報告書E 贖罪の道

「と、言うわけだ。わかったか?」


 真島に極めてふざけた事を電話口で告げられた。それは思わず、尻穴開発して人生別モンにしてやろうか、と口から飛び出しかねない程に。しかし私は立派な社会人。礼節を重んじる性分が無闇な罵倒を許しはしなかった。


「分かったか、じゃねぇし。それで納得するヤツがどんだけ居んのよ? 視聴者はもちろん、アタシも、アンタだってそうでしょ?」


「まぁな、オレもこの決定はあり得ねぇと思う。イベント開始からの全てがブチ壊しになりかねんしな」


「いっそ無かった事にしたいんじゃないの? それこそ全部焼け野原にしちゃってさ」


「比喩的にじゃなくて、実際にそうなるだろう。何せ他所のハコニワから流用した兵器データのお披露目だ。ファンタジー世界の住人からしたら、未知なる兵器、それこそオーバーテクノロジーにしか見えないハズだ」


 真島経由で知らされたのは、『レイン君抹殺計画』だった。何でも経営陣プラスαによる会議で決定してしまったらしい。会社に飼われている私たちは、納得がいかなくとも従わざるを得ない。


 それにしても、だ。ここまで物語を展開させておいて、主人公格を全て排除して、脈絡の無い話が創られようとしている。これをクソ改変と言わずに何と言えば良い。誰か一人くらい反対はしなかったのだろうか。


 過去の運用を振り返れば、もし仮に主役が不人気だった場合は、交代劇という方法が取られる事もあった。そこへレイン君はどうかというと、十分過ぎるほどの人気がある。これまでに無かったタイプのヒーローとしてだ。しかし、全裸で戦うスタイルは少なくない批判を世間から受けた。体を発光させる事で大事な部分を隠し、さながらモザイクをかけた様にしてみたのだけど、ダメなものはダメ。本来なら邪神と戦う宿命を背負ったレイン君だが、彼自身も十分に邪な存在であると、上層部(うえ)はそう結論づけたようだ。


ーーこの物語は我が社風に合わない。


 それが連中の大義名分だった。何が社風だ。好き勝手に権力を振りかざし、犯罪(きょうせいわいせつ)すら揉み消す奴らが気取ってんじゃねぇよ。そんな殺意にも似た反発を覚えてしまう。だが、末端の意見など聞き入れられるはずもなく、組織の歯車はクールクルと無遠慮に回る。


「まぁ、黒羽もあまり無茶すんなよ。ただでさえ上場前でピリついてんだからな」


「上々? どこがよ。気分は滅入る一方よ」


「違う! 株式! 社内報やらに書いてあるだろ?」


「んなもん読む訳ないじゃん」


「社長だって朝礼の度に言ってるだろ?」


「んなもん聞いてる訳ないじゃん」


「ともかくだ。話は伝えたからな、くれぐれも変な真似はするなよ。そうでなくてもハコニワデータを大きくいじったせいで、しばらくは不具合が続くんだからな、頼むぞ」


「うっさいわね。あんまりゴチャゴチャ言うと、アンタの尻穴をガッツリ開発して人生を別モンにしちゃうよ?」


「まったくお前ってやつは……。話は終わりだ、切るぞ」


 社会人失格な応答の後、通話は切断された。基本的な事も出来ないなら新人からやり直せと思う。


 それはそうと仕事だ。真島の言う『オーバーテクノロジー』とやらを、自分のハコニワで上手く展開させる必要がある。そういった細かい調整はオペレーター、つまり私の管轄となるのだ。


「その前に、レイン君に警告だけ出してみるか……」


 気が重い。役目から言えば無理もないか。これは言うなれば、強力な刺客を雇った人間が暗殺対象を気遣うようなものなのだから。


「あー、あー。レイン君、聞こえますか。お女神さんです」


 返事はない。無視されたというよりは、キャラクタに接続が出来ないのだ。こんな事態は前例がなく、システム上あり得ない事であり、それこそレイン君だけでしか起こりえない珍事だった。


「おーい、返事してよ。寂しいじゃないのよー……」


 虚空を泳ぐ黒羽さんの猫撫で声。周りの新人さんたちがフォローすべきかどうかソワソワし始めている。ごめんね、そして気遣いは無用だよ。


 この音信不通の状態は、そこそこ前から発生していたらしい。発覚したのは騎士団と衝突した時の事。アルウェウスの建国と同時期にコンタクトを取ろうとしたが失敗。すぐさま真島に相談したところ、邪神データのブラックボックス部分が悪さしているのでは、という予想が返ってきた。つまりは原因不明(おてあげ)って事だ。


「仕方ねぇ。仕事進めっかぁ」


 両の手をため息で湿らせつつ、管理画面を開いた。大項目にイストリア、中項目である王都の人物リストを開いて、適正人物を見定める。そこで目を付けたのがサイエンという男だ。無冠で、20代後半と歳も若く、知性も十分に備えている。こいつだ。この男をダヴィンチにしてあげよう。いや、航空機だからライト兄弟か。


 サイエンのスキル欄に「発明」をマックスでブチ込む。それから航空学も上乗せする。これにより、彼は強烈な閃きを体感した事だろう。まるで天からアイディアが降ってきたかのようであり、それは作家の閃きとか、音楽家のメロディやらに似た現象かもしれない。


「さてと、後は生産に必要な名工、鍛冶師の配置か」


 設計図だけで人が飛べる訳ではない。発案を実現化するだけの工業力も当然必要になる。それを可能にする人材の全てを、ご都合主義的に用意してやる。資源についても抜かりはない。東大陸だけで必須品目を調達できるように計らったのだから。


 これまでの変更点を全て反映させると、世界は局所的ながらも大変革を迎えた。サイエンは雷にでも打たれた様に呆然とした後に、まるで取り憑かれたようになって紙面と向き合い始めた。彼の名は近々大陸中に広まる事だろう。


 その頃になって手元の時計は6時を回った。今日は珍しく仕事が捗ったので、わざわざ延長してまで地獄(しょくば)に留まる理由は無い。


「お疲れさんっすー」


 いつもと変わらぬ挨拶を残して退社した。そのまま真っ直ぐ帰宅したかというと、それは違う。定期券のルートからは大きく外れ、これからとある場所へと向かうのだ。伊藤メル。例のセクハラ被害者の元へだ。これまで何度か訪ねてはみたものの、結果は芳しくなかった。


 駅のコンコースを足早に歩く。足取りが妙に軽いのは、やる気の現れとは違う。きっとレイン君への後ろめたさだ。自分の軽率さから彼を窮地に追いやったばかりか、今や救世主としての立場までをも奪い去ってしまったのだから。現存しない電子データ相手とはいえ、生々しい感情を見せる存在に対しては罪悪感を禁じ得ない。


ーーこれは罪滅ぼし、贖罪というやつだ。


 そう自分に言い聞かせながら、無関係な横顔を通り過ぎていく。せめてレイン君のような高潔で、揺るぎない正義を執行するのだ。それでようやく私が仕出かした事に折り合いが付けられるはず。そんな事を考えながら、日常的な帰宅ラッシュに揉まれていった。

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