第4話 リサさんのファッションショー
試着室の前で待たされる時間がこんなに辛いものとは思わなかった……。
女性服売り場に男一人で取り残されていると何かと辛い。他のお客からは異物を見る目を向けられ、店員からは彼女に付き合わされている彼は可哀想だけど頑張って、みたいな謎の応援めいた視線を受ける。
買い物に付き合っているだけの俺からすると、どちらの視線も浴びていて居心地の悪いことこの上ない。
「あの……着替えました?」
居ても立っても居られなくなって、試着室の中のリサさんに声をかける。
「うーん、ちょっと待ってー」
そもそも正装以外の服を着ることに慣れていないのか、リサさんは着替えにかなり苦労しているようだった。
着替えに慣れていない以上仕方がないので、俺はスマホをいじり始める。
メールもチャットも届いていないし、SNSも目新しい更新はない。
「暇だ……」
世の男性達はいつもこの苦労を味わっているのだろうか。そう思うと同情の気持ちも湧いてこなくもない。
いや、もともとファッションにほとんど興味を持たなかった自分が悪いのか?
もしかしたら俺以外の人が付いて行ったらこんなことも思わないのかもしれない。正直自分のセンスにかなり自信があるわけでもない。自分のことをダサいと思ったこともないけれど、かといってすごくハイセンスだと感じたこともないのだ。
大学の先輩にでもお願いして付いて来てもらうべきだったかもなあ。
試着室の前で待ちながら自己嫌悪を抱き始めた頃、目の前のカーテンが開いた。
「どう……かな?」
現れたリサさんはベージュのニットに黒いロングスカートを履いた冬らしい出で立ちだった。タートルネックのニットセーターは袖が膨らんでいてシンプルながら可愛らしい印象を受ける。パフスリーブという形のセーターらしく、今年のトレンドだと先ほど店員が言っていたことを思い出した。スカートもシンプルでタイトなものなので、よりリサさんのスタイルの良さが強調されていた。
「……かわいい」
そんな言葉が自然と口から出ていた。
「ほんと!?やったあ、リョウくんに褒められちゃった」
「お、俺だって普通に人を褒めることはありますよ」
しかし今の『かわいい』は完全に無意識に出たものだった。リサさんは何着ても似合うだろうと想像はしていたけれど、まさか着るものでここまで彼女の美貌が引き出されるとは思わなかった。
「あ!それじゃあそれじゃあ、似たようなやつでもう一個気になるのがあったからそっちと比べて見てもらってもいい?」
「ああ、いいですよ。」
再びカーテンが閉められる。
再び待機の時間が訪れるが、さっきとは少し状況が異なる。
リサさんの今の格好も十分に素敵だったけれど、今度は服を比べてほしいと言っていた。つまり俺にどっちがいいか判断してほしいということだ。
訪れる静寂。俺は息を飲んだ。
これが噂に聞いていたショッピングデートあるあるの一つ……。
『これとこれどっちがいい?』問題……!
この場合一番困るのは、前者と後者でその違いがほとんど見分けられないパターンである。この状況において選ぶ側にとっては大きな違いに思えても、第三者から見ればどこが違うのかさっぱり検討がつかない時が多々あるという。そんな時に『なにが違うのかさっぱりわからない』なんて言おうものなら大惨事である。男はスマートに両者の差異を見分けてそこに言及しなければならない。
そしてもう一つの厄介なパターンは、実際のところ比べてほしいわけじゃないというパターンである。もし比べる二つの対象に明確な違いがあったとして、俺の好みの方を選んだとしてもそれが一瞬で却下される可能性があるのだ。つまり選ぶ側は『最初から決まっていた答えの後押しが欲しい』に過ぎないのである。この場合最善の答えは即座に二つの中からより彼女の好みそうなものを選ぶことである。俺のセンスで選ぶのではない。彼女のセンスを予想して選ぶのだ。
この問題に今まで多くの勇気ある兵士が挑み、敗北を期したという。
俺はちゃんとコンビニで男性雑誌のコラムを立ち読みすることで、そんな兵士達の悲劇を見届けてきた。
今こそ名誉の死を遂げた勇者達の無念を晴らす時……!
「お待たせー」
カーテンが開かれる。
俺は拳を握りしめ、まっすぐな目でリサさんを見た。
(いったいどんな服を着てくる……!なにが着ても俺は、負けないっ!)
「うん、これくらい肌見せた方がやっぱり安心するなぁ」
現れたリサさんは先ほどと同じニットセーターに身を包んでいたものの、さっきよりも大幅に肩の露出が増え、スカートもかなり丈の短いものになっていた。
「露出が増えただけじゃないですか!」
リサさんが着ていたのはいわゆるオフショルダースタイルのニットで、肩は丸見えで胸元も谷間が簡単に覗き込めるくらいに大幅にぱっくり開いていた。
スカートはタイトなロング丈のものから、広く横に膨らんだショートのフレアスカートに変化しており腿から足首まで白い肌が隠されていない。
先ほどの格好との違いを探そうにも明らかに露出が増えているという点しか見当たらず、リサさんは完全にこっちのほうがお気に召しているようだった。
「ほら、魔力効率の高い服はやっぱり大事じゃない?」
「ここは人間界ですよ……!」
「でもやっぱりこれくらいじゃないと、落ち着かなくて……」
「露出はなるべく自重してください……!」
リサさんはただでさえ優れた容姿を持っているのに、露出の多い格好ばかりしていたらどんな輩が近寄ってくるか油断ならない。
人間界に不慣れなリサさんが街に潜む獣の如き変態に目をつけられでもしたら……。
「少なくともそういう格好は家の中だけにしてくださいっ」
そう言ってリサさんに釘を刺す。
しかし彼女は反省する様子もなく俺を見てニヤリと笑みを浮かべていた。
「なにそれー、もしかしてリョウくん嫉妬してるの?」
「はい?」
「だって、家の中でしかこういう格好しちゃだめって。もしかしてお姉さんが他の男の人にそういう目で見られるかもって心配してくれてるのー?それともリョウくんは私のこと独占するつもりなのかしら」
「いや、ちがっ!」
リサさんの発言に思わずしどろもどろな態度になってしまう俺。
確かに、不特定多数の人にリサさんの肌の多い格好を見せるのは嫌だけれど、別にそれは俺がリサさんを独占したいとかそういう理由ではなくて!
そもそもまだ出会って一日も経っていない彼女にそんな思いを抱く資格もない!
「違います!違くないけど、違うんです!同居人としてリサさんにはなるべく安全に生活を送ってほしいだけです!これは俺からの配慮です!」
「そっかそっか、心配してくれてるんだもんねー」
リサさんは子供を見守るような微笑みを浮かべて俺をからかう。本当に俺の意図は伝わっているんだろうか……。
「あ、でもでも」
不意にリサさんが俺の耳元まで顔を近づける。
「リョウくんのためならどんなにえっちな格好でもしてあげるからね?」
耳から脳までリサさんの甘い囁き声が響く。
その声はハチミツのように俺の思考にまとわりついて、理性を溶かしていくみたいだった。
顔が熱を帯びていくのがわかる。
言葉の意味を理解する頃には俺の顔は真っ赤に染まっていた。
「リサさんっ、からかっているでしょ!?」
「ふふっ、リョウくんってば結構うぶなんだね」
「ああ、もう!とんだ問題児を拾ってしまったぁ!」
悪態をつく俺の姿をリサさんは面白がるように笑っていた。
「ほら、買い物の続きをしましょう。まだまだ欲しいものはいっぱいあるし」
思考を乱されっぱなしの俺の手をリサさんが引っ張る。
結局この店では最初に着ていたシンプルなセーターを購入したが、その後どんな店を見てもリサさんが露出過多な服ばかりを買おうとするので俺はその度に彼女を止めるのに必死になっていた。
最後には俺の方が折れて、リサさんの趣味ならもうどんなものでも買ってあげると音を上げてしまったのだった。
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