第30話 洞穴を行く先には
木立の隙間に敵の姿を見た。その男のすぐ背後には大きな洞穴があり、どうやらそこが盗賊団の棲みかで間違いないようだ。大陸のあちこちから奪ったらしい物が、荒くれ者たちの手によって次々と運び込まれていく。
「陛下。お見事にございます。あの拠点を潰しさえすれば、我が国の繁栄も間違いありますまい」
「そうだね。早くグスタフに教えてあげなきゃ……」
その場を離れようとしたとき、また新たな一団が洞穴の中へと消えていった。今度は荷だけでなく、何人もの女性が一緒だ。徒党の一派でない事は、彼女たちを繋ぐ縄が如実に物語っている。
「キリシア、今のは?」
「恐らく人質か、あるいは商品でしょう。女はウェスティリア貴族に高く売れますので」
「そんな! 早く助けなきゃ!」
立ち上がろうとした僕の裾が強く掴まれる。遊びや戯れの気配はなく、本気で止めようとする気持ちが伝わってくる。
「陛下、我らだけでは危のうございます。拠点攻略には手勢をお連れください」
「じゃあどうしろって言うのさ。街に戻ってから人を集めて、ここに戻ってくるのに何日かかると思う? それまであの人たちが安全であるという保証は?」
「恐れながら申し上げますと、何処かへ売り飛ばされるやもしれません。もしくは盗賊どもの毒牙にかかるかと」
「だったら答えはひとつだよ」
か弱き人たちを救いだす。僕の心に迷いはなかった。善良な人を苦境に陥れるなど、多数で暴力を振るうなど、決して許される事ではない。夢に見るほどの恐怖、あの絶望感を知るのは僕だけで良い。そう思うだけで、利き手は剣の柄へと伸びた。
「キリシア。君は戻れ。グスタフやオリヴィエにはありのまま伝えてくれて良い」
「いえ、私が先導仕まつります。主君を敵地に置き去りにしたとあっては、末代までの恥にございます」
「危険な役目だと分かってて言ってるの?」
「主の為に笑って死ぬのが良き家来というものです。それに、その死地へ乗り込もうとなされる陛下のお言葉としては、少々おかしゅうございますね」
キリシアは手を解くと、屈託なく笑った。気負いが無いのは僕も同じだ。相手を壊滅させる必要はない、囚われの人たちを助けられれば良いんだ。
草むらの中で身を屈めながら進む。密行魔法(スニーク)は唱えない。捜索魔法(エリアサーチ)で敵の位置と数を把握する方が重要に思えたからだ。幸いにも見張りの2人は雑談に夢中で、周りの変化には無頓着なようだった。
剣を腰だめに構える。しかし、僕よりも先にキリシアが動いた。茂みの中から腕を振ること2回。それからしばらく間をおいて、見張りの男たちは膝を折って倒れ込んだ。男たちの体へと近寄ってみると、首元に小さなナイフが突き立っているのが見えた。
「凄い技だね。初めて見たよ」
「光栄なお言葉です。しかしながら、今は戦地にございますれば」
「そうだね、浮かれてごめんよ」
それからすぐに洞窟の入り口から中の様子を窺う。魔法効果のおかげで、敵の姿は見えなくともおおまかな状況が見えてくる。大勢の赤い光が1ヶ所に集まり、そこから離れた場所に青い光がいくつか固まっている。そして2・3の赤い光が疎らに点在しているようだった。
「女の人たちはどこかに閉じ込められてるのかな。盗賊団もほとんどが、広い部屋みたいな所に集まってるみたいだ」
「食事か、それとも首領に成果の報告でもしているのでしょうか?」
「わからない。ともかくは捕まってる人の方へ急ごう。見回りがいるようだから、鉢合わせないように気を付けなくちゃ」
そう、何も今すぐに敵を壊滅させる必要はない。囚われとなった人たちを救い出せば十分。本格的な討伐は、拠点に戻ってからジックリと検討すれば良いのだ。キリシアも「それが限度」というので意見は合致、それから潜入を開始した。
中はというと天然の洞窟をもとに、ある程度の補強が施されていた。太い柱を幾本も通しており、まるで炭鉱に足を踏み入れたような気分にさせられる。等間隔にランタンが設置されているので、見通しも比較的良好だった。
「相当に手を加えたようですね。道も湾曲しておらず、概ね真っ直ぐです」
それは身を隠す場所が無い、という事だ。敵に見つかれば袋のネズミ。内部構造など知らない僕らは、捜索魔法のか細い光だけを頼りに進むしかなかった。
曲がり角には特に注意した。顔だけを覗かせて様子をうかがい、安全が見て取れたなら身を屈めて走る。それを何度か繰り返すと、青い光の目前にまでたどり着いた。恐らく先ほどの女性たちは、壁ひとつ挟んだ所に捕らえられているように思えた。
「もうすぐだ。近くに見張りが居るようだから気を付けよう」
「私が参ります。陛下の御手を煩わせるわけには……」
その言葉が言い終わる前に、あちこちから大きな音が響き渡った。地震を心配するほどの振動も、それほど長く続かずに途絶えた。
「何だったんだろう、今のは……」
「陛下。どうやら逃げ道を喪った模様です」
「ほ、ほんとだ!」
これまでに来た道は格子戸によって塞がれてしまった。木組みは太くドッシリとしていて、ちょっとやそっとの力では動かせたりはしないだろう。辺りを一通り見回しても、仕掛けを動かせそうな物は見当たらない。
「陛下。破壊を試みますか?」
「いや、ここで騒ぎを起こすのはまずいよ。幸いにも、敵方に動きは見られないし」
「では引き続き救出を優先し、次いで脱出路の捜索ということで」
「そうだね。もうそれしか道がないもの」
より一層警戒を強めながら、奥へ向かって進んだ。それからも時おり格子戸に邪魔をされてしまい、開いている道をたどり続ける。すると、目前だと思われた青い光から遠ざかりつつある事がわかった。もしかすると迂回させられているのかもしれないが、正しい道筋など知りようもない。
そして、3つ目の格子戸を見つけた頃、捜索魔法の効果が切れた。
「また、道が塞がれておりますな」
「そうだね。何だか随分と複雑な構造をしているよ」
「急ぎましょう。何やら胸騒ぎがしてまいりました」
「うん、その前に捜索魔法をかけないと……」
その時だ。頭上からガァンガァンと鉄鍋でも叩くような音が間断なく鳴らされた。僕たちの潜入が気取られてしまったのだろうか。明らかに位置を知らしめようとする、明確な意思の感じられるものだった。
「まずいよ。これじゃ見つかっちゃう!」
「ともかく、この場を離れましょう!」
僕たちはここで大きな失態を犯した。咄嗟の判断で、より奥へと駆けだしてしまったのだ。捜索魔法という予防線を張らずに。行き止まりだと分かっていても、来た道を引き返して、どこかで身を潜めるべきだったのだ。そのように後悔しても、既に手遅れの状態へと陥ってしまう。
「よう、随分と遅かったじゃないか。アルウェウスの国王陛下さんよぉ?」
たどり着いた先の広間には、かつて襲撃されたベーヨと名乗る盗賊と、彼の手下が武装して待ち受けていた。
僕たちはおめおめと、彼らの罠に引っかかってしまったのだった。
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