第8話 一年ぶりのメール
『1月そっちに行くから』
突然の
「どうしたのそんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
リサさんの心配もごもっともだ。だって佳苗からのメールなんて俺にとっては豆鉄砲どころかライフル級の驚きだ。
そんな佳苗との疎遠になってしまったのは俺が高校二年生、佳苗が中学三年生の時のことだ。
大したことではなかった。ありふれたどこにでもあるような理由で俺と佳苗は疎遠になり、俺は高校卒業と同時に地元を離れた。
佳苗から連絡が来るのは何年ぶりだろうか。
「どんな子なの?」
突然リサさんが俺の耳元でささやく。
「うわっ、びっくりさせないでくださいよ」
思わず後ずさりして俺は握っていたスマホの画面を抱きかかえるように隠した。
「カナエ、ちゃん? それとも、くん?」
「ちゃん、です。女の子ですよ。来年から大学生だから今は高三か。地元の幼馴染ですよ。とはいってもずいぶん連絡はとってなかったけど」
「おおっ! リョウくんにも女の子の友達がいたのね。お姉さん、安心したわ」
「めちゃくちゃ失礼なことを言いますね……」
「だってリョウくん、二十歳過ぎても未だにどうt――」
「ごほんっ!ごほんっ!」
し、失礼な!
リサさんが俺の何を知っているっていうんだ!
……実際、俺は童貞だけれどもリサさんがそれを知っているはずがない。というか同棲を始めてから“そういうこと”は一度も起きてないし、そういう話題に触れたこともない。
じゃあなんでバレてんだ……? まさか、魔法……?
(同居してしばらく経つのにリョウ君全然そんな素振り見せないし、女の子への耐性も全然ないんだもの……さすがに気づくわよねぇ……)
リサさんはニマニマとこちらを覗くような視線を向ける。
俺は彼女から目をそらしながら話題を戻した。
「ともかく、その佳苗が1月頃こっちに来るんですって。正確な日程は決まり次第送るって言われたんでそのうち分かると思います。というわけでリサさんは――」
ここで俺は重要なことに気がついた。
リサさんはどうすればいいんだ……?
佳苗の性格は物事が白黒はっきりしていないと気になるタイプだ。リアリストだし、フィクションよりもノンフィクションを好む。
当たり前だけどそんな佳苗がヴァンパイアなんて存在を信じるか? 答えは明確である。ではリサさんに魔法を見せてもらって佳苗にもこの魔族という種族を無理やり信じ込ませるか。もしそうした時の佳苗の反応をいくつか予想しよう。
『きっと手品よ!こんな非科学的な現象、絶対信じないんだから!』と言って部屋を出ていく。そして俺がヴァンパイアを名乗るエロマジシャンと同居している事実を実家に伝えるだろう。
いや、待て。まだ他にも予想できるパターンはあるはずだ。
『わかった……千歩譲ってその人が本当の吸血鬼だということは信じるわ。――でもそれならなんでリョウ兄はいつまでもこの家にこの人を置いているの!? こういうのは然るべき研究機関か組織に引き取ってもらうべきよ!』と言って警察か理化学研究所に通報するだろう。流石に同居人が実験動物にされるかもしれない事実を見逃せはしない。
他に考えられる状況は……。
『…………』佳苗はリサさんを見ると泡を吹いて倒れてしまった。
……どれもロクなものじゃないな。
少なくとも佳苗にリサさんのことがバレるのはまずい。
「リサさん」
「なあに?」
「俺が佳苗と会う間はこの家から離れてどこかに隠れてもらってもいいですか?」
おそらく佳苗だって宿を取るだろうし、うちによる可能性は引くいだろう。だがなにが起こるかわからない以上、佳苗と俺が会う日は俺の周りからリサさんを遠ざけるべきだとは思うのだ。
「食事とゲームが保証されるのであれば私はどこにいても大丈夫だよ!」
「任せてください。避難先はちゃんと用意しておきます」
まあどうせ一日程度どこかに避難してもらうのはそう難しいことじゃない。
大切なのは佳苗にリサさんの存在を隠し通せるかどうかだ。
「ありがとうございます。もちろん、埋め合わせはどこかでするんで」
「うん。わかった!」
笑顔で了承してくれるリサさん。
ぴろりん。
ホッと胸をなでおろしていたところ、手元のスマホがチャイムを鳴らした。
「ん、佳苗からまたメールだ」
『言い忘れていたけれどそっちにいる間はリョウ兄の家に泊まるから。彼女とかいない? リョウ兄なら大丈夫だよね??』
それは新たな波乱を告げるメールだった。
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