第18話 立ち込める暗雲

 あれからどうにかして宿屋にまで戻る事が出来た。このままベッドに潜り込んで寝てしまいたいけども、依頼の報告が先だ。疲れた体にムチ打って武器屋へと向かう。ちょっとした段差ですら越えるのが辛いけども、街中であれば魔物に襲われる心配はなく安全そのものだ。


「レインさん。もう少し休んでからでも遅くないのでは?」


 依然青い顔をしたオリヴィエが言う。君こそ寝てたら良いと思う。というか出発前に留守番を頼んだけど、それは断られた。何でも「病める日も健やかなる時も」とか、どうたらこうたら。なのでこうして、病人のような顔を並べて歩いている。傍から見たら老々介護のような2人組がチマチマと往来を征く。すれ違う人の『大丈夫かい?』といった心配げな声に愛想笑いを振りまきつつ。


 夕闇が街を染め、かがり火がアチコチで点けられた頃、ようやく武器屋へとたどり着いた。看板を片付けようとする店主と目が合うと、彼は重たそうな腹を揺らしながら駆け寄って来た。


「聖者のあんちゃん、首尾の方はどうだい!?」


「この通り、どうにか全部用意したよ」


「いやぁ助かった! 恩に着るよ。まずは中へ入ってくれ!」


 通された店内は薄暗く、そして客が居ないせいか、商店というより武器庫のような印象を与えた。ランプが剣や鎧に陰影を生み出し、それが強烈な圧迫感を醸し出しているのだ。


「さぁ、来たばっかで悪いが、早速モノを見せてくれ!」


 カウンターに回り込んだ店主が、はしゃいだ犬のような声を出す。言葉に従って剥き出しのまま皮を納品した。


「うんうん、間違いない。正真正銘の火トカゲだな。これでオレも依頼を受けられるってもんよ」


「もしかして、何か製作依頼でも入ったの?」


「おうよ。急ぎも急ぎで頼まれちまった。これから夜通しで作らにゃならねぇ」

 

 この時僕はハッとさせられた。素材を急いで必要とするのだから、当然それを元に『何か』を作る訳だ。そしてその『何か』を求めている人も、今か今かと待ちわびているハズなのだ。大変な想いをしているのは自分だけでは無いのだと、学ばされたような気分になる。


「さて、兄ちゃんには報酬を出さねえとな。現金じゃあダメってんで、それなりの武器防具を用意したぞ」


 広々としたカウンターいっぱいに、武器防具の数々が並べられた。刀身の美しい長剣、装飾の煌びやかな短剣、そして半身が収まってしまう程に巨大な円盾。どれもこれも簡単には手が出せない程に高価な代物だ。オリヴィエがそれらを一望すると「これら全てをいただけるのですか?」と、とんでもない事を口走った。これには店主も腹を抱えて笑いだす。


「そいつぁさすがに勘弁してくれ! そんな漢気みせちまったら、カカァにブッ殺されちまうよ!」


「オリヴィエ、これらは1品で500ディナはする上等なものだよ?」


「ああ、すみません。どうも世情には疎くって」


「さぁ兄ちゃん。ケチ臭くてすまねぇが、この中から好きなもんを1つ選んでくれねぇか? 物は違えど、品質については全部保証するぜ」


「うわぁ。どれにしようかなぁ?」


 目を迷わせながらも、まずは長剣に手を伸ばした。やっぱり長物の武器というのは格好良いし、憧れみたいな情熱を抱かせる。


「そいつはブロードソード。無名の鍛冶師によるものだが中々の物だぞ。持ち手を守る為のツバもバッチリだ」


「さすがにショートソードよりは重いんだね。上手く扱えるかな?」


「重量を気にするってんなら、こっちの短剣が良いだろう。オレが言うのもなんだが、この3点の中じゃダントツで高級品だ」


「そうなの? 長剣の方が高そうだけど」


「まずは抜いてみな。そうすりゃ嘘じゃねぇって事が判るだろうさ」


 促されるままに、短剣の鞘を払った。するとどうだろう。さっきまで体は気怠くて仕方なかったのに、突然活力を取り戻したのだ。この感覚は俊敏魔法(クイック)を受けた時とそっくりだった。


「そいつはいわゆるマジックアイテムだ。銘を『風の刃』と言ってな、剣の魔力が尽きるまで俊敏魔法の恩恵を受けられるっつう代物だ」


「へぇ、それは凄いね。でも、そんな良い物を報酬に並べちゃって良いの?」


「もちろんだとも。何せサッパリ売れないからな」


「……理由を聞いても良い?」


「お前さんも経験あるだろうが、補助魔法を受けるとなると相応の代償が付きまとう。疲労や筋肉痛程度なら良いが、骨折や肉離れなんて怪我を負う事も珍しくはねぇ」


 その言葉にはとても納得が言った。僕の場合ほんの僅かな時間でも、体が悲鳴をあげる程にまで消耗してしまったのだ。これがもし長時間の使用だったらと思うと、想像するだけで冷や汗が出てしまう。両手足の骨という骨がポッキリと折れてしまうかもしれない。となると、受け取るべき報酬はひとつに決まるというものだ。


「それじゃあ、この長剣を貰おうかな。良いよね?」 


「盾は試してみないのかい?」


「うん。重たそうだし、扱い方が全然分からないからさ」


「そうかい。じゃあ、その剣は兄ちゃんのモンだ。さっそく履いてみちゃくれねえか?」


 僕はブロードソードを受け取ると、鞘ごと腰ベルトに差し込んだ。不思議なもので、武器を新調すると強くなった気分がする。オリヴィエもその姿を見るなり、端的に祝辞を述べてくれた。


「レインさん、お似合いですよ。良い選択をなさいましたね」


「そう思ってくれるのかい?」


「ええ。もし短剣を選ばれてしまったらと、気が気ではありませんでした」


「どうして。何がそんなに不安だったのさ」


「私の俊敏魔法(クイック)が無用となってしまいます。そうなれば、私はお払い箱とばかりに追放されてしまうのでは、と」


「そんな酷い事しないよ!?」


「或いは、『お前にはもう慰み者としての価値しか無い』と告げられ、夜な夜な求めに応じるばかりの日々となるでしょう。私は抗う事なく、数えきれぬ涙を大地に……」


「そんな酷い事は尚しないよ!」


 そこそこ日常的な会話を繰り広げていると、店主が一際大きな声で笑った。今のやり取りを他人に聞かれたと思うと、耳まで熱くなる思いだった。


「いいねぇ若いって。昔のカカァを思い出しちまうよ」


「奥方様のお話ですか。差し支えなければお聞かせください」


「オリヴィエ。それは無遠慮に踏み込んで良い話題じゃないよ」


「構わねえって事よ。あれは今から30年も前になるかな。あん時はオレが波止場で交易船を待っていてな……」


 オリヴィエが身を乗り出すようにして耳を傾けた。恋愛に興味津々なお年頃なんだろうか。聖職者はストイックな暮らしを強いられるから、こういった話題に飢えているのかもしれない。そして、その熱意に共感できない僕は、淡白だと言われても文句は言えないだろう。


 意図せず始まった昔話は妙にドラマティックな語り口調であり、そして異様に長かった。主役の2人は出会っているのに喧嘩してばかりで、近づいては離れてを繰り返す。オリヴィエは目を爛々と輝やかせて聞き入っている。僕はというと、話を切り上げるきっかけを探していた。今はともかくベッドに潜り込んで眠りを貪りたい。いっそこの場で居眠りをしてやろうかと思う程だ。


 しかし、メロドラマは予期せぬ形で終わりを迎えた。騒がしい足音が聞こえると、すぐに入り口のドアが乱暴に開け放たれたのだ。


「おいシューマ、あの話は聞いたか!?」


 老齢に差し掛かった男が息を切らしながら言った。シューマと呼ばれた店主は、少しうんざりした顔で答えた。


「聞いてるに決まってんだろ。もう大体の連中は知ってるはずだぞ」


「そうか、邪魔したな」


 再びドアは乱暴に扱われ、大きな音を立てて閉められた。これは宿屋に戻る良いチャンスだ。僕は間髪入れずに腰をあげ、お礼を言おうとした……その時だ。オリヴィエが『あの話とは何ですか?』と質問してしまった。撤収する機会が泡となって消えた事を知る。


「ああ、そうか。嬢ちゃんらは知らねえか。何せ外で素材集めしてたんだもんな」


「先ほどの様子から見るに、ただ事とは思えないのですが」


「まぁな。知りたきゃ教えてやるが、悪い報せだぞ」


「構いません、お願いします」


 構わなくないです、勘弁してください。そう言いかけて止めておいた。軽口が許されるような雰囲気では無くなったからだ。店主は咳払いをし、一呼吸おいてから告げた。


「国王陛下がお亡くなりになったんだ。物見遊山中の事故らしい」


「まぁ、それは真ですか!?」


「誤報じゃ無さそうだ。続報もジャンジャン届いてるしな。どうやら馬車を牽いてた馬が突然大暴れして、崖から転落したそうだ。国王陛下だけじゃなく、お世継ぎの第一王子もお亡くなりになったとの事だぞ」


「なんと痛ましい……神のお導きがありますように」


「ねぇ、それってとんでもない事件なんじゃないの? この国はどうなっちゃうのかな?」


「恐らく、第二王子が王位を継ぐんだろうが……なぁ」


「それの何が問題なの?」


「あまり大きな声じゃ言えねぇが、残虐な気質らしいんだよ。やたら血を見たがるお方だともっぱらの噂だ。次の王様がそんな人だと思うとなぁ」


 場の空気は一変して急激に冷え込んだ。こうなると雑談どころではなくなる。何となく気まずい気分のまま、店主に別れを告げた。オリヴィエも食い下がる気配を見せずに武器屋を後にした。


「この国は、今後どうなるのでしょう」


「さぁね。悪い事が起きなきゃ良いんだけど」


 お互い考えている事は同じだった。そして答えを持っていない事も。


 口数は少ないままで宿屋へと戻った。そして待望のベッドへと飛び込んだのだけど、中々寝付けそうになかった。この国の未来を思っては寝返りをするという事を繰り返し、もどかしい気持ちのまま夜を明かすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る