第32話 想定外の戦後処理

 あれから無事アルウェウスに帰還した僕らを、仲間たちはそれはもう多岐にわたる反応で出迎えてくれた。怒りに失望、そして呆れ顔という具合で妙に幅広い。この状況をどう受けとめれば良いかサッパリ分からず、キリシアと共に小さくなってしまうばかりだ。


「リーダー、何を考えているんだ!」


 会議室にグスタフの怒号が鳴り響く。それは本当に響いたという様子で、大気が振動するのを肌で感じた。初めて見せる感情を前に、自分の軽率さを恥じる部分もあった。


「ごめんね。流石に先走りすぎたかな……」


「まったくだ! オレに活躍の場を残さずに平らげちまうだなんて、あんまりじゃないか!」


「……ハァ?」


「あぁぁあぁ! 早いところ戦場で大暴れしたいぃぃ!」


 彼の怒りは矛先が割かしズレており、謝罪の必要性が無い事を確信させられた。僕たちの心配から来る怒りであれば平身低頭になって謝るつもりであったのだけど。


 グスタフの個人的な慟哭(どうこく)が耳を騒がせる中、小さな咳払いが被せられた。音が比較的高いため、聞き逃される事はなく、全員がそちらの方を一斉に見た。その視線の先には、暗い瞳をたたえるオリヴィエの姿があった。


「レインさん。経緯は概ね聞いております」


「そ、そうなんだ」


 僕は彼女の目を見返す事ができず、手元に視線を落とした。これまでに無い気迫、いや強烈な失望感を漂わせる気配を前にして、完全に気圧されてしまったのだ。生半可な怒りではなさそうだ。今こそ心からの謝辞を示さなければならないだろう。そう思っていたのだけど……。


「私以外の女性を前に裸体を晒すなど、あんまりではありませんか。私ではご不満ですか? 夜の営みに不安を抱かれているのですか!?」


「……ハァァ?」


「オリヴィエ殿、伽(とぎ)のお役目はこのキリシアが任されよう。選ばれなかった貴殿は、早いうちに良き殿方を探すが良いであろう」


 止めとけば良いのに、ここでとんでもない横槍が入る。それが見事にクリーンヒットしたのか、オリヴィエは『ビシリ』という音が聞こえそうな程、体を不自然に硬直させた。その間も瞳孔だけが徐々に開いていくのだから、もう不気味と評するしかなく、次いで彼女の口から漏れた笑い声は肝を冷やすに十分だった。


「フフ、フ。面白くもないご冗談を。異端審問にかけて黄泉へと送って差し上げましょうか?」


「嫉妬なさるな、見苦しい。主の幸福を願うのであれば、潔く身を引くのが筋というものであろうに」


「アァーーッ! アッアッアァーーー!!」


「フハハ! その振る舞いはどうしたことか。何が異端審問か。貴殿の方がよほどに邪悪な存在ではないか!」


「もう2人とも、静かにして!」


 埒が明かないとはまさにこの事だ。無意味に荒れた場を正そうとテーブルを叩くと、じゃれあいが一時休戦となった。キリシアの鼻息は荒く、今にも飛び出しかねない体勢を維持している。一方でオリヴィエは行儀よく座っては居るものの、すべてを凍てつかせるような視線を投げかけていた。この2人は相性が悪すぎる。そんな事を考えながら釈明の言葉を続けた。


「あのね、洞窟で裸になったのは事故なの! 狙ってやった事じゃないの! だから夜がどうのとか、そんな先走った所で騒ぐのは勘弁してよね!」


「それは、事故というのは、嘘偽りありませんか?」


「もちろんだよ。僕はそもそも脱いだつもりさえ無いんだから!」


「しかし陛下、あの時は確かに裸でございました。ほんの僅か目を離した隙に、神業の脱衣ではございましたが」


「もしかしてそれも役職(のろい)が絡んでいるのかな。ごく普通の格好をしていても、傍目からすると裸に見えてしまうという」


 みんなの反応は乏しく、僕の意見に賛同を得られそうな気配はない。常軌を逸した話に対して見解を示せないだけか。それとも『裸の事なんか知った事か』と呆れているのかもしれない。僕だって真面目な席でする話じゃないような気はしている。だけど、実際戦場で起こった出来事なら報告した方が良いし、更には自分の名誉に関わってくるのだから、包み隠さずに明かすべきだと思う。


 そんな中で唯一、まともな反応を示してくれたのはオリヴィエだった。彼女はすっかり冷静さを取り戻しており、どこか記憶の奥深くへと潜り込むような仕草を見せた。先ほどの奇声など忘れたかのように。それからおもむろに口を開く。


「聖女アリエンナ伝の一説に、近しい表現があったと思います。レインさんの一件と関係があるかもしれません」


「そうなの? 覚えている範囲内で良いから教えて貰えないかな」


「アリエンナ様は常日頃、襤褸(ぼろ)をまとって過ごされていたという話はご存知ですよね」


「うん。それは清貧の表れではなく、僕の性質と同じだったのではという疑惑がでてきたよね」


「それで記述は少ないのですが、別の装いをされていた場面もあるのです。たとえば戦場に赴かれる際、戦備えに身を包まれたとあります」


「その戦備えとやらは、何か具体的に書かれてた?」


「はい。日差しを反射する程に眩い純白のドレス、金糸によって施された装飾はあまりにも美しく、敵兵でも目を奪われる有様……という文面だったと記憶しています」


 僕はここでも天井を睨んでしまう。何て格差だろう。伝説上の聖女は気品溢れる装いであるのに対し、僕は裸ん坊とは酷すぎやしないか。僕もアリエンナさんと同様に、せめて晴れ舞台くらいは輝きたい。そんな願望を抱くことは果たして贅沢なのだろうか。


「裸がどうのって話は後にしてくれんか。いい加減ワシにも喋らせてくれい」


 痺れを切らしたようにして声をあげたのはヒメーテルだ。彼は眉間にシワを寄せながらも、鼻息だけで微かに笑おうとしている。一体どのような心境なのか、表情を見ただけでは掴み取る事が難しい。


「そのベーヨとかいう盗賊団。牢に閉じ込めるなり首を刎ねるなり、何とかせい。暑苦しくて敵わんわ!」


 ヒメーテルの言葉に反応したのは、当の本人ベーヨだ。彼は部屋の片隅で犬のように座って大人しくしていたのだが、名指しされたとあって勢いよく起立した。声もむやみに大きく、過剰すぎる程に響きわたる。


「へい! アッシに対する処罰でございやんすか! 陰部様が望まれるのであれば、いかようにもブッ殺してくれていただいてかまいやせん!」


「うるさい、うるさい。そんな声を張り上げんでも伝わるわい」


「おっとこれは失礼しやした。ともかく、部下共々あまさず皆殺しで結構でござんす。ですが、もし猶予をいただけるようでしたら! ぜひとも平時は諜報員として、そして戦時は前線の兵士としてお使いくださいやせぇーーッ!」


「信用できると思うか。これまで敵対する事はあれど、共闘なんぞした試しがあるまい」


「お疑いなのは承知でござんす。ですがアッシは、アッシら団員一同、陰部様のお力に心底惚れ込んでございやす! 身も心も丸裸にされた事で、魂が洗われてしまったのでぇぇ、ございやぁぁぁーーッす!!」


「ああもう喧しい! いちいち天に向かって叫ぶのを止めんか!」


 ヒメーテルが胡乱気(うろんげ)に僕を見た。続けて他の皆もこちらを向く。いや、僕にどうしろと言うのか。あの戦闘が原因でベーヨが変質した事は間違いないので、責任の所在は僕にあるかもしれない。だからと言って結論を丸投げされても困るというか、本当にどう扱えば良いんだろう、コレ。


 統治者目線で見れば、味方が増える事は有難くはある。しかし、彼らには拭いようのない罪があるんだ。そう易々と赦(ゆる)すのも筋が通らない。かと言って無闇に処刑したくはないし、大人数を繋いでおく牢獄だって用意できない。放り出したって散り散りになる事は無いだろう。そもそも彼らは捕縛されてやってきたのではなく、自らの足で自発的に僕の後をついてきたのだから。


 ひとしきり首を捻り、悩みに悩んだ挙句に出した結論は……。

 

「そこまで言うなら、アルウェウスの為に働いてくれるかい?」


「あ、あ、ありがたきぃぃ幸せぇぇーーッ!!」


「というわけだよ。グスタフ、彼らをよろしくね」


「うーん。確かに諜報部隊は欲しかった所だが、良いのか? どこかで裏切るかもしれないぞ?」


「大丈夫、な気がする。勘だけど」


「勘……ねぇ。まぁ、不思議な力を扱った本人が言うんだ。ある意味、一番信用できる言葉かもな」


「頼まれてくれる?」


「おうよ。地獄のしごきで、その決意の程を見せてもらうさ!」


 グスタフが不敵な笑みを浮かべると、ベーヨは金切声をあげながら床に額を擦り付けた。怖い。そんな振る舞いをしつつも顔が笑っているから本当に怖い。諜報部隊にはなるべく関わり合いにならない事を誓うのに十分なほどに。


 それからはというと、部隊の編成などの細かい話が続き、特に大きく揉める事なく会議は終了した。ちなみに洞窟から救出した女性たちも、折を見て国許に返す事が決まる。今は心身の回復を待った方が良いとオリヴィエが言うので、その進言には素直に従う格好となったのだ。


 そして翌日より、ベーヨたちに対する特訓(しごき)が始められた。周りが騒然とするほどに過酷なものだったようだけど、脱落者が出たという話は耳にしていない。まれに彼らの罪を糾弾しようとする動きも見られたようだけど、刑罰としての兵役だと説明すると、みな口を噤んだとか。不平の声を黙らせる程の訓練とは、一体どれほどのものなんだろう。僕もだいぶしごかれたけど、それとは比べものにならないんだろうと思う。


 そうして何日か過ぎた頃の事だ。例の女性たちを故郷に返そうとしたところに、本格的な諜報活動を開始したベーヨにより、さっそく凶報がもたらされた。


 ウェスティリアおよび属国より大軍が迫る、と。

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