第17話 安請け合いと窮地

 僕たちへ持ちかけられる依頼は徐々に変化していった。はじめの頃は『ちょっとアレ取ってきて』とか、『ワンコの世話よろしく』というものだったけど、日に日に難度は積み上がる。どうやら信頼度に関わっているらしい。それが嬉しくもあり、同時に重圧も感じている。


「今日中にだなんて、よっぽど急いでるんだねぇ」


「気乗りしないのであれば、今からでもお断りしてきましょうか?」


「良いよ。一度受けちゃった訳だし」


 『至急、火トカゲの皮を5つ用意してくれ』とは、武器屋からの頼み事だった。収集系は3日ほどみてもらうのが通例のところ、どうにか本日中でと泣きつかれてしまったのだ。かなり無茶な依頼だったけども、報酬の武器につられてしまい、引き受けてしまったという経緯がある。なのでこうして、町の南東部にある丘陵地帯へとやってきたのだ。


「石やら岩のせいで段差だらけだね。歩きづらくて仕方ないよ」


「火トカゲは岩場の隙間や陰に潜んでいるそうです。不意をつかれないよう気を付けましょう」


「日暮れ前には切り上げようか。夜になったら分が悪すぎるからね」


「わかりました」


 密行魔法(スニーク)は唱えない。火トカゲは音よりも臭いに敏感だからだ。スライム退治のような安定した必勝法は見つかっていない。


「レインさん、右です!」


「うわっ!?」


 早速岩陰から前足の爪による攻撃が飛んできた。飛びすさる事で危うく避けた。咄嗟にこんな反応ができるのだから、蘇生初日に比べれば様になったものだ。


 オリヴィエを庇うようにして1匹の敵と向かい合う。火トカゲは言葉通り全身に真っ赤な皮膚をもち、四つ足で地面を這い回る魔物だ。体もそれなりに大きく、人間の子供くらいはあるだろう。攻撃手段は前足に生えた鋭い爪、そして……。


「レインさん。離れすぎると危険です」


「わかってる!」


 火トカゲが大きく口を開け広げると、そこから液体をはいた。僕の足元を狙ったのだが、足場を飛び移る事で避けた。


「今度はこっちの番だ!」


 敵がその口を閉じるまでは、感知に特化した鼻があらぬ方を向いている。この瞬間が最も無防備な瞬間だ。跳んで間合いを詰め、ショートソードで切りつけた。口の閉じる瞬間に滑り込ませたので、頬から切り裂く形となる。

 

「キョェエエッ!」


 剣を払うと、火トカゲは耳障りな叫び声をあげた。それきり動かなくなり、皮膚だけを残して血肉は土へと還ってしまう。危なげなく戦闘終了だ。それを知ったオリヴィエがこちらに駆け寄ってきた。


「レインさん、お怪我は?」


「大丈夫だよ。足元には気を付けて……」


「安心してください、そんな失態を犯すほど愚図では……ヘムッ!?」


「だから言ったじゃないか」


 オリヴィエは綺麗に段差を踏み外し、盛大に転んでしまった。それで足首を捻ってしまったようだ。痛々しいほどに赤みが増していく。


「大丈夫? 歩けそう?」


「へ、平気です。私には信仰心がありますので……」


「どんな慈悲深い神様でも、流石に捻挫ごときじゃ奇跡を起こさないでしょ。治癒魔法(ヒール)を使いなよ」


「よろしいのですか?」


「もちろんだよ。その様子じゃ探索は無理でしょ。足を痛めたままでは危険だし」


 僕は、火トカゲが吐いた体液を指差した。固い岩盤は僅かに溶け、ひどい悪臭を放っている。炎を吐くから火トカゲと呼ばれるのではなく、吐き出された体液に触れると炎症を起こしてしまうのが由来となっている。


 それにしても酷い臭いだ。込み上げてくる胃液を抑える為に、唾を溜めてから飲み込んだ。


「すみません。この償いは必ず」


「気にしないでったら」


 オリヴィエは悔しそうな顔で怪我を治療した。ここはともかく足場が悪い。彼女の失態を他人事と考えるのは止めておいた。


 次の獲物を求めて付近の捜索を再開した。けれど、その必要は無かったようだ。火トカゲの体液は同族を興奮させる作用があるらしく、向こうから姿を現したのだ。同時に3体。瞬きすら許されない逼迫した状況に陥ってしまった。


「オリヴィエ、俊敏魔法(クイック)を!」


「わかりました」


 魔法効果を感じた瞬間に、僕は左端の個体に斬りかかった。長い胴に刃を走らせる。だが浅い。外皮は思ったより硬かった。


 真ん中の敵が口を開き、体液を吐きかけてきた。それを最小限度の動きで避けた。掠めた首に小さな痛みを感じる。構わず真ん中の敵に襲い掛かった。頬から切り裂けば一太刀だ。それで早くも数を減らしたけども、挟み撃ちを受ける位置に居る。考えてちゃ間に合わない。そのまま前に跳び、目の前の敵に剣撃を浴びせた。体液を吐き出す瞬間だった。僕の攻撃に妨げられて、行き場を無くしたそれが辺りに飛び散った。左腕に浴びてしまい、強い痛みが走る。


 応急処置すらせず最後の一匹に攻撃を仕掛けた。俊敏魔法は効果が短い。有利なうちに仕留めておきたかった。至近距離まで跳んだ。爪の届く位置だったからか、敵は前足を振り上げ、僕を爪で切り裂こうとした。誘いにまんまと乗ってくれた。腕が最高点に達する瞬間、がら空きになった胸を蹴り上げた。火トカゲがひっくり返る。無防備の腹に向かって、逆手にもった剣を一直線に振り下ろした。生々しい感触の後で、硬いものにぶつかる。体を貫通させたから切っ先が岩盤に当たったからだ。火トカゲは何度か手足をバタつかせると、それきり動かなくなった。


「はぁ、はぁ、どうにか倒せたぞ」


「レインさん、いま傷の手当てを!」


 オリヴィエは僕の側まで寄ると、すかさず治癒魔法をかけてくれた。焼けただれ始めた左腕はみるみる本来の姿を取り戻した。痛みもすっかり消えている。

 

「ありがとう。助かったよ」


「すみません。治癒2回と俊敏を1回唱えたので、今日はこれ以上魔法を使用する事ができません」


「そっか、でも大丈夫じゃないかな。残り1匹くらいどうにかなりそう……」


 そんな呑気なやり取りをしていた時だ。死角から何かが飛んできた。あの体液だ。臭いでわかる。反応が遅れて避ける事ができず、オリヴィエの胸元に直撃してしまう。


「キャアッ!」


「しまった、まだ生き残りが居たんだ!」


岩場の隙間から1匹が這いずってきた。もう魔法の効果は切れているし、援護に期待はできない。実力だけで戦う必要があった。


 トカゲの体が完全に外へ出る前に、剣を頭目掛けて叩きつけた。しかし、それは片足の爪に防がれてしまう。そのまま力の押し合いになるが、互角だった。体は僕の方がずっと大きいのに、押し勝てる気がしない。


 目の前で口が開く。このまま体液を吐き掛けるつもりのようだ。下手に動けば狙い撃ちをされてしまう。相手の筋肉の動きから先読みし、避けるしかなかった。喉にコブらしきものが浮かび、それが口の方へとせり上がって来る。大きく開いた口で、舌が僅かに下がった。その瞬間、強烈な衝動により体は突き動かされた。


「今だ!」


 肩の上を生臭いものが通り過ぎていく。被害は無い。口元目掛けて跳ぶ。そして転がるような動きで刃を振るった。半ば当てずっぽうの攻撃は幸いにも的中し、敵を倒す事に成功した。辺りには素材となる皮だけが4つ並んでいる。


「オリヴィエ、大丈夫かい!?」


 うずくまって動かない背中に声をかけた。駆け寄ると、青白い顔はしているものの無事らしい事が分かった。傷が痛むのか、両手を胸元に押し当てている。


「レインさん。ご心配なく。大した怪我はしておりません」


「でも顔が真っ青だよ。胸も痛むんだろう?」


「顔が青いのは、魔力を使い果たした為です。胸を押さえているのは服が台無しになったからです」


「服が?」


「胸元に大きな穴が開いてしまいました。晒すには勇気が要る程に」


「大丈夫? ちょっと……」 


 ちょっと見せてごらんと言いかけて、慌てて口を噤んだ。何の気なしに溢れかけた失言を水際で止めたのだ。自分は容貌だけでなく、心まで変態に堕ちてしまったのかと思うと、底なしの後悔に飲み込まれそうになる。


「レインさん。物は相談なのですが」


「うん、なぁに?」


「宿まで私をおぶっていただけませんか?」 


「どうして? 足を挫いた訳でもないでしょ」


「おんぶの形であれば、私の胸元を隠せるので、無用に肌を晒す心配も無くなるのです」


「それが本当にベストな答えなのかな?」


 正直なところ、無駄な会話を楽しんでいる余裕はなかった。近くから新たに火トカゲの気配が感じられたからだ。説得する時間が惜しい。急ぎ辺りに散らばった依頼品をかき集め、仕方なくオリヴィエをおぶる事にした。


「じゃあ行くよ。しっかり掴まってね」


「レインさん。宜しくお願いします」


「まったく、何だってこんな事に……」


「貴方に今、我らが神の有難い言葉をお贈りします。『男は乳房で大海を渡る』という言葉を」


「君は何が良くて信徒になったんだい?」


 いつもの冗談を聞き流しつつ撤退を開始した。しかし、オリヴィエを背負って岩場の行軍は困難を極め、思うように進めずにいた。背後からはトカゲの一団が迫る。このままじゃ追いつかれるのも時間の問題だ。


「オリヴィエ、一度降りてよ。肌を見せたくないなら僕のマントを貸すから……」


「俊敏魔法(クイック)」


「えぇ!?」


 魔法が発動し、身体能力が飛躍的に上昇した。そのおかげで風のように駆け抜け、トカゲたちを大いに引き離し、そして丘陵地帯から離脱できた。だけど、オリヴィエには限界を超えて酷使させてしまった。彼女は僕の肩に頭を預け、消え入りそうな声で言った。


「レインさん。すみませんが、このまま宿まで……」


「わかった。何とか連れて帰ってみせるよ」


「お願いします。卑猥な行動は慎んで……指先で突くくらいなら、許容とします……」


「実はまだ余裕があるんじゃないの?」


 会話できたのはここまでだった。荒い呼吸を僕の首筋に吹きかけるばかりで、短い返事を返す余力すらないようだ。彼女に無理を強いたのは今日が初めてだったけども、身動(みじろ)ぎすら取れなくなるほど憔悴するとは思わなかった。


 実を言うと、僕の体も限界間近だ。俊敏魔法(クイック)は短期決戦向きの優秀な魔法だけど、被術者には反動も大きい。体力を著しく消耗する上に、翌日には筋肉痛や筋の痛みを覚悟する必要もある。


「薬草くらい買っておくんだった……!」


 諸事情により回復薬の類を用意していなかった。その結果がこの窮地だ。自分の軽率さを心から悔やみながら、一歩一歩踏みしめるようにして帰還するのだった。


 

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