第23話 ベーヨ盗賊団
ヒガンナの宿で一泊した翌朝。僕たちは旅商人の護衛を請け負った。一台の馬車を隣街であるアルウェウスまで連れて行く事が、今回の役目となる。
荷台はほぼ満載で、全員を乗せるほどの空きは無い。なので僕とグスタフはそれぞれ馬車の左右に付き、外の様子に警戒する事にした。ルートである山道は見通しが悪く、万が一襲われた場合、逃げ場も限られている。仮に大勢が押し寄せて来たなら、守ることは難しいかもしれない。
「かの高名な疾風様に護衛いただけるとは、もう感激の極みでふ! そこの貧相で下品な小男などを見た時は絶望の淵へと突き落とされましたが……」
御者は荷主本人だ。二頭だての馬車を巧みに操りながら、称賛と侮蔑を左右に向かって投げた。身を揺らす度に立派な腹が波打つのが見える。今さら傷つきはしないけども、この天と地ほどの格差ぶりには、つい笑いたくなってしまう。
「おい。ウチのリーダーを悪く言うな。それからな、いくらオレが付いていても絶対は無い。荷を奪われたくなけりゃ無駄口を叩くのを止めろ。盗賊連中に居場所を教えてるようなモンだぞ」
「え、ええ。これはとんだ失礼を……」
グスタフの言う事もあながち脅しでは無い。思ったよりも街道が荒れているのだ。あちこちで散見される段差には車輪を取られかねないし、左右の茂みや視界を妨げる勾配は身を潜めるのに打ってつけだ。そして僕らには土地勘が無い。付近を庭のように暴れまわる人間が相手とあっては、分が悪いというものだ。
緊張の面持ちのままで道を行く。特に曲がり角などでは注意を払った。しかし襲われる気配は欠片も無く、野宿をして夜を明かした。翌朝も移動は不気味なほど順調で、行程の半分は安全に進む事が出来ている。
「いかに悪党と言えど、命は惜しいようですな。疾風様の護る荷をわざわざ奪おうとは考えもしない事でしょう」
荷主の上機嫌そうな言葉が聞こえた瞬間、茂みが揺れた。僕の胸に冷たいものが走る。グスタフも異変に気づき、既に正面めがけて突撃を開始していた。
「前はオレが当たる! 後ろはリーダーに任せたぞ!」
「分かった、気をつけてね!」
前方は早くも剣呑とし、強烈な殺意と怒号に包まれた。後方も敵が遅れてやってきた。茂みから現れたのは軽装の、その癖大ぶりな武器を持つ人間が3人。件の盗賊団である事は間違いないだろう。
「オリヴィエ、馬車から出ないように。良いね?」
「分かりました。俊敏魔法(クイック)をかけます。お気をつけて」
その言葉を聞き終えると同時に体が綿毛のように軽くなった。彼女の魔法は熟練度が高められており、その効果時間は当初とは雲泥の差となっている。少なくとも眼前の敵を片付けるには十分なくらいには。
「行くぞ、悪党め!」
全力で駆け、最前の男の前で踏み込む。相手は迎撃態勢に移るどころか、顔を驚愕の表情に浮かべるだけに留まっている。その後方の男も同様だ。構わず胴を薙ぐ。両手に確かな手応え。勢いを止めずに次の敵へ当たる。グスタフに習った移動法のおかげで、構えを崩さずにいられた。再び敵前で強く踏み込み、腰を大きく回して切り上げた。手に伝わる感覚だけで深手を与えた事を確信する。
「お前で最後だ!」
三人目を切りつけようとした。けれども、その一撃は相手の短剣によって防がれる。思わず相手の顔を見ると、血に飢えたような凶暴な顔つきで笑っているのが見えた。酷薄に歪む口からは、若々しく張りのある声が聞こえてくる。
「まさか聖職者つきだったとはな。もっとジックリ見定めるべきだったか」
「そんな、どうして僕の動きについてこれるんだ!?」
「フン。もしかして、魔法がお前ら専用とでも思ってんのか?」
「リーダー、気をつけろ! こいつらの中に魔法武器(マジックウェポン)持ちが紛れてやがるぞ!」
「何だって!? じゃあつまり」
「ヘッ。オレのナイフにはなぁ、俊敏魔法(クイック)が宿ってるんだよ!」
男の蹴りが腹に突き刺さった。まともに受けた衝撃で、馬車の近くまで転がされてしまう。かなりの脚力だ。痛みで脳が痺れるけども、己を叱咤して構えを保つ。幸い骨に異常は無さそうだ。
「荷も女も全部いただいてやる。安心して死にやがれ!」
敵が素早く駆け寄ってきた。お互いに魔法の恩恵を受けている。条件は自分と同じだ。だったら意地になってでも撃退すべきだ。剣を腹の高さにまで上げて、切っ先を前に向けて構えた。
「甘ぇよ、真面目に斬り合いするとでも思ったか!」
「うわっ!?」
顔めがけて砂が投げかけられた。思わず腕を上げて目を守ったけども、それは誘いだった。男が地面スレスレにまで踏み込み、下から切り上げる動きを見せる。こちらの胴はガラ空きだ。
白刃が妖しく煌めいた。反射で仰け反る。目の前を風が音を立てて通り過ぎていく。避けた、というよりは、背中から転ぶ事で逃げた格好だ。勢い余って尻餅を着く。急ぎ立ち上がろうとした僕の顔には、切っ先が突きつけられてしまった。
「立派な得物ぶら下げてると思えば、ただのド素人じゃねえか。次に生まれ変わった時には、身の丈に合った生き方を選ぶんだな……」
男の剣が振り上げられたその瞬間、前触れ無しに辺りが爆ぜた。凄まじい風圧が吹き荒れ、僕は再び転がされてしまう。向き直ってそちらを見ると、土埃の中にグスタフの姿を垣間見た。
「リーダー、大丈夫か?」
「ありがとうグスタフ……」
「観念しろ盗賊。後はもうお前だけだ!」
グスタフが珍しく構えをとった。握り拳を胸の高さにまで上げ、左右のどちらからでも殴れる姿勢だ。
盗賊の男は不利を察したのか、後方に大きく飛び退いた。それから苦笑すると、捨て台詞を残して姿を消した。
「この場は勝ちを譲ってやろう。しかし、次は必ずお前らを皆殺しにして、全てを奪いつくしてやる」
「待て、逃げるのか!」
「オレの名はベーヨだ。決して忘れるなよ」
見失ってからは追跡が不可能だった。何でも隠密魔法である『不可視(インビシブル)』が発動されたようで、対抗魔法無しに捕捉する事は難しいそうなのだ。グスタフは唾棄するような視線を森に投げつけてから、再出発の合図を出した。
怪我人無し、馬車と荷も無事。迎撃だけを考えれば大成功と言って良い。荷主も上機嫌であり、グスタフだけでなく、今度は僕の事も褒めてくれた。しかし、それは胸を響かせずに消えた。その代わり、ベーヨと名乗った盗賊の『武器だけ立派な素人』という言葉が、いつまでも耳元で鳴り続けた。
悔しい。なぜこうも悔しいのだろう。その答えは、次の町に着いて任務を終えるまで、脳裏に閃くことは無かった。
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