16 初陣!エニグマ小隊、そしてクマ




                   ■




 真代ましろ一行がダンジョンに入って、数分――入り口から続く長い坂道がようやく終わろうかという頃。


「……そういえば、」


 と、後ろから川内せんだいの低い声が聞こえてきた。


「アプリについては知ってますか」


「さっき後遠ごとおさんが言ってたやつ?」


「とーぜん、ガチ無知だから知りませんよね?」


「あ? ……いや知らんけど――何? アプリって」


 聞くは一時の恥、だ。ここは堪え、たずねることにする。


「というかエニグマ先輩、そもそもスマホって知ってますぅ?」


 こいつは無視。


「……川内くん、アプリってなんすか」


「アプリっていうのはアプリケーションの略で、」


「おい」


「端末にある、このダンジョン内の構造を記した地図アプリです」


「攻略のために呼ばれた先輩なら当然最初から入れられてると思いますけどー?」


 そう言うのでジャージのポケットに突っ込んでいた端末を取り出す。

 画面の明かりが眩しく目を細めていると、川内が隣にやってきて自身の端末を見せてくれる。


「位置情報をオンにしておくと、自分が今ダンジョンのどの辺りにいるか分かるようになってます……。他のパーティーの現在地も。位置情報は共有なので、〝外〟では位置情報をオフにするのが習わしです、そうしないと外でも位置バレする」


「これも我々の努力の賜物なのですよ! いやぁ、この辺の昔の地図を引っ張り出したり、ダンジョン内を原始的なマッピングなんかしたりして、もうデータ集めが大変でしたよ!」


「……お前は何もしてないけどな」


「その間の〝武器づくり〟代わってましたが!?」


 二人のやりとりを聞きながら、真代も端末のホーム画面にあったアプリを起動する。

 アプリに位置情報へのアクセスを求められたので、それを了承。これで外にいる後遠らに真代の位置が伝わるのだろう。

 そういえば昨日、聡里さとりがダンジョン内でスマホを触っていたが、このアプリを使用していたのかもしれない。


(お、出た出た。これで倒れた生徒の位置把握とかして回収キャリーするのかな。俺以外オンにしてないのはアイコンが集中するせいか? 倒れたらオンにしといて回収待ちって感じか)


 真代の端末は画面にロックをかけるパスコードをまだ設定していないからいいものの、他の生徒はどうなのだろうか。入った時点でみんなオンにするものなのか。いざという時パスコードを求められて他人が端末を触れなかったら元も子ないと思うが。


(モンスターも回収してくれるらしいけど、絶対引きずられるよな……どうせなら人の手で――いやいや、生きて帰るつもりでいかねえと)


 それにしても、このアプリも科学部を含めた攻略サポートグループによるものというから驚きだ。

 美緒川みおかわの言うことはいまいち信じられない(真に受けるのが馬鹿らしく思える)真代だが、そういえばと、理科室の黒板に地図が貼られていたことを思い出す。この街や、学校周辺が記された地図だ。


「地図といえば……」


 歩みを再開しながら、真代は周囲を懐中電灯で照らす。

 今はまだ昨日も通った、序盤の一本道だが――


「このダンジョン……坑道さ、校舎の裏山に接してるよな? 科学部にあった地図見た感じだと」


「それが何かー?」


「いや……大した事じゃないんだけど……」


 真代は忙しなく周囲を照らしながら、


「ここ、クマとか出ないよな……?」


 …………、

 ………………、

 ……………………。


「はあ? バカですか先輩? バカですね!」


「いい加減しばいたろうかこの後輩」


「出ません、少なくとも報告はない」


 と、川内がシンプルに答える。


「ここは、〝人の世界〟なので」


「人の……? ……とは?」


「よーするに、あれですよ、マナが張り巡らされてますからね、人間の気配ぷんぷんな訳です。冬眠前の飢えグマならいざ知らず、食べもん持ち込んでても野生アニマルなんて来ませんって。……たぶんね! あ、キモい虫はいます」


「……モンスターは来るけどな」


「ん……?」


 虫いんのか、と腕に鳥肌が立ったのと同時、真代は川内の言葉が引っかかりを覚えた。


「モンスターは来るって……、何? 食べ物に寄ってくるってことか?」


 あまねの話によればモンスターは人間のマナを感知しているのであって、他の感覚器官に当たる機能はないという話だが、今の川内の言葉にはそれとは異なるニュアンスを感じた。


「あぁ、はい……。エンチャントした食料を持ち込んだパーティーから、モンスターに食べ物を奪われたという報告があった。それも数件。連中、においなんて分からないはずですが」


「エンチャントされてるマナに反応したって線もありますけどね、その辺は後ろのメイドさんが詳しいんじゃないです?」


 言われてみれば、昨日――すっかり忘れていたが、ことわは何やらおかしな行動をしていた。


(変な、儀式みたいな……。ポテチを掲げてて……そしたら、モンスターが……?)


 思い返せば確かに、まるで食べ物に吸い寄せられるようにモンスターの一団が現れたような気がする。


 ことわの返事を待つ、と。


嗜好品おやつです」


「おやつ……?」


 ……モンスターの?


 最後尾にいるせいかことわの声は聞き取りづらく、真代は自分が聞き間違えたのかと思った。


「……初雪はつゆきさんの……」


「あぁ……」


 と納得してもいいものか。


(言われてみれば、があるよな――)


 真代がまた暗い物思いに引っ張られそうになった時、前を照らしていた懐中電灯の明かりが薄く広がった。


(広いところに出た……)


 端末の画面を確認する。ここはおそらく、昨日、最初の戦闘があった――そしてゾンビに襲われた――場所だ。


「ん……? アイコンが……」


「……誰か、死んでるな」


「死んでる言うな」


 広間からは複数の通路が伸びていて、その先の一つ……二つの通路が途中で交わっている場所に、真代のものとは別の、生徒の反応アイコンがある。


 これはチャンスだ、と真代は思った。


「動いてないっぽいけど……。一人か? どうする? そいつ回収して今日は引き返すというのは」


 ……思ったのだが、


「ほっときましょーよ。モンスターがこの辺までキャリーしますって」


「美緒川に一票」


「わたしは……それでもいいですけど……真代さんがそれでいいなら」


「う」


 今日はことあるごとに年下(主にガスマスク二人)にあおられていることもあって、ことわの一言が胸をえぐる。

 ここで引き返したら男じゃない、さすがにいろいろ挽回したい――そんな想いが心をよぎる。


「ま、まあそうね、行くとしますかねー……でも一応ほら、あれじゃん? アイコンいっこだけど、いっぱい倒れてたらさ、生徒会の人も困るでしょ、キャリーする時」


 だからチェックするだけ……(大勢いたら自分たちでキャリーするのを口実に帰る)――真代のそんな本心は見抜かれているのか、背後から小突くような視線を感じてならない。


 ……話題を変えよう。


「そ、それにしてもさ、昨日あんなことあったばかりだってのに、よくもまあダンジョンに入ろうと思いますねー。……うん? というか、普段ってどれだけのパーティーが入ってるもんなの?」


「一度に二、三小隊って感じですかねー? あんまり多くてもごちゃごちゃしますし。でもむしろ、今日は狙い目ですよ? ほら、それこそ昨日ごたごたがあった訳ですし?」


「狙い目って……新種ゾンビ出たのに? 知ってるだろ?」


 アイコンの方を目指して歩きながら、真代は何気なくたずねる。


明里あかりちゃんパーティーが雑魚いっぱい蹴散らしてるから、後続はすいすいーっと奥まで進めるって訳ですよ」


 真代が今こうして特に気構えず進んでいるのも、それが理由であったりする。

 先に他のパーティーが……主にクロードがいるということは、ダンジョンもまだまだ序盤のこの辺りには何もいないだろう、と。


「それに、モンスターは奥から湧くんで、序盤のこの辺はほぼ皆無じゃないです?」


「……量産されてるとはいえ、まずは深部の方から守りを固めてる」


「え――?」


 ふと、疑問が浮かんだ。


「ほぼ皆無って――?」


 一瞬――


「昨日、さっきの広間にモンスター来たんだけど? 妹ちゃんらが先行してモンスターやってたんなら……こんな序盤に現われるのはおかしいよな?」


 何気なく見過ごしていたことが、今になって疑問に感じられた。


「だって、?」


 それは真代にとって、なんてことない引っかかりだった。

 あまねの話を聞いていた時に感じた、些細な引っかかりだ。


 にもかかわらず――


 一瞬、静まり返った。


「ん? ……なんか騒げよ? 急に黙るなって……」


 ちょっと怖いだろ……、と歩きながら真代が振り返ると、


「あ、あれですよー、あれ……別の通路から来たんじゃないです? ほら、あそこいくつか道あるんでぇ……。明里ちゃんパーティーが行ったのとは、別の……」


「あ、あぁ……そのマップと現実を見比べてもらうと分かるが、時折これまではなかった〝壁〟とかが、出来るんで……。それで、隠された通路とか……」


「お前ら何を急にキョドってんの?」


 懐中電灯を向けてみるが、ガスマスクに反射してその表情は窺えない。


 しかしなんだろう、何か――


「まさか、う、後ろに、何か……?」


 真代に〝感知〟できないものでもあったか――そう思って前に向き直る。


 そこはちょうど、倒れた(と思しき)生徒のアイコンがある地点に差し掛かっていた。


「――――」


 懐中電灯を向けた先に、何かが見えた。

 ジャージのズボンに包まれた――


 人間の、脚だ。


「……!」


 真代はそれを見て一瞬叫びかけたものの、事前にそこに死体(仮称)があると分かっていたのもあって寸前に堪えることが出来た。


 それよりも、だ。

 あるいは――それなのに、だ。



 がうがう……



 なんか、いる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る