13 背を向けて歩き続ける




                   ■




 ――〝選ぶ〟ことが恐い。


 いつだって考えている。迷い、悩み、考え続けている。

 後悔し続けている。


 たとえば誰かと過ごし、楽しい日々を送っていたとして。

 何か大きな決断を迫られたとしよう。

 もし、自分の選択がその誰かの人生これからに影響を及ぼすとしたら――その結果に、責任を感じずにはいられない。

 良い結果なんて想像できないから、常に悪い結果を先に考える。


 その、結果を――いつ来るともしれない、何かが起こるまで終わらない、確定しないその結果みらいを。


 誰かを傷つけるかもしれない、苦しめるかもしれない。

 あるいはその命を危険に晒すかもしれない。


 世の中、結果が全てだ。

 始まりや過程は関係ない。そんなもの、振り返れば一瞬だ。いつだって記憶に残るのはエピローグ。

 終わってみなければ、〝それまで〟の価値は分からない。


 どんなに楽しい日々を送っていても、つらい別れが〝それまで〟を決定づける。

 全てが間違いだったと思い知る。

 

 そうなるくらいならいっそ、誰ともかかわらない方がいい。その方が自分のため、そして自分が傷つけるかもしれない誰かのためになる。

 だけど一人では生きていけないから、常に何かと繋がるしかない世の中だから、浅く広く、誰とも深くは繋がらない――そんな生き方を、縁科えにしな真代ましろは選んだ。


 後悔しないように。


 誰も傷つけない、そんな器用な生き方なんて出来ないと知っているから。


 何か一つ大きなことをやり遂げたりすれば、その成功体験は自信に繋がる。その人が何かを選択するとき、自信がそれを後押しするだろう。

 縁科真代の場合、過去の失敗がある種の自信となった。


 ――無邪気さから、大きな過ちを犯した。


 危ないかもしれない、止めた方がいいかもしれない。そう思っていながら、そうしなかった後悔が――ずっと、ずっと続いているから。




                   ■




「…………っ」


 ガサガザ、と。

 学生寮へと続く静かな通りに、耳障りな音がこだまする。


 何かと思えばそれは真代の手にあるスーパーの買い物袋で、気が付くと、激しく音を立てるくらい足早に歩を進めていたのだ。


 ふと我に返って立ち止まると、少し遅れてことわが追い付いてくる。

 小さく肩を上下させていて、真代はいかに自分が速度を出していたのかを思い知る。

 自称体育会系の悪いところが出てしまったようだ。


 謝ろうと口を開きかけた時、呼吸を整えたことわが顔を上げた。

 目が合って、その真っ直ぐな視線に気圧され息をのむ。


 視線が交わったのはほんの一瞬で、彼女はすぐに顔を背けた。

 それから、絞り出したようにか細い声で、


「無理強いする、つもりはないです……、」


 ……そうは言うが、これまで彼女に何かを強いられたことはなかった。

 そんな、彼女が――


「でも、……」


「…………」


「まだ、諦めないでください――……その……」


 何か言いかけて、言いよどみ、それから唇を噛んでうつむいた。


「……それに、何もしないよりはきっと……」


「うん……よく聞く言葉だ」


「すみません、でも――」


 何か言いたいことがあるのは伝わった。

 真代に〝責任〟を負わせまいとして、それを遠慮していることも。

 しかしそれでも、――そんな葛藤が。


「わたしも……お役に立てることがあれば、なんでもします。だから――」


「……よく聞くってことは、それが〝王道〟だってことだ」


「え……?」


 王道とはつまり、大多数にとって受け入れやすい、統計的な正解ということだろう。

 それは選択への責任を、その不安を、少しだけ和らげてくれる。

 決断することを、少しだけ後押ししてくれる――


(この子に、こんなに……なんでもしますとか言われて、なんにもしないのはさ――)


 さすがに、カッコ悪すぎる。

 これ以上の醜態をさらすのは、縁科真代の男としての沽券にかかわる。


(……それにこの場合は……何もしないで、そのことをずっと気に病むよりは……)


 何かした方がまだ、後悔の苦しみは薄いかもしれない。


(そう考えれば……まあ――)


 些か消極的な動機ではあるものの、そうやって少しずつでも前向きに進めれば――


「…………」


 前向きに進んだ先、そこで待っているものに想いを馳せる。


 ――本音を言えば、「会いたくない」のだ。

 ただ、それだけだ。


 選択した先の責任だとか、連れ出したことで顔も知らない少年がどうなるかとか、そうした問題よりも前に――ダンジョンを攻略するしない、出来る出来ない以前に、会いたくない、かなうなら関わりたくない。

 思い出したくないから、顔も見たくない。


 アルビナという存在は、全ての始まりだ。

 今の縁科真代を形作るに至った、その後悔の起源トラウマ

 かつての間違いを、その古傷を抉るようで――踏み出すことを、選べない。


 選びたくない。


 だけど――


「やるだけ……やってみますかね……」


「は、はい……っ」


「そもそも、俺がダンジョン攻略に貢献できるとも限らないし……」


「はは……」


 とりあえず――そうやって目前の問題に取り組んでいれば、悩みも迷いも、後悔も忘れていられるから。

 かたちだけでもいい、格好だけでもいい。

 どこへたどり着くか分からなくとも、今は前に進まなければ。


 後悔に、追いつかれる前に。


「ダンジョンに行くのはいいんだけど、その前に一つ……」


「なんでしょうか……?」


「……そのメイド服、着替えてくれると助かるんだけど……なんていうか、ずっと目立ってるので」


「す、すみません……っ、戻ったらすぐ着替えますから……!」


「いや、どうせダンジョン行くつもりだからいいんだけどさ……」



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