15 初陣!エニグマ小隊




                   ■




 真代一行がダンジョン入り口がある空き教室を訪れると、そこには見覚えのある少女が穏やかな表情で待ち構えていた。


(えっと……後遠ごとーさんだっけか)


 昨日一緒だった、生徒会役員の少女だ。

 ダンジョンへ続く穴の横に机と椅子を置いて、さながら一人で補習でも受けているような恰好である。


「…………」


 穏やかな笑みを浮かべて座っているのだが、どうにも目が死んでいるような気がしてならない。

 原因は明白だった。


 彼女の隣の椅子に並んで腰かける、マネキンだ。

 デパートの衣類コーナーなどで見かける人形が、姿勢良く座っているのである。

 執事服のようなものを身に着けていて、さながら展示品のようだが、昨日はなかった。

 この場には不釣り合いだが一見するとおかしなところはない――と、思いきや、


「っ!?」


 がたがた、と。

 それが時折痙攣するようにうごめくものだから不気味で仕方ない。


(ど、どっかで見たことあるな、これ……)


 ともあれ、それより気になるのは笑顔のまま微動だにしない後遠さんだ。


「えーっと、」


 真代ましろが恐る恐る声をかける、と。


「ひゃぁっ!?」


 と、後遠さんが悲鳴を上げた。その場の全員がびくりとする。


「だ、大丈夫か……?」


 たずねると、後遠さんはぱちくりと瞬いてから、真代たち四人の顔を見まわし、そして隣のマネキンに気付いてびくりと硬直した。

 それから少しして、落ち着いたのか深呼吸を繰り返し、


「は、はあ……。すみません、気を失っていたようです……」


「マナ吸われてんじゃないの……?」


 ダンジョンのすぐ近くにいるのだからそうなってもおかしくはないが、それにしても彼女はここで何をしているのだろう。


(マネキンと一緒に……。受付か?)


 机の上にはノートと携帯端末。ダンジョンに入る生徒の受付、管理の仕事か。


「えーっと、俺たちもこれから入りたいんだけど……、今、他に誰か?」


「あ、はい、プリンスさんと、他に一小隊パーティー


 プリンス――、クロードのことだろうか。


(やっぱこのマネキン、あいつのだったか……)


 昨日、この街に到着してすぐ、クロードと出くわした時だ。

 クロードの後ろには、彼の〝付き人〟のように荷物持ちをしている男性の姿があったのである。

 金髪美少年にお似合いな、シルクハットをつけた執事のような人物――かと思えば、それはマネキンだったのだ。


(それで魔法使いだからなんでもアリなのかもっていう先入観おもいこみを……この街の〝洗礼〟を受けたんだ……)


 ひたすら不気味で、忘れられない出会いとなった。

 今ここにあるマネキンも、感情の無い能面、瞳の無い目もそっくりである。兄弟かもしれない。


(にしても、朝はあまりそんな素振りなかったけど、パーティーつくったんだ……?)


 真代の方もなんだかんだで明里と合流することになったし、今もこうして科学部の助力を得られているが――


「プリンスといえばあの金髪イケメン王子?」


 と、その助っ人がたずねる。


「どんなメンバー引き連れてきたんです? 女? 女? やはりハーレム?」


「え? どんなと言えば形容しがたいけど――ひとりだよ」


 ソロってありなん? と真代が首をかしげると、後遠は隣の人形を促して、


「『ボクに何かあったらこの人形に反応あるはずだから』と言ってました」


「つまり、……。それはなんていうか……考えたな?」


 本来なら〝何か〟ある前に連絡役の出番のはずだが、これはこれでありなのか。


(実際通してるし……。まあ、クロードの実力は噂になってるからな、顔パスかぁ)


 自分もそうなりたいと思うほどではないが、少し羨ましくもある。


(攻略最前線なんだろうな……。この人形うごかしてんのも、モンスターと同じ原理なんかな……? エンチャント系か?)


 本当にクロード一人でなんとかしてくれるような気もしながら、真代はダンジョンへと続く穴に視線を向ける。


 その横で、


「連絡役は……美緒川みおかわさんですね。じゃあ、お手」


「わん」


 後遠の差し出した手の平に、自分の手を重ねる美緒川である。

 そしてそのまま二人は目を閉じ、動かなくなった。


「……こいつ、何してんの?」


「……手続きです」


 と、誰ともなしにつぶやいた真代の疑問に、顔をあわせた時から表情一つ変えない川内せんだいがぼそりと答える。


「受付の後遠と、連絡役の美緒川の間に共通の〝識別子アンカー〟をつくってる……。いわば、アドレスやライン交換だ。です」


 それは数値や波形で表せるようなものではなく、またアドレスのように常に決まったものでもないらしい。たとえるなら〝感触〟のようなもので、その時々に相手と接したときに受ける心象や雰囲気を〝暗記〟するような作業だという。


「マナをつかった連絡というのは、電話のように特定の相手に直通とはいかない。広範囲にマナを放出し、識別子を持った相手を探し、見つけ、その上で連絡を取る……。です」


 これには数分かかる場合もある――と言うので、その間に真代は壁際に並んだテーブルの上から懐中電灯やヘルメット他、防具プロテクター一式を拝借することにした。


(そういえばこれ、昨日は気付かなかったけど……生徒会とか妹ちゃんパーティーが全部使ってた感じか。たぶん目に入ってたら聡里さとり先輩も言ってくれただろうし)


 ヘルメットをかぶると思い出したように頭部の傷が疼いた。

 同時にフラッシュバックするのは、昨日気を失う寸前に見た、ゾンビ……そういう、頭に焼き付いた〝恐怖〟の象徴イメージだ。


(また、あそこにいくのか……)


 陰鬱な感情が首をもたげるも、


「――よし、これであたしの魅力は刻み込めたな!」


 無駄にテンションの高い声が落ち込む暇さえ与えてくれない。

 そういう明るさは見習いたいところだが……。


「ふっ……これでお前はもう、あたしのことを忘れられない体になった……」


「はいはい」


 ともあれ、美緒川の方もようやく終わったようだ。軽くあしらわれている。


 これで、準備完了だろうか。


「じゃあ――」


 行こうかと、真代は、ことわ、美緒川、川内の方を振り返った。




                   ■




 ダンジョンへと続く暗がりを降りていく。


 坂道は緩やかながら、ちょっとでもつまづけばそのまま奈落の底へ真っ逆さまになるのではと思われるほど、行く先は暗く、不安をあおる。

 まだまだ序盤にもかかわらず闇の密度は圧倒的で、懐中電灯の光も吸い込まれてしまうのかまったく先が見通せなかった。


(地獄に通じてるんじゃなかろうか……帰りたい……)


 エニグマ(縁科えにしな)小隊などと名付けられたせいか、懐中電灯を持った真代を先頭に、ガスマスクの川内、美緒川、最後尾に同じく電灯で足元を照らすことわが並んでいる。


(風の音かな……? なんか奥から聞こえてくる……気味悪ぃ……)


 ふしゅうー、ふしゅうー


「…………」


「しゅこー、しゅこー」


「なあ、それわざとやってない?」


「ふしゅー、ふしゅー」


「…………」


 ……ともあれ、彼らのおかげでダンジョンに入る〝一線〟を思いのほか気軽に乗り越えることが出来たのは事実だ。彼らにそのつもりはないだろうが、ことわと二人よりも緊張感がなくて助かる。


「あ、忘れてました、エニグマさーん」


「あ?」


 無視しようかとも思ったが、今度は美緒川ではなく教室の後遠からだ。

 振り返ると早くも教室が眩しく感じられ、こちらを見下ろす後遠の顔がよく見えなかった。


「〝アプリ〟の位置情報設定、ONにしといてくださいねー。まあプリンスさんと同じく、理事長に呼ばれた〝期待の星〟なら救援の必要ないと思いますけどー……それではいってらっしゃーい」


 言われ、いってきまーす、と前に向き直るのだが、


「…………」


 あおられてた? 俺今あおられてた? と真代は後列を確認するも、ガスマスクどもに隠れて唯一の良心ことわの反応が窺えない。


(あの子も昨日の〝あれ〟知ってるよな……? 分かってて言ってる? それともクロードみたいに俺も期待されてんの? ううう……もやもやすんなぁ!)


 出鼻をくじかれたような気分だった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る