最終報告書 違う空の下でも

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 『レイン 変態』で検索中……。

 


 検索完了。1件のデータがヒットしました。


名前:レイン

所在:ウェスティリア西部(X-187 ,Y92)

役職:さまよえる変態


 住民プロパティにアクセスします。


 リアルタイム接続の準備を開始します。


 接続の準備中……準備中……。

 

 接続を完了しました。


※ ※ ※


「おっすレイン君、久しぶり!」


「うわっ! この声は女神さま!?」


「そうだよお疲れさん。ちょっと目を離してる隙に、随分と大活躍したようだね。だいぶ逞しくなったし」

 

「本当に長い間ほったらかしにしたよね? 声を忘れかけちゃうくらいにさ」


「いやいや何言ってんの。アタシは何度も話しかけたんだよ。でも全然繋がらなくってさ。理由について詳しいヤツに聞いてみたけど、邪神の性質に阻まれてる感じだったしいけど」


「邪神? それってどういう事?」


「あぁ、説明してなかったっけ? 君の変態という役職はテストデータ……いや、それじゃ伝わんねぇか。ええと、悪の眷属っつうか弱めの邪神っつうか」


「えぇーーッ? 僕が邪神だったの!?」


「いやいや、正確に言うと違うよ。本物はちゃんと別にいるってば。諸事情あって出さなかったけど」


「道理で変だと思ったよ。不思議な能力に目覚めるし、化け物みたいな姿にはなるしさ……」


「えっ。そこまで本格的に覚醒しちゃったの? 大丈夫?」


「まぁ何とか。自身で制御できるように荒行を積んでるから、最近は発作が起きてないよ。毎日のように滝に打たれてはパイン食べて、組手をやったらパイン食べて。そんな生活を続けているうちにさ」


「なるほどね、忙しそうだ。でもさ、それで邪神の特質をコントロール出来てるようだから良いんじゃないの。実際こうして話せる程度には抑え込めてるし、クエン酸だって疲れに効くし」


「ところで、今日は雑談しにきたの? そろそろ組手に行かなきゃいけないんだけど」


「ううん。ちゃんと用事ならあるよ。実はね、お別れを言いにきたんだ」


「お別れって、この先も話せなくなるってこと?」

 

「そうだね。アタシさ、今日限りで神様を辞めちゃうの。だからこれでお終い。最後のお喋りって事になるね」


「唐突だなぁ。神様を辞めてどうするの?」


「これからはね、仲間たちと共に色んな企業を渡り歩くんだ。そこで困ってる人をいち早く見つけて、助けてあげるんだよ」


「女神様が? 人助け?」


「何よ。そんなに驚かなくても良いじゃん」


「だってさ、そういう人じゃないでしょ?」


「う、うん。まぁ当たってるけどさ。生きてりゃ色々とあんのよ。義理とか、しがらみとかさ」


「神様も楽じゃないんだなぁ」


「そうよ。楽じゃないの。だったらせめて、納得のいく生き方を選びたいじゃん」


「まぁ、ともかく頑張ってね。僕も似たような事をしてるけど、人助けも大変だよ」


「だよねぇ。チラッとそっちの様子を覗いてみたらさ、凄い行列ができてんじゃん。これってもしかして……」


「相談者の列。まずはベーヨとキリシアが選別して、次に僕と会う形にしてる。2、3日に1人のペースで会ってるかな」


「マジで? この全員が厄介事を持ち込んでくんの? ヤバすぎでしょ」


「ひとつひとつ解決してもね、相談は減るどころか増える一方なんだ。正直言ってウンザリしてしまうよ」


「君はどうしてこうも過酷な生き方に導かれるかな」


「知らないよ。でももう受け入れた」


「君は見かけによらず強いよね。羨ましいは。ああそれと、神様っぽい事してあげられなくてゴメンね。手助けどころか助言のひとつだって出来なかったもの」


「うん。正直言うとね、最初の頃はあなたを恨んだよ。死ぬ前に一度はひっぱたかないと気が済まない程度には」


「まぁそうだよね。むしろその程度で抑えてくれる時点で優しいと思うよ」


「でもね、今は感謝してる。ほんの少しだけど」


「本当に? とんでもねぇ役職を授けちゃったのに?」


「確かに蘇り当初は地獄だった。今はだいぶ偏見も無くなったけど、頼みごとで毎日忙しくて目が回りそうになる。幸せなのかどうかは、自分でも良く分からないんだ。でもね、信頼できるたくさんの仲間に巡り会えたのは、甦らせてくれたお陰だよ。前の人生じゃあ絶対に無縁な人たちだから」


「はぁ……ありがとう。罵声を投げかけられて当然なのに、まさかお礼を言ってくれるなんて思わなかったよ」


「今だから言える事だよ。僕はもう割りきってるから、あまり気にしないで」


「うん、うん、ありがとう。最後に関われたのがレイン君で良かったよ」


「そう。次の場所でも頑張ってね」


「もちろん頑張る。じゃあ、そろそろ行くね」


「うん、分かったよ」


「さようなら、レイン君」


「さようなら、女神様」


※ ※ ※



 通信を切り、流れでログアウトまで完了させた。傍には訝しがる課長と伊東ちゃんの顔がある。二人ともオペレーターではないから、この感情移入っぷりが理解できないのだろう。特に課長の口許は片側だけが釣り上がり、放っておくと皮肉のひとつでも飛び出しかねない。そうなる前にモバイルを突っ返して先手を打つ。


「課長、貸してくれてどうもです!」


「う、うむ。お安いご用だ」


「ねぇ黒羽さん。もしかして泣いてる? ハンカチ貸そうか?」


「いやいや、気遣いなんかいらないって! ちょっと疲れ目を患ってるだけだから!」


 曖昧なニュアンスの言葉を振り切るようにして窓際に駆け寄り、空を見上げる。でも隣の建物が邪魔をして、薄汚れた壁が見えるばかりだ。


 仕方なく窓を全開にして身を乗り出し、身体ごと上向きにした。すると、ふたつの壁に挟まれるようにして、薄く薄く青空が見えた。アクロバティック過ぎる動きは奇行にしか映らないだろうが、今は他人の目など気にしようとも思えない。


「よっしゃぁ、やったるぞ! 困ってるヤツ全員救ってなんぞオラァーーッ!」


 声は狭い壁を反響しながら昇っていく。今のは遠くまで届いただろうか。レイン君たちの住まう電子世界とは、どこまでも広がるこの空でさえも繋がる事はない。同じ空の元で共に戦っているという発想も、今回のケースでは不釣り合いな美学だと思う。


 だからせめて、思い出そう。空を見上げた時にはレイン君たちを思い出す事にしよう。そうする事で、心では繋がったままで居られる。そんな気がしていた。

  

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