第3話 『引っ越し』
屋上には、小型の、垂直上昇、下降ができる、自動車と飛行機のあいのこのような『空中オート・プレーン』と呼ばれる、別名『空飛ぶ箱』が待ってくれていた。
「ども、お待たせしました。」
「いえ、良い放送でしたよ。」
「それは、ども、ありがとう。」
「ぼくは、機長の、田中。こちらは、移住確認官の保田さん。」
「よろしくお願いいたします。」
びっくりするような美人である。
今どきの政府に、このような素晴らしい人が残っている、というのは、まだ、この国には希望があると、そうした、意味合いであろうか。
めでたいことである。
「あなたは、後部座席にどうぞ。」
言われるままに、ぼくは、後ろの開けられたドアから乗り込んだのだ。
「今夜はあなただけです。珍しい事ですよ。あなたは有名人なので、特別の計らいと聞いています。」
彼女は半分後ろを向きながら、そう言った。
「普段は、大型か中型の空中バスが使われます。」
「そうなんですね。まあ、ここは閉鎖されたような場所だしなあ。」
「まあ、そうですね。じゃあ、行きます。」
『空飛ぶ箱』は、『空飛ぶ棺桶』というあだ名があることは、ぼくも承知のことである。
実際のところ、『四国地方』が、どういう状態になっているのかという具体的な情報は、非常に少なかった。
放送局で仕事をしていたぼくがそうなのだから、一般の人はなおさらであろう。
南部の平野部は、13年前から2年間続いて起こった、あの巨大地震と巨大津波で壊滅状態になったことは、まあ分かっている。
さらに、10年前から危ない動きが始まり、3年前と昨年に発生した姶良カルデラや阿蘇山のカルデラ噴火で、九州地方は壊滅。
九州側の四国地域にも、火砕流が到達したことは分かっている。
それでも、爆発の規模が、カルデラ噴火としては、思ったよりもまだ小さかったので、最悪の状態とまでは行かなかったらしい、とも、言われてはいた。
しかし、政府が映像と情報をまったく出したがらないので、疑う向きも多かったし、ぼくも、相当怪しいとは思っていた。
山口県の半分以上が、実は燃えてしまったらしいという情報もあり、大量の火山灰が本州に降ったことからも、実はもっと良くない状態なんじゃないか、とも言われたのだけれど、まあ、はっきりしたことがどうも良く分からない。
首都圏自体が、12年前と8年前の二回にわたる直下型大地震で、ほとんど修復不能な壊滅状態になっていたことは、これもまた、ものすごく大きな打撃だった。
あまりに、東京になにもかにもをまとめていたこともあり、国内の大部分が機能不全になってしまったわけなのだ。
まあ、とにかく、地球の台地が、『これでもかあ~~』と、いうくらいに日本列島全体を攻撃してくれたわけだ。
ただし、昔の映画のように、すっかりと沈没してしまったわけではなさそうである。
なんで、そんなことになったのか。
すべてが自然の営みであれば、どうにも歯が立たないのだけれども。
そういうわけなので、下を見ても、大都市や工場の華々しい明かりというものは、まったく見えてこない。
ぽつぽつと、標識の様な、孤独な明りが見える。
それも、どうやら完全に息の根が止まった訳でもないらしいぞ、という程度のものである。
それから、多少、他よりも明りが多い場所を飛んだ。
「浜松市上空です。」
機長さんが言った。
『空飛ぶ箱』は、それからは陸上ではなくて、ぐるっとわざわざ、海岸沿いの低空を飛んでいたらしい。
何にも見えない状態である。
2時間くらい飛ぶと、どうやら、陸上部に入り込んだようだった。
四国上空に到達した様だ。
どこも、ほぼ、真っ暗である。
そもそも、なんで、こんな時間にわざわざ飛んでいるのかが良く分からない。
ぼくに、あまり地上を見せたくないから。
他の理由は、ちょっと考えにくいな。
************ ************
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます