第3話 リサさんの格好
「そういえばその服ってヴァンパイアの正装なんですね」
朝食を済ませてこれから生活用品の買い出しに向かおうかと思った矢先、そもそも今の格好のリサさんを外に出していいものかという懸念が生まれた。
ヴァンパイアの正装と聞くとタキシードか貴族のドレスのような服を思い浮かべるがリサさんの服はと言うと、グラビアアイドルが着るみたいな露出の多いネグリジェに腰に布切れを巻いただけというかなり危険度の高い衣装だった。
「魔族は基本みんなこんな感じよ?というかヴァンパイアの一族はむしろ肌を見せたがらないくらいだもの」
「それで肌を見せてないつもりなんですか……?」
「むしろほとんどの魔族は服着ないのよ。服なんて位の高い魔族が着るものよ」
どうやら魔界とは人間界とじゃ衣食住の概念に大きな差があるようだ。
リサさんは俺の疑問にわかりやすく解説してくれた。
「そもそも魔族っていうのは魔法を使える種族のことを言うんだけど、その魔法の元となる魔力は大気に含まれるマナを摂取することで得られるの」
なんだかRPGゲームの解説みたいだけど、人間でいうところ呼吸によって酸素を得られるみたいなことだろうか。
「それでそのマナは皮膚から吸収するの。吸収できる量は種族によって様々で、より多くのマナを吸収できる種族ほど強力な魔術を使えるし、魔族としての位も高くなるの」
「つまりヴァンパイアはたくさんの魔力を吸収できるってことですか」
「多種族と比べるとね。人間界に来ても魔法が使えるのはヴァンパイアかそれより上のドラゴンとかサタンくらいじゃないかしら?」
他にどんな種族がいるのかは知らないけれど、願わくばこれ以上他の魔族とは関わりは持ちたくないものだ。うちはヴァンパイア一人養うので精一杯である。
「服っていうのは魔族にとってはマナ吸収を阻むものなのよ」
「ああ、なるほど。人間でいうと呼吸器を塞がれるようなものなのか」
「そう。だから下位の魔族は基本的には服を着ないで過ごすの。逆に高位の魔族は他の種よりも優れていることを誇張するために服を着ているのよ」
なるほど。理屈はなんとなく理解できた。
要は露出度が高ければ高いほど魔力も増えるってことなんだろう。ヴァンパイアは敢えて服を着ることで常に魔力を制限しているのだろう。そうすることで他の種族に自身の優位性を見せつけているということか。
「それじゃあもしかして
「いいえ、そもそも人間界の大気に含まれるマナはごくわずかだから、服を着ても着なくても変わらないわね。だから創造魔法も一週間くらいマナを溜め込まないと使えないの。魔界ならどれだけ使用してもへばることはないんだけど」
あれだけすごい魔法を一日に何度も使用できるのか。そう考えるとヴァンパイアってのはやっぱりかなり強力な魔族のようだ。
しかし服の露出度が低くてもいいのは助かる。毎日今みたいな格好で過ごされたらこっちの精神が保たない。
「それじゃあここで暮らす分には服には困らなさそうですね」
「うん。というかむしろ人間界は洋服のバリエーションがたくさんあって楽しみなくらい!ほら、魔界じゃ服は希少だし基本正装だから似たようなものしかないのよねえ」
はしゃぐリサさん。どうやらファッションのことに関しては密かに楽しみにしていたらしい。
「それじゃあ早速、出かける準備をしましょう。まずは洋服を買いに行きますか」
「大賛成!」
無邪気な笑顔を見せるリサさんはお姉さんというよりも子供っぽかった。
ーーー
「ふんふ〜ん♫ しょっぴんぐー、今日は楽しいしょっぴんぐー」
電車に乗りながらへんてこな歌を口ずさむリサさん。
とりあえず今は俺の持っていた襟付きのシャツの上からコートを羽織ったシンプルな格好に収まっている。
スタイルがいい人は何を着ても似合うというけれど、俺の安物をまるで高級ブランドものを着ているかのように魅せるリサさんのプロポーションは見事なものだった。
まだ二月の前半だけあって空気は冷え切っている。
俺はかなり着込んでいるがリサさんの格好は周りと比べると薄着なほうだ。
「リサさん寒くないですか?」
「んー魔界に比べたら全然だよ。微量でもマナ取り込んでるせいもあって体温は結構高いかも。ほら」
そう言ってリサさんは俺の手を握る。温かい体温がこちらへ流れ込んでくる。
なんだか人の温かみというものを久々に感じ取った気がする。それに女の子の手って思ったよりも小さくて、なんだかドキドキする。
「ほんとだ……あったかい、ですね」
視線を彼女から逸らしながら、平静を装ってそう返す。
そんな俺の態度を見透かしたのか、リサさんはいたずらな笑みを浮かべて言った。
「でしょ。どうする?今日はずっと手繋いでいよっか……?」
……っ。完全にからかってるなこのヴァンパイア。
しかし手を握りながらそんな上目遣いでこちらを見られたら誰だってドキドキする。
「……しませんっ」
俺はゆっくり手を離した。
「ちぇー。でも寒くなったらいつでも言ってね。お姉さんがあっためてあげるから」
まったく、こういう時だけお姉さんぶるんだもんなあ。
俺は呆れつつも一応リサさんの優しさに感謝しておいた。
電車で約十分ほどの場所に大きなショッピングセンターがある。家具も洋服もその他の生活用品もここに来ればある程度は揃うだろう。俺も一人暮らしを始めたての頃は何度もここにお世話になった。
「まずは……」
「お洋服!」
とリサさんが即答したので俺たちはレディースファッションコーナーへと足を運んだ。
レディースコーナーは二階にある。普段は一切足を止めることのないフロアなので行き慣れたショッピングセンターの中でも新鮮味を感じてしまう。
高級そうな服に身を包むマネキン達や、カジュアルな服装に身を包む店員達。何が高くて何が安いのかさっぱりわからないけれど、とりあえずいろんなものが揃っていることくらいは理解できた。
それでもなんとなく場違い感を覚えてしまのは避けられないけれど。
しかしそんなことも気にしてられない。
「とりあえずお金は多めに持って来ましたから、リサさんの好みで選んじゃっていいですよ」
隣にいるリサさんは既に目をらんらんに輝かせている。
「いいの!?でもこれだけたくさんあるとすっごく迷うなぁ……とりあえずあっちのお店から順に見て行きましょ!」
リサさんは俺の手を引いて強い足取りで歩み始めた。
電車の中以来、リサさんの小さな手が俺の手の平に触れることを意識してしまう。これじゃあなんだかデートみたいだな。
きっと向こうは無意識なんだろうけれど。
意識的にやられても無意識でやられてもドキドキしてしまうなんて、
「完全に俺が負けたみたいだ……」
小声で呟いた言葉はリサさんの耳には届いていなかったようで、なんとなく安心した。
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