第9話 リサさんを遠ざけろ!
佳苗がうちに泊まることになった。
この大事件を前に我が家は騒然としていた。いや正確には焦っていたのは俺だけなんだけど……。
リサさんと同居している現状を佳苗にバレると色々と非常に面倒だ。
俺は頭をこねくり回しながらリサさんをどこへ匿おうか朝から考え込んでいる。
「リョウくん今日大学はー?」
ちなみに当の本人は朝からディスプレイとにらめっこしながら銃撃戦に励んでいる最中だ。なんとものんきなものである。
「今日は午後からですよ」
のんきなリサさんの声に当てられ俺も間の抜けた返事をしてしまう。
正直なところ考え込んでいるものの、時間はまだあるという油断も俺の中にはあった。佳苗がこっちに来るのはだいたい一ヶ月後くらいだ。
残り一ヶ月の間にリサさんを匿ってくれる人、もしくは場所が見つかればいい。
「最悪の場合、漫喫やホテルをとることになるけれど……」
漫画喫茶は最近本人確認のために身分証を求められたり会員登録をしなければならないところが多いのでできれば避けたい。それに佳苗がここに泊まるのは3日間、3日もリサさんを漫画喫茶に置いておくのは漫喫のシステムを考えると難しい。もちろん変に目立ってほしくないという心配もある。
小さなビジネスホテルであればリサさんも目立たず生活できるだろうが……。肝心なのはお財布の事情である。大学生の月のバイト代で簡単に賄えるほどホテルの宿泊代は甘くない。
そうなると……、
「やっぱり一度知り合いに頼んでみるかぁ」
信用できる知人にお願いしてみよう。タダでなくともホテルよりは安く済むだろう。
そういうわけで俺は思い当たる人間に話してみることにした。
ケースケは大学のサークルがきっかけで仲良くなった俺の数少ない友人の一人だ。
三度の飯よりもゲームを好む、生粋のゲーマーで日夜シューティングゲームの世界に生きがいを求め入り込んでいる。
趣味の写真がきっかけで入ったサークルだったが、真面目に写真活動に赴くよりも近場の居酒屋に浸っている回数のほうが多いような所だったため、俺は自然とサークルに足を運ぶことは少なかった。しかしそれでもケースケと知り合えたのはありがたい経験だったと感じる。
俺達は似た者同士では決して無かったが、自然とウマが合う。俺にとってケースケは純粋に接しやすいやつだった。
「はあ!? 同居!?」
野暮ったい長い前髪を揺らしながらケースケは驚愕していた。
こいつはいつもだらしない身なりをしている。髪だって雑に伸ばしてちゃんとセットもされていないし、服だって安物の古着を好んで着ている。しかしながらそんなだらしない雰囲気がなぜかケースケには自然とマッチしていた。
スタイルもいいし顔もよく見ると悪くないので、ある程度雑な格好でもそういうファッションのように見えてしまう。もちろんケースケ自身はなにも意識していないのだろうが。
「同居って、いつから?」
お互い講義を終えた後、俺はケースケを大学近くのファミレスに呼び出した。
夕飯の時間にはまだ早い。俺達の前にはそれぞれ湯気を立てるコーヒーカップが一つずつだけ並んでいた。
「二週間くらい前から」
「もう一度聞くけど女だよな……?」
「そうなんだよ……」
だから今まで誰にも言えなかったのだ。
男のヴァンパイアが上がりこんでいたらどれほど楽だっただろう。
「なんで急に?」
ケースケに話す前にリサさんの素性や同居の経緯についてはあらかたそれなりの理由を考えておいた。当たり前だけど、本当のことを言ったら俺はこいつに首を捕まれ精神病院に送り込まれるだろう。
「親戚の知り合いでさ。ホームステイ先を探してたんだって」
「はえー。てことは外国人なんだ」
「そ、そうそう……」
リサさんは外国人で親戚の知り合いという設定だ。顔立ちはどちらかというと外国風だし、本名を聞かれても名乗りやすいだろうと思ったからである。
「仕事は何してんの?」
「コスプレイヤー、なんだよね」
「なんじゃそれ!」
周りの客席はそれほど埋まっていない。ケースケの声は店内に大きく響いた。
「ちょっと大声たてるなって」
俺が注意するとケースケは申し訳無さそうな視線を周りに振りまいた。
「いやしかし、ええ、なにそのイベント……エッロ……」
「なんだよその感想……」
ケースケは口の端を吊り上げつつ俺の顔を見る。
「いやエロいだろ。そんなの。てかどう? ぶっちゃけもうヤッた?」
直球で聞いてくるなこいつ。
「ヤッてないよっ!」
俺の声が跳ね上がる。再び注がれる周囲の視線。
結局先程のケースケにならって俺も謝罪の意を周りに示す。
「だってコスプレイヤーの外人お姉さんだろ? よく二週間も我慢できるよな……」
ケースケの女性関係の話なんてほとんど知らないが、こいつの口ぶりからはしばしばそこら辺の倫理観の薄さみたいなものが垣間見える。もしかしてこいつは結構経験豊富な方なのかもしれない……。
「ま、親戚の知り合いってことなら簡単に手も出せないか」
「そ、そーなんだよ……」
「リョウにもそんな度胸はないだろうし……」
「おい、失礼だぞ」
こいつの失礼なとこは相変わらずとして、だ。そろそろ本題に入らねばならない。
「それでケースケに頼みがあるんだけど……」
「え、何?」
「実は今度幼馴染の子がうちに泊まることになったんだけど……うちにリサさんがいる状態だと色々まずいんだよね……」
吸血鬼のことを知られるのもそうだが、きっと俺が女性と同居している姿を佳苗に見られるのも嫌だ。
「つまり?」
「ケースケにしばらくの間リサさんを引き取って欲しいんだ」
なるほど、とケースケは呟いた。それからコーヒーを一口すする。湯気とともにコーヒーの独特の香りが俺の鼻に届く。
ケースケの瞳は前髪に隠され俺からは伺えない。それでも彼が思考を巡らせていることは理解できた。
「幼馴染に見られると何かまずいのか?」
「そ、そうだなあ……ほらうちの地元って田舎だからさ、」
「家同士の確執的な?」
「そ、そういうこと! 幼馴染の家と親戚の家が結構対立気味で……」
これは嘘だ。
しかし突発的についた嘘だったけれどもケースケは勝手に納得してくれていたようだ。
「なるほどな。まあお前とそのリサって人が良いのなら別にウチに泊めるのは構わんよ」
「ほんとか! 助かる!」
渡りに船とはこのことだ。
「まあそうは言っても幼馴染の佳苗が来るのはまだ一ヶ月先のことだし、気長に待っていてくれ」
これで佳苗の件は一旦どうにかなりそうだ。
俺はほっと胸をなでおろしてコーヒーに口をつけた。なんだか安心したら腹まで減ってきた。折角ならなにか頼もうか。
「いやお前待て」
ケースケがメニューを手に取ろうとした俺の行動を遮る。
「なに?」
「幼馴染の子、もしかして女の子か……?」
「そうだけど……」
佳苗って名前の男の子はいなくはないだろうけど……あんまり多くはないだろう。
「お前、女の子と三日間過ごす為に他の女をうちに押し付けたのか……最低だな」
「言い方ひどいよ! 確かに事実だけ言えばそうかもしれないけど!」
こればかりは仕方がない。だってリサさんがヴァンパイアってことも隠さないといけないわけだし。
「それにお前……」
ケースケは続けて言う。
「なに?」
「…………元カノを家に泊めんの、普通にヤバくね?」
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