報告書F 遠回り暴露

「ふはっ。いいぞ、やっちまぇオラ」


 私が眺めるモニター画面の中は、それはもう大戦だった。西大陸の巨都であるウェスティリア城を舞台に、レインくん率いる1200の軍と、籠城して迎え撃つ2000の兵が激戦を繰り広げている。ちなみに城攻めとなる以前に近場の平原で衝突もあったのだけど、戦の決着は一息でついてしまった。


 それにしても強い。一般の兵士もそこそこだが、何と言っても半裸の兵。このレイン君を劣化コピーしたような集団が、それはもう化け物染みた働きを見せている。動けば疾く、斬り込めば鋭い。そんな連中が作戦行動の最中で、ギャアとかギュアなんて奇声を撒き散らしながら進撃するのだ。まともな訓練すら縁遠いウェスティリア軍は、すっかり怯えきっているようだった。


ーーよし、左方の壁に取り付け!


 後陣から筋肉お化けみたいな男が叫ぶ。レイン君の立ち位置ははソイツの隣だ。どちらも今回は珍しく前に出ず、指揮に徹するつもりらしい。最前線を指揮するのが筋肉兄さんで、援護射撃の弓隊をレイン君が指揮していた。


 戦況は一進一退。いや、大型の攻城兵器を持たないアルウェウス側が少しだけ不利か。見上げるほどに高い城壁は伊達ではない。その守りは相当に堅く、梯子をかけても守兵によって手早くに外されてしまう。運良く掛ける事ができても、昇る途中で守兵の弓矢に阻まれ、一人また一人と地面に墜落していく。守兵の練度は低そうだが、彼らの必死さが膠着を生み出しているのだ。


ーー陰部隊、南端から攻めろ!


 ここで虎の子の精鋭部隊が投入される。彼らはキィェエと気を吐いてから、猛然と壁の端へ向かって駆けていった。城兵は慌てふためく素振りを見せつつも、上手く守りを固めたようだ。掛けられる梯子。それも他と同じように外され、再び掛けようとしては矢を受ける事を繰り返す。


 でもその無意味な繰り返しも、俊敏魔法の光によって一変した。2人の男が外れかけの梯子をリスのように駆け昇り、途中で大きく跳んだ。そして、勢いそのまま城壁の上に降り立っつと、突如としてパニックに陥り、地上からは大きな歓声があがった。


 恐れおののくばかりで狼狽える城兵。それは敵指揮官が「魔法部隊を呼べ」と叫ぶまで、酷い醜態をさらし続ける。


「敵さんも黙って見てないよな、さて、こっからどうすんだ?」


 みるみるうちに、城兵にも俊敏魔法(クイック)がかけられていく。敵方には魔法兵が10名以上も加わっている為に、乗り込んだ陰部兵とやらはアッと言う間に取り囲まれてしまう。やはり多数というのはそれだけで強い。


 ちなみに、ギリ陰部なスタイルは、どれだけ激しく動いても変化は無かった。ウッカリ何かが飛び出る事は、こちらの期待に反して一度も起きてはいない。特別みたい訳じゃないけどもさ。


 それはともかく戦況だ。城壁に到達した2名は憐れにも討たれ、石床を朱に染める……とはならなかった。軽装の陰部兵と、迎え撃つ全身甲冑の兵とでは、身のこなしに雲泥の差があるからだ。それは魔法がかけられた状態であっても埋め難いようで、壁の上の攻防は決着がなかなかつかなかった。


 そこへ筋肉指揮官の新たな下知が飛ぶ。


ーーキリシア、逆側から攻めろ!


 こっちは一般兵の部隊だが、先頭を行く女が異様だった。ソイツにも俊敏魔法がかけられているようで、さっきと同じようにして城壁に達した。


 しかし、結果は第一陣とは別物だ。こちら側が手薄となっていた為に、女兵士は城兵を大きく押しこんだ。まるで竜巻のような剣技だ。斬られた人間は等しく鋭利な傷を刻まれ、その場に崩れ落ちていく。


 そうして辺りを制圧すると、梯子が次々とかけられ、アルウェウス軍が次々と押し寄せた。後続の兵が1人2人と城壁に降り立つ。その頃になってようやく敵指揮官が異変に気づくのだが、こうなってはもはや手遅れだった。


「うぉぉ、すげぇ。落城すんじゃねぇのコレ」


 酒が欲しくなる。ビールにサキイカ、あと鳥もも塩。今が仕事中で無かったらと心から思う。


「ショーコ、ちょっと良いか?」


「ふぇ!? か、課長!」


 モニター脇から顔を出したのは冷徹女(ボス)だ。急いで背筋を伸ばし、真面目モードを取り繕う。これで騙せれば良いんだが、果たして上手くいっただろうか……。


「今朝のメールは見たな。ハコニワで発生しているエラーについてだ」


「あぁ、もちろん。本来は参照されないデータが、なぜか反映されちゃうっていうヤツですよね」


「そうだ。お前が管轄するハコニワだけで、との事だ。恐らく無理なメンテナンスを施した結果だろう」


「例の兵器データを強引にねじ込んだから、ですかね」


 頭痛を覚えたような気分になり、こめかみを少し指でなぞった。件の兵器は空の覇者。本来なら遥か未来の技術を、夜中の突貫工事で反映させたのだ。営業部のごり押しを実現させる為に。


 課長はハコニワの現況そのものには興味が無いらしく、私のモニターを手早く切り替えた。画面表示は分割モードとなり、ハコニワの現況は小画面となり、変わりに編集管理画面が大きく映し出される。そしてシステムの奥深くへと潜り込んでいった。


「この作業用フォルダの中はどうなっている?」


「そこはですね、没データとか別イベントのテストとか、色々入ってます。前任者が作ったフォルダなんで、骨董品のようなファイルが沢山ありますよ」


「どこかに移し替えた方が良いな。今回のバグを切っ掛けに表へ出てしまうかもしれない」


「そうですか。かなりのボリュームですけども」


「時間をかけても構わない。頼んだぞ。わが社は今、株式上場前でデリケートな時期なんだ」


「あぁ、はい。すぐに着手します」


 私の気乗りしない声など気にせず、課長はサッサと席に戻ってしまった。やれと言われれば、やらねばならぬ。これでハコニワの様子をリアルタイムで視聴する事は不可能となったが、事情が事情だ。 


 早速とばかりに作業用フォルダを開いてみる。中身はここ何年も整備されておらず、それはもう混沌とした状況だった。前任者はズボラな性質(たち)らしく、リネームすらされていないファイルが野放図に散らかっていた。


 まぁそのうちの半分は私のせいなのだが。片付けるよりも、散らかす方が圧倒的に得意な性質(たち)なので。


「さて、引っ越しすっか。それにしても数が多いな」


 一度にすべてのファイルを選択して移そうとするも、エラー表示が出てしまった。もしかすると量が多すぎるのかもしれない。小分けして、三往復くらいでの対応を試みる。そのようにして一度、二度とやってみると、時間はかかるが滞りなく移す事ができた。


「さて、次の一回で終わり……ッ!?」


 三度目のファイル選択の時に、自分の目を疑ってしまった。サムネイルで小さく表示された画像は、かつて揉み消された『セクハラ被害』の証拠写真の山だったからだ。なぜそんなものがここに、と思い、すぐに思い出す。課長に提出する時に、仮置きしたままで忘れていたのだと。


 急いでファイルを取り出そうとする。しかし、ここでもエラーに阻まれて一括操作が受け付けられなかった。仕方なくチマチマと同じ作業を繰り返した。


「ちくしょうが。面倒ったらねぇよ……!?」


 チラリとハコニワの状況を横目で見たところ、そこでは何とも信じられない光景が広がっていた。


 まず、ウェスティリア側の奥の手である、空の覇者たる新兵器。それが全機とも黒煙をあげて墜落していた。どうやら私の作業中に戦況は大きく変わっていたようであり、お披露目も撃墜シーンも見ることは出来なかった。だがそれはさほど問題ではない。


 地面に飛び散った鋼鉄の残骸だが、みるみる内に質感を変え、紙片のようになった。それは白紙ではなく、セクハラの証拠写真が印刷でもされたようだ。解像度も申し分ない。バッチリ人の顔や状況を識別できるレベルだ。そんなとんでもない物が何枚も何枚も、兵器の部品が散らばるようにして、ハコニワの世界へと羽ばたいてしまったのだった。 

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