第2話 『退職』

 日本にあった『定年』という「しきたり」は、このところの大災害の嵐の中で機能不全になってしまった。


 しかし、わが社においては、『70歳定年制』が定着していたことと、なによりそういう年代の社員が、もうすでに、ぼくだけになってしまったこともあり、いまさら『就業規則』を変更する意味もない状態だったのである。


 まあ、70歳と言っても、本人はいたって元気であり、何がどう変わったとかはない。


 まあ、自分ではそう思う。


 ひとり者で、家族はなく、たまたま住んでいた長野の山間部は、火山灰は結構積もったが、災害による見た目の打撃は、今のところ、あまりなかったのである。


 もちろん、この先は、わからない。


 富士山や近くの火山が大爆発したり、直下型大地震がまた来たりしたら、いっぺんに、すべてが変わるかもしれない。


 『じゃあ、みなさん、お世話になりましたあ。苦しい時代ですが、お互い、生き残ろう! 永久(とわ)にさようならあ! 元気でね!!』


 ぼくは、最後の番組を、こう終わらせたのである。


 「ごくろうさん。あ、花束贈呈!」


 思わぬことが起こった。


 チーフがそう言うと、ロボット『みらいくん』が、大きな花束を持って現れたのである。


 よくもまあ、花束なんか用意できたものだ。


 日本中、火山灰が覆ってしまって、花の栽培なんて、もう、そんなには行われていないだろう。


 相当、お高かったに違いない。


 「ありがとうございます。」


 「うんうん。で、出発はいつ?」


 「それが、今夜というか、真夜中というか、この後すぐというか。自宅に帰る暇もなく、このまま飛行機に乗ってくれだとか。荷物は別便で送ってくれるんだそうです。」


 「はあ・・・おれはあと15年先だからなあ。先輩、世話になりました。元気でいてください。」


 こいつは、早く出世したので、後輩だが上司に座っていた。


 仕事中は、偉そうにしているのだが、こんなしおらしい態度を見るのは、それこそ10年以上ぶりだろう。


 と言っても、このラジオ放送局全体でも、職員は20名ほどである。


 これで、全国に放送していたんだから、まあ、相当な手抜きであったに違いない。


 もっとも、この国の全人口の70%が、ここ5年間で犠牲となったことから考えたら、やむ負えない状況ではあったのだろうが。

 

 AMラジオ終了に伴い、残りの社員は、FM波部門に少しと、AV部門とに移動となる。


 今ここにいるのは、生意気な後輩であるこの上司と、ロボット「みらいくん」だけである。


 会社の上層部は、どこに隠れているんだか、さっぱりわからない。


 おそらくは、首相周辺に潜んでいるに違いない。


 そこは、地下世界であり、ぼくたちには、縁がない場所である。


   *****   *****   *****



 で、ぼくは、ボストンバッグ一つを下げて、屋上に向かったのである。



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