第7話 『老人収容所』その4
ぼくたちは、全員首からカードをぶら下げたうえ、手首にも認識コードを巻き付けられていた。
もっとも、以前の居住地でもそうだったから、これはみな慣れっこである。
カードと言っても、番号とバーコードが印刷されているだけで、本名は書かれていない。
原則的に、相手を呼ぶときは、この番号で呼ぶのが今は常識である。
たとえば、ぼくはH=K=Yk=5053である。
この意味合いを知らない方もいらっしゃるようだけれど、さすがに放送業務に携わっていた分、ぼくはこうした情報には詳しい。
これは『本州=関東=イニシャルY.K.=5053』
ということだ。
『Y.K.』は神田弥三郎のイニシャルである。
弥三郎とは、いかにも古風だが、両親がそう付けたのだから、どうしようもない。
バーコードがあれば、行政側はぼくに関する沢山の情報を知ることが出来る。
マイナンバー制の流れから来たものであるからだ。
しかし、日本の情報網はずたずたになったまま、まだ十分には回復できていない。
要は、詳しい事は、あとからでも分かるようにしている、という程度で考えておく必要があるとうことだ。
とはいえ、この『四国』域内の状態に関しては、さっぱりわからない。
65歳以上(ぼくのような就労状態の場合は70歳以上)が、『四国』に移住することになって以来、『四国』は異世界となった。
かつてあった3本の連絡橋は、すべて途中が落っこちるか、宙ぶらりんになるかして、通れなくなった。
修復する国力は、到底、今はない。
見るも無残な状態になっているらしいが、ぼくは映像でしか見ていない。
立ち入り禁止区域になっていて、一般人は近寄れないのである。
まあ、見に行って楽しいものではないだろう。
「あなたには、個別に講習をいたします。」
ぼくは、昨日そう言われ、ドクター保田女史からレクチャーを受けた。
『四国』に住むためのお約束や、注意事項を承った。
許可なく、居住地からは、出られないこと。
外部との個人的通信手段は、一切ないが、なにか要望があれば、担当者に文書で申し出る事。
食事も医療も無償だが、高度な医療は期待しないでほしい事。
『『首相』殿のご意向を、常に最重要と考える事。』
そのほか、やっちゃいけないことばかりが、ずらりとならんだペーパーももらったが、あまり意味のある事とは思えないものが多い。
やりたいと思っても、出来ない事ばかりだから。
なので、こうしたあたりは、基本的には本土側でも言われている事ばかりで、そう、気になることはない。
ただ、この『首相のご意向を常に最重要と考える事』というのは、これまでよりエスカレートしている。
本土側では『・・・・・尊重する事』くらいだった。
これは、変更されたのか、『四国』だけなのか。
ぼくは、勿論質問したが、答えはこうだった。
「居住地の担当官の、話を聞いてからにしましょう。」
どうやら、政府内部で、いささか、ぶつかっているらしいな。
ぼくは、直感した。
そこで、彼女が最後にこう言ったのである。
「わたくしは、『反体制派』の活動家です。秘密ですが。」
「はあ・・・・・。え?」
「居住地に着いたら、あなたにお願いしたいことがあります。でも、その前に、その、『正統派』の担当官から、さまざまなレクチャーや、もしかしたら、お願いがあるでしょう。ぜひ、しっかりそれを聞いていただいたうえで、ご協力頂けるかどうか判断してください。ただし、まだ、ご内密にお願いしますね。あなたは、有名人ですよ。最後までテレビに映っていた、首相以外の生きている『人間』だったのです。この先、当分、A.I.キャラクター以外で、テレビに顔が出る生きた『人間』は、『首相』だけになります。彼がそう指示した、らしい、ですから。これも、もちろん、秘密情報ですよ。あなたを信頼しています。では、また、現地で。」
なんだ、そりゃあ。
聴いていない話だった。
『カレーライス』は、実際のところ、昔、両親の里で食べた『おじや』みたいな感じではあったが、確かにカレー粉がいくらか入っていたことは間違いがないようだった。
具は、ほとんど感じられなかった。
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