第10話 魔法のある暮らし

 ムシケの町まで残り半分という所で、僕たちは街道から少しだけ外れた。うっかりではなく意図的に。目的は魔物と遭遇する事であり、宿代やらを稼ぐためだ。僕を先頭にして、草むらを掻き分けながら進む。背の高い雑草がしきりにザァザァと音を立てた。すると、それを聞き付けて魔物が早くも現れた。


 敵はグリーンスライムが3体だ。互いが捕捉すると同時に身構える。どちらも先手を取らずに睨み合った事は僕たちにとっては好都合だった。


「オリビィエ、魔法を!」


「お任せください」


 僕の言葉にオリビィエは素早く反応し、両手を組んでから詠唱を始めた。すると、辺りは不思議な空気に染まる。視認できない何者かの気配が、刻一刻と強くなっていったのだ。


『天地に宿る精霊たちよ、母なる神クロハに代わりオリビィエが命ず。奇跡の力で我らを導きたまえ』


 ただ事とは思えない力が彼女の掌中に集約される。そして次の言葉で魔法が発動するのだ。


「俊敏魔法(クイック)!」


 その瞬間、体は綿毛のように軽くなる。剣を逆手に持ち、手前の魔物を一撃で突き倒した。魔法は反射能力にも効果があるようで、目測を見誤る事もなかった。


 残りの2匹が同時に飛びかかってきた。相変わらず素早い動きだが、今ばかりは僕の方が上だ。最小限の動きで避けながらカウンターで両断する。そうすることで瞬時に3匹を倒すことに成功、危なげの無い勝利だった。


「お見事です、レインさん」


「いやいや、オリビィエのおかげだよ。こんな簡単に倒せるだなんて、魔法って凄いんだね」


「お褒めいただけて嬉しいのですが、無制限に使える訳ではありません」


「あぁそうか。日に使える回数が限られているんだっけ」


 魔法というのは使用者の気力を大いに削ってしまうようなのだ。1度でも深く眠れば回復するんだけど、裏を返せば他に手段は無い。無理を重ねた結果、気絶してしまう魔術師も珍しくないのだとか。


「回復だけなら3回、俊敏なら5回が限度とお考えください。両方を組み合わせた場合は、その回数にも変動が起きます」 

 

「回復の方が重たいんだね。分かったよ」


「精神力を使い果たせば昏睡状態に陥ってしまいます。その時は私も抵抗ができませんので、レインさんに好き放題されてしまう……」


「君に決して無理はさせない。2回、4回と覚える事にするよ」


 何故か肩を落としたオリビィエには構わず、付近の探索を続けた。見つかったのはポリトリの実とスライムの群ればかり……かと思いきや、予期せぬ収穫があった。


 それはステータスカードが眩く輝いた事で、僕たちは認識したのだった。


「な、なにこれ!?」


「おめでとうございます、レインさん。貴方はたった今、ご自分の役職について成長なさったのです」


「そうなの……?」


 僕は素直に喜べなかった。それはもちろん割り当てられたモノがモノゆえにだ。成長するととうなるんだろう。より危険な存在になるのか、あるいは酷さが和らぐのか。確かめるのが怖い。それでも見ない訳にはいかず、薄目からの確認となった。


 成長したらしい僕のステータスは、次のように記載されていた。


名前:レイン

性別:男

年齢:18歳

武術:1.62

魔術:1.00

        初級魔法1.00

適正:隠密

技能:特殊交渉術

役職:途方もない変態

役職練度:初級 ★

犯罪歴:無し


 大きく変わったのは魔法の項目だ。今まで何も無かった所に『初級魔法』と追加されたのだ。そしてこれは気づきたくなかった事だけど、役職熟練度に星がついていた。


「経験積むほどに熟練度は向上し、一定値を超えると★が追加されるようです。これは励みになりますね」


「そうだろうね。全うな役職ならね」


「初級の隠密魔法も習得されたようです。密行(スニーク)という魔法と、もう1つは……」


「もう1つは?」


「すみません。私は扱えないので、隠密系統には詳しくないのです」


「そっか。まぁ残りの方はおいおい調べるという事で……そのスニークとやらはすぐ使えるの?」


「もちろんです。気力をだいぶ消耗するとは思いますが」


「そっかぁ。ちょっと使ってみようかな」


 これには僕の胸も高鳴った。何せ生まれて初めての魔法だ。前世では才能の欠片も無かったから縁遠かったけども、今なら発動させられるという。早速試してみようと気持ちを切り替えたのだけど……。


「ねぇオリビィエ。魔法の詠唱ってどうやるの? それからポーズというか、型なんかあれば教えて貰えるかな」


「詠唱ですか? そんなものは必要ありませんよ」


「でも君は唱えてたじゃない。母なる神様がどうのって」


「あれは雰囲気を出す為です。別に必須という訳ではないのです」


「えっ! あれ意味無くやってたの!?」


「いえいえ、無意味とまでは言えません。もしよろしければ、簡単ではありますが、魔法について手ほどき致しましょうか?」


「よろしく頼むよ。僕は素人だからさ」


「承知しました」


 オリビィエは小枝を手に取ると、地面にイラストを描いた。人体を模したものには、いくつかの矢印が出入りするように表されていた。


「魔法の発動には十分な精神力と、必須熟練度を要します。また、使用できる魔法は各役職によって事なります。聖職者は神聖属性、魔術師は破壊属性というように」


「なるほど、僕は隠密魔法だけ使えると考えて良いのかな?」


「そうですね。ちなみに隠密属性を操れる人というのは希少なのですよ。扱える役職も暗殺者(アサシン)や、闇戦士(ナイトシーカー)に限られるとか」


 それらの役職は僕の眷属というか、上位種なんだろうか。ともかく物騒な単語ばかりが聞こえた気がする。きっとえげつないタイプの魔法なんだろうなと察しをつけた。


「さて、魔法の発動方法ですが、実は決まりがありません」


「そうなの? 詠唱とか、印とか、そういうのは無いの?」


「ありませんね。正確にいうならば、魔法に対するイメージを強く持てるのであればどうでも良い、となりますか」


「イメージを、正確に……」


「ええ、そうです。精神力、想像力、熟練度の合算値が魔法効果に大きく影響をおよぼします。なので仮に、私と大司教様が回復魔法(ヒール)を唱えたなら、結果は雲泥の差が生まれてしまうのです。熟練度だけでなく、他の要素全てが段違いである為ですね」


「なるほどなぁ。そういうものなんだね」


 改めて不思議さについて感じ入ってしまう。上手く扱うのは難しいだろうけど、なんとなく興味をそそられた。やっぱり、昔から魔法に憧れていたというのが大きいんだろうか。


「さて、一度試しに発動させてみてはいかがですか? スニークは物音を消すことを可能にする魔法です」


「なるほど。じゃあ忍び歩きするようなイメージを持てば良さそうだね」


 僕は瞳を閉じ、心を落ち着けた。息を殺した時の事をイメージしながら、両手に意識を集中させる。すると、掌に暖かな空気のようなものが溜まりだす。それは小石のサイズまで膨らむと、肥大化を止めた。何か潮時のようなものを肌で感じ取った。


「密行魔法(スニーク)!」


 その言葉が切っ掛けとなって魔法は発動。すぐに倦怠感に襲われたのだけど、代償に見合うだけの収穫はあった。自分の足音だけでなく、あらゆる物音が消滅したのだ。


「すごいなぁ、これ。草を薙いでも、石を叩いても平気なんだね」


「私やミクちゃんにも効果があるようです。初級であるのに、なかなか優秀ですね」


「探索する時なんか、特に使えそうだね。敵に気付かれる前に先手を取れるもの」


「そうですね。ちなみに、街中では使用しない方が良いと思います」


「どうしてだい?」


「半裸の男性が、一切の足音を立てずに近ずいて来たとしたら、どう感じられるでしょうか」


「あっ……」


 その事については考えるまでもない。どう考えても不審者そのものだ。タダでさえ僕は不審者として見られているのに、足音まで消してしまっていたら要らない不信感を買ってしまうはずだ。きっとブレイメルの時よりも酷い結果が待っているだろう。


 人生初めての魔法。それはかつて抱いた憧れに報いる事はなく、単なる変態要素の上乗せにしかならなかったと痛感した。

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