エンドレスドリーマー 最高の目覚めを求めて

立野歌風

エンドレスドリーマー 最高の目覚めを求めて

追われている 何に追われているのか知らないが

追われている

仕方無いさ これは俺の夢だもの

夢占いで「追われる夢」の意味はなんだろう?

意味が効力をもつのは目覚めてからの話なら

今 ここで 知ったところで役にもたたないか

ああ 追いつめられた崖だ

落下 落下 落下 落下


俺は名も知らぬ男を追っている

トレンチコートの後ろ姿は俺に気付いてはいない

俺は奴の弱みを握った

これはチャンスだチャンスは利用する為にある


「随分 長い落下ですよね〜〜〜」

男の声が俺の耳元で素っ頓狂な声をあげた

俺は見知らぬ男と抱き合いながら落下している

落下 落下 落下

俺は落下しながら別の夢を見ていたらしい

夢の中で夢を見る よくある話だ

「お前 誰だ?」

「カオルですよっ」

「なんで俺に抱きついてる?」

「夢だからじゃないっすか?」

どうせ夢なら、可愛い女の子と抱き合いながら落下したいものだ

「夢 長いんっすか?」

「3年くらいかな」

「ええ!? エンドレスドリーマー幼生っすか?僕まだ3日なんですよ」

「3日なんて新米だな」

「先輩って呼んでいいっすか?」

「どうぞ 勝手に」

言い終わらないうちにフワリと着地した

フワフワとした白い毛の固まりに包み込まれる

「でかい犬みたいなのの上ですねぇ 犬臭せぇ〜〜」

童顔で華奢なカオルは鼻をつまんで悪態をつく

黄色、ピンク、水色 パステルカラーを散りばめたような

男らしからぬ服装はピエロを思い出させる

また厄介な奴が俺の夢に現れたもんだなと溜息をつく間に 

体がどんどん縮んでいき白い毛のジャングルの中に迷い込んだ

生温かく足場の悪い地面……というか多分犬の体の上を歩く

「先輩!置いてかないで下さいよ!ちゃんと手を握って下さい!」

「なんで男の手を握って歩かなきゃなんないんだよ」

「夢ですから」

「夢だからって 何でも許されるわけじゃないんだよ」

「先輩と手を繋いで歩くの僕の長年の夢だったんですよ」

クネクネと体をくねらせて頬を赤らめるカオル……

いや 待て 何を恥じらってる?やめろ

「カオルって呼んでいいっすよ」

「やめろ お前はついさっき俺の夢に登場したばかりだ

長年ってなんだよ」

「冷たいなぁ 冷たくするとこうですよ!」

握っていた手を離したかと思ったら首を絞めてきやがった!

「やめ…ろ  やめ……」

『里中先生 里中先生 第三診察室にお戻り下さい』

中年女性のアナウンスが遠くに聞こえた


          

    ※       ※     ※



俺は白衣を着て診察室の椅子に座っていた

どうやら俺は里中先生という医者で、ここは第三診察室らしい

俺と対面しているのはカルテにカオルと書かれた男性患者

落下する夢で抱きついて来たピエロみたいな服の男だ

「お前 今度は患者なのか?」

「先輩はお医者さんですね」

カオルが「うふふ」と笑うので 俺の背筋に寒気が走った

身震いしながらパソコン画面のカルテに目を移す


病名    エンドレスドリーマー

症状    夢から覚める事無く夢を見続ける

      その期間が3年を越える者はエンドレスドリーマー幼生と呼ばれ

      5年を越えるものをエンドレスドリーマーと認定する

      エンドレスドリーマーが覚醒する凡例は皆無であるが

      幼生はその限りではない

治療方法  最高の目覚めにて覚醒する事


俺は深いため息をついた 小学生の説明文かよ?

治療方法は「最高の目覚め」だ?最高って何だ?

「あれですよねぇ 夢って美味しい物食べようとする時とか

これから良いところって時に覚めるじゃないですか

僕はそういう場面を待ってるんですよね

ああでも、食べようとして食べれずに目覚めるのは嫌ですね」

「お前 心が読めるのか?」

「当たり前じゃないですか夢ですもん」

「ああ そうだったな」

こいつは全てを夢で片付けてくれる 

「僕はトイレに行きたいのに行けない緊迫感がある夢は嫌ですね

目が覚めたとき膀胱パンパンで痛いじゃないですか

かといって寝ながらしちゃうのは、つまりオネショですから

そういう目覚めは最高とは言えませんしね」

カオルが腕組みしながら くだらない事を偉そうに語るので

俺は聴診器を奴の額にあてて音を聞く真似をする

「どうやら君の頭の中はからっぽの様です」

「マジっすか?」

カオルは突然 頭頂部をカパッと開けて 右手を突っ込んだ

「本当だ なんも無いっすね…… あ…なんかありますよ」

カオルは頭の中からナイフを出した

「薬を出すので 朝晩必ず服用して下さ……い おい」

カオルのナイフが俺の右胸を貫いていた

「痛くも痒くもないな……」

オモチャのナイフなのか、痛みは何も感じない

「夢ですからね」

カオルがケラケラとわらいながら俺をもう一度刺した

白衣が赤く染まっていき ボタボタと血痕が床に広がって行く

世界が赤に埋め尽くされ 俺の意識は遠のいて行った


     ※       ※      ※


「うわ〜〜〜」

俺はナイフで刺された夢を見て飛び起きた

冷や汗が首を伝った

「きゃ〜〜〜」

若い女の看護士が俺の叫び声に驚いて声をあげた

どうやら俺は病室のベットの上にいる

「根岸…さん 目覚めたんですか?」

「あ………はい え?根岸?」

「先生!  里中先生!」

看護士は慌てふためきながら飛び出して行った

目覚めた?これが最高の目覚め?どちらかと言えば最悪なんだが

とにかく エンドレスドリーマーの悪夢からは覚めたのか

俺は 自分の頬を抓って痛さを確かめてみた

「痛い…」

そこへ先程の看護士と里中先生とやらが駆け込んで来た

「里中先生御覧下さい 目覚める人が実在するんですね」

看護士はなんだかとても感動している

「根岸さん 覚醒おめでとうございます」

聞いた事のある声が俺を祝福してくれる

「カオル…」

「はい 根岸さんの担当医の里中薫です」

『里中薫』

白衣の胸元のネームプレートには そう記されていた

おいおい まだ夢の続きじゃないだろうな?



それから俺は車椅子に乗せられ

精密検査を次から次に受けさせられて

目覚めたのにクタクタに疲れ切って再び病室のベットに戻った

俺の名前は「根岸正行」エンドレスドリーマーから覚醒した珍しい凡例 

医者達が色めき立ってあれこれ検査しまくりながら

「覚醒 おめでとうございます」

と握手を求めて来た 目覚める患者は貴重なサンプルなんだろう

しかし もう一度眠ったら……又 目覚めないんじゃないか?

そんな不安が押し寄せて疲れているのに眠れないまま真夜中になった


スッと枕元に誰かの気配を感じたと同時に

誰かが俺の首を絞めて来る

え……ああ やっぱり 俺は目覚めてなどいなかったのか

これはまだ夢の続き……く…苦しい

「この三年間 定期的に薬をうって眠らせ続けていたのに

目覚めるんだもんなぁ」

この声は………カオル…やっぱり夢…?

俺はグッタリ気を失ったふりをしながら薄目を開けて様子を伺った

白衣の男が俺の首を絞めるのをやめて

注射器を取り出し点滴に細工している

「エンドレスドリーマーで居れば そっとしておいてあげたのに」

カオルじゃない……里中だ

俺は助けを呼ぼうとしたが声が出ない 金縛りのように体も動かない

「奇跡的に目覚めたエンドレスドリーマー急死

残念です根岸さん あなたが目撃者じゃなかったなら

僕もこんな真似はしないんですけどね」

ああ……俺は、この男に突き落とされて三年前から意識を失っていた 

俺は本物のエンドレスドリーマーじゃない

俺は…この男の殺人現場を目撃した

俺が追いかけていたトレンチコートの男はこいつだ


    ※      ※      ※


目の前に川がある三途の川ってやつかな?

あの世へ行く時には、願わくば花畑が良かったんだが

まぁ いいか 俺はどうやら死んだらしい

俺は担当医の里中薫に殺されてしまった

殺人犯の里中薫に……

三年前 奴の殺人現場を目撃した俺は それをネタに里中を強請った

それに逆上した里中に病院の屋上から突き落とされ 

一命は取り留めたが、里中は薬で俺をエンドレスドリーマーにしたてあげたのだ

俺が見続けた夢は覚める事を許されない悪夢だった

現実の方が残酷な悪夢そのものか……

「せんぱ〜〜〜い 置いていかないで下さいよぅ」

ナース姿のカオルが腕を振り回しながら走って来た

「里中……」

「カオルですよぅ 先輩 川を渡るんですか?渡るには六紋銭が要るんですよ

持ってます?」

「これは…夢か?」

「夢っすよ 当たり前じゃないっすか」

「お前 俺を殺しただろ?」

「はい ナイフでグサっと」

「現実に殺したよな?」

「現実?ってなんすか?」

「現実って言うのは覚めている状態 夢を見ていない状態」

「そんな 面倒くさい事 わかんないですよぅ」

カオルは頭をパカっと開けて花束を出した

「この花が綺麗かどうかは夢だろうと現実だろうと変わらないじゃないですか ねっ」

「覚めてないのか? まだ夢の中なのか?あの病室も精密検査も

夢の断片に過ぎなかったのか?」

「先輩は取り敢えず生きてますよぅ 俺が殺したけど

ここに居るじゃないですか 夢ですもん何でもありです

それじゃ駄目ですか?」

「夢の中を永遠に生きるのもありかな…」

俺は深い溜息をついた

「ですよ だったら楽しい夢をみましょうよぅ

苦しい夢はいやじゃないですかぁ」

「そうだな 現実世界も夢の世界もたいして変わらないなら

楽しい方がいいな」

「ですです 俺を殺人犯にするのはやめてくださいよ

恋人にして下さい」

「それは断る」

膨れっ面のカオルを眺めながら俺は大笑いをした

夢の中だろうが現実世界だろうが もうどうでもいい

今 俺が感じているこの世界を俺は生きて行けば良い

馬鹿馬鹿しい展開も ありえない状況もなんでも来いよ

受けてたつぜ

俺は最高にいい気分になっていた


    ※     ※    ※


カーテン越しの日差しが清々しい

俺の気分も最高にスッキリ爽やかだ

最高の目覚めってやつだなこれは……

俺はベットから起き上がる

俺の腕には点滴のチューブ

心電図だの血圧計だのが俺の体にまとわりついている

おいおい ここは病室かよ

俺は自分の部屋で爽やかに目覚めたかったんだがな

見回すと部屋の隅にトレンチコートがたたまれて置いてあった

あれは…俺が追いかけていた男のコート…

里中のコート?何故ここに?まるで俺のコートであるかのように…

取り敢えずナースコールを手にしながら俺は考える

これを押して現れるのは

白衣の里中かナース姿のカオルか…

それとも……



さてさて これは夢か?現実か?

どうでもいいぜ 受けてたつ





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