーが用意できます。お伺いに回りますので、ご希望をどうぞ。」


 担当の女性が、柔らかく言った。


 ほかに、結構、腕っぷしが強そうな男がふたり乗ってきた。


 運転席部分は『壁』で覆われていて、まったく見えない。


 前方の景色も見えない。


 こりゃあ、取材記者泣かせである。


「ここは、だいたい、地名で言うと、どこなんですか?」


 どこかの男性が尋ねた。


「ええ、恐れ入りますが、規則で、明かすことが出来ません。」


「だって、場所がどこかくらい、言ってもらいたい。本当は、各自の行き先も、知りたいです。」


「そうだよなあ。」


「うんだうんだ。」


「そうそう。」


 いくつか声が飛んだ。


「申し訳ありませんが、許されておりません。先ほどもご案内がありましたように、到着の約20分前に、番号でもって、降りる方をご案内いたします。」


 しかし、なかなか諦めない人も当然いる。


「讃岐とか、伊予とか、中予とか、土佐とか、言い方はいろいろあるでしょう。少しは年寄りに配慮しなさいよ。みんな、不安なんだからさあ。」


 と、いささか気難しそうな女性が言った。


「ああ・・・・・はあ・・・・」


 気の毒な彼女は、他の男性二人と話し合った。


「あの、やはり、公平性の観点から、申し上げられません。」


 まあ、『公平性』というものが、どういう意味合いか、よく分からないが、これ以上彼女を責めても仕方が無かろう、と、ぼくは思った。


 バスは、先ほどまでいた建物の、裏がわの半地下駐車スペースから発車したから、それこそ、景色はまったく分からない。


 ぼくも、散歩中に見たのは、大きな高い『塀』と、煙でくすんだ空だけである。


 火山灰が大気中に大量に居座っていて、なかなか晴れ間が出ないからだ。


 しかし、ぼくは、実を言うと、売店のおじさんから、1万円のクッキ―と引き換えに、秘密情報をもらっていた。


 絶対、誰にも言わないと言う約束をしてである。


 「ここはね、室戸市から、ず~っと奥まった場所なんすよ。海岸ぞいは津波でほぼやられたが、さすがに、ここまでは来なかった。」


 「ほう・・・馬路村とか?」


 「ああ、いやあ、もうちょっと、徳島に近い方ですな。」


 それ以上は答えをもらえなかった。


 遠い人は、車中泊だという。


 ならば、西に向かうしかないだろう。


 四国の中央部を愛媛方向に縦走するつもりなのか・・・


 国道クラスの道路が通っていたところと言えば、ぐっと徳島に近い方だったような気がするな。


 新しい道が出来たとか、昔、そうしたニュースを放送で読んだ様な気もするな。 

 ぼくは、うろ覚えな地図を頭の中に思い浮かべていた。



 どうやら、こいつは、燃料電池バスか電力バスらしいが、ちゃんと目的地まで行き着くのかしら。


 やはり、途中まで行って、山の中で順番に『ぽい!』されるんじゃないかしら?


 心配事は、どうにも後を尽きないのであった。



  ************  🚌  ************














 






 




























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る