14 結成!エニグマ小隊




                   ■




 一度寮に戻り、学園のジャージに着替えた真代ましろとことわは、再び科学部を訪れた。

 例の秘密兵器の受け取りと――


「では自己紹介します! あたしは一年の美緒川みおかわ入子いるこ! カワイコちゃんと呼んでください!」


「カワイコちゃん……」


「いやぁ、照れちゃいます~」


「なんだこいつ……」


 頬を押さえてもじもじする黒髪をお団子にした小柄な女の子。真代は今のやりとりで彼女が自分の苦手なタイプだと察した。


 それから、


「そしてこっちは科学部のカワイクない方、カワナイ先輩!」


「……ども、川内せんだいです」


「ど、どうも……」


 美緒川が「先輩」呼びするということは、三年生なのだろうか……真っ先にそう思うくらい、迫力のある男子生徒だ。真代より背が高く、体格もがっしりしている。科学部というより運動部と言われた方が納得できる雰囲気だ。


「あ、こいつ一年だからタメでいいよ」


「はあ?」


 あまねに言われ、思わず美緒川を振り返った。


「てへ」


「…………」


「ダマされる方が悪いのです」


「……この……っ」


「……人を見かけで判断するからだ」


 川内のぼそりとした呟きが心に刺さる。


「とりあえずこいつら貸すから、実質初ダンジョン、頑張ってきなよ」


「あのー……他に誰かいません?」


 一応たずねてみるが、あまねが肩をすくめて周囲を示す通り、科学部の他の部員は床やテーブルの上で気を失ったかのように横になっている。


「まあイルコはこれで器用だし、」


「これでってなんすか!」


「川内クンは壁役タンクとかに使えるから」


「……おれの扱い……」


 ……いろいろ不安になってくるが、いないよりはマシだろう。


(と、思うことにする……)


 とりあえず、これで四人。人員にもその構成にも不安しかないが、一応は小隊パーティーだ。


「それじゃあたし、着替えてくるので! 覗いちゃいやんですよ?」


「はあ? ……というか、着替え?」


 美緒川も川内も動きやすそうな私服姿で、そのままダンジョンに向かっても問題なさそうな感じなのだが……。


「うん? 知っててその恰好してるんじゃないのかな」


「はい? ジャージなのは、なんとなくこっちの方がいいかなと思ったからで……」


 昨日の生徒会や、ダンジョン内で出くわした明里あかりのパーティーがそうだったからだろう。


「ふうん? まあその選択は間違ってない。ダンジョン内ではマナを消耗する……ダンジョンに吸われるというのは説明したね。それから身を守る手段として……まあ焼石に水感はあるけど、なるべく全身を覆うような服が推奨される。出来るだけ素肌が外気に触れないようにする訳だ。……ヒーローものなんかにある、全身装備タイツなんかが推奨されるね」


「なるほど……。暑そうだし蒸れそうだけど」


「激しく運動すればね。しかし中はけっこう空気が冷えるから、それくらいがちょうど良かったりするかもしれない」


 準備のため二人が理科室を離れているあいだ、そんな雑談に興じて時間をつぶす。


(それにしても、ここはここで相変わらず静かだな……)


 人の気配は感じるし、視界の端にいろいろ倒れているのだが、そうやってそれなりの人数が一つの教室に詰めているからこそ、余計に〝静けさ〟を意識してしまう。

 大したことではないのだが――


(この人ら、ほんとに大丈夫なんかな……? 死んでない?)


 ――今は少し、落ち着かない。


「そういえば」


 と、いま思い出したというようにあまねが顔を上げた。


「キミに渡すものがあったんだ」


「お……? 新兵器……?」


 かと思ったのだが、今度は前のように奥から持ってくることもなく――


「?」


 ちょいちょい、と近くにくるよう促され、怪訝に思いながら真代はあまねに近づく。

 すると彼女はポケットから何かを取り出し――ぐいっ、と不意に顔を寄せた。


「お、おう……?」


「はい、逃げない」


 思わず仰け反るとより迫られ、大人しくすると首に腕を回される。なんてことないといった表情で顔を寄せるものだから、逆に意識してしまっている自分の方がおかしいのかという気さえしてくる。


 ことわの視線を感じながら、堪えること十数秒……、


「よし」


 ようやく、あまねから解放される。


 何をしていたのかと思えば、


「なんすか、これ……?」


 真代の胸元には、手のひらに収まるサイズのガラスの小瓶がぶら下がっている。中には砂のようなものが少量入っており、フタをしているコルクに留められたヒモが真代の首にかけられている。

 さながらどこか海辺の地方のお土産品といった代物だ。


「〝お守り〟だよ」


 たずねると科学部らしからぬ答えが返ってきて、真代はその言葉の意味を考える。


「何か、特別な効能があったり……?」


「なるべく肌身離さず、常に持っておくといい。困った時にはそれを握りしめるんだ」


「すると……?」


「冷静になれる」


「…………」


「プラシーボ効果だね。信じる者は救われるよ」


 くれるからには意味があるのだろうが、ダンジョン攻略になんの関係もないのだとしたら、それはそれで意味深である。


(ただの砂っぽいけど……それとも、粉か? なんかの薬品とか……。この人のことだしなくはない……)


 真代が首から下がった小瓶を矯めつ眇めつ眺めていると、


「戻って参りましたー、カワイコちゃんモードチェンジでっす!」


 声がしたので真代はなんとなしに理科室の入り口を振り返った。

 そして叫んだ。


「誰だお前!?」


「いやですねー、このカワイコちゃんの顔を忘れちゃったんですかぁ?」


「…………」


「しゅこー、しゅこー」


 ガスマスクである。

 科学部の二人が頭部を丸ごと覆うゴツいマスクをかぶっていた。


 全身装備……のつもりなのだろうか。

 ガスマスクに揃いのジャージ、背にはリュックと、傍目には不審者にしか見えない二人組である。


「ふしゅー、ふしゅー」


「……もういいよ、はいしゅっぱーつ」


「ではエニグマ小隊、初陣です!」


「変な名前つけんな! あと、何度でも言うけど縁科えにしなだかんな!」


「騒々しいね……、とまれ、朗報を期待してるよ」


 あまねに見送られ、真代一行は科学部を後にした。


 


                   ■




 真代たち四人が理科室を後にして、すぐ――


 そこらで伸びていた生徒の一人がむくりとその身を起こした。


 むくり、むくりと。

 他の生徒も続けて起き上がる。


「実際のところ……」


 と、その中の一人が口を開いた。


「〝彼〟は、どうなんでしょうか。本当に、期待されるだけの才能が?」


「能ある鷹はなんとやら、と言うけれどもー」


「先ほども今も、あまり鷹っぽさはなかったな」


「いやぁ? ? 部長が気を逸らさなかったら……」


 生徒たちの視線が宇碧うみどりあまねに集まった。

 そうだね、と彼女は頷いた。


「知識がないことがイコール、才能がない、とは限らないからね。そして期待とは本人の能力よりも、それを向ける周囲に重きをおいて考えるべきだ」


「つまり、理事長、そして生徒会長ですか?」


「そうなる。ボクとしては聡里さとりクンがやたらと関心を抱いてるのが気にかかるしね。……それに当然、呼ばれたからには理由があるだろう。実際、『二人目』はじゅうぶんに攻略に貢献できる能力を示した。……あれはヤバい。データが少ないから仕組みは今もって不明だけれど、ボクの印象を言わせてもらえば、。立派な才能、あるいは〝異能〟と言える」


「でもでもー、『一人目』は特に何かしてる風には見えないんですけどー? あの人、一番早くやってきた割に、ダンジョンに入ったのも分かる限りだと昨日の一回きりですよねー?」


「まあ、あっちは一応〝職員〟だからね、いろいろやることもあるんだろう。しかし、こちらも未知数であることには変わりない。今後の動向に注目だ」


「とんびもか?」


「とんびもだ。才能とはひけらかすものではないし……何より、必ずしも本人が自覚しているとは限らない。時に、無自覚かつ自然に行使されている才能こそ恐ろしい場合もあるからね」


「生徒会長の妹とかなぁ、実際、最大戦力だし」


「そういうことだ」


 ともかく、とあまねが話をまとめる。


「イルコと川内クンの報告に期待するとして――さて、。ちょうど話題に上がったあの姉妹のオーダー応えねばならないし、」


『…………』


「こら、死んだフリするな!」



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