12 いくつもある道の一つ




                   ■




 それはまるで、いつまでも自分につきまとう〝呪い〟のようだ。


 ……、なのだろうか?


 いや――


「才能あるやつが努力して、偉業を成し遂げる……とか、科学部じゃそんなこと言ったけどさ。努力するからには理由があるし、そのぶんの苦労が伴う」


 ぽつぽつと話しながら、真代ましろはことわと連れ立ってひと気のない街を歩く。


「ダンジョンとかモンスターとか……俺の今までの常識とあまりにかけ離れすぎてて『魔法使いだから』、『才能があるから』ってだけで納得してたけど――」


 科学部で、ダンジョン攻略は一筋縄ではいかないと――それだけのものが構築されているのだと聞いて。



 白咲しらさき初雪はつゆきは魔法使いの才能を持ち、その上で努力しあのダンジョンをつくりあげた。


 それはなぜか。

 引きこもるためだ。


 しかしそれは、単純な現実逃避じゃない。

 逃げるために、キツい現実を――努力しなければならないという現実に向き合ったはずなのだ。


(楽しめれば多少はラクになるかもしれない。だとしても、だ)


 語弊を恐れずに言えば、相手は普通の人間ではない。

 常人よりも体力が劣り、病弱で、命の短い――特異体質――


「マナであんな小さなビー玉みたいなものつくるだけでも集中がいるっていうのに、ダンジョンとかモンスターとか……いくら時間をかけたって言っても、相当困難だったはずだろ。しかも場所はほとんど地下だし、暗いし、恐いし……」


 肉体的にも精神的にも、生半可な試練ではなかったはずだ。

 それを成し遂げるだけの努力――その意志は。


「相当な、覚悟があったんだと思う。遊びじゃない、必死な……」


 魔法を使う才能とアルビナの関係について、詳しくは分からない。

 けれど、精神を集中しマナを使えば、疲労するのはきっと常人と変わらないだろう。

 しかしそれはアルビナにとって、下手をすれば死に直結する問題だ。

 それは何より、白咲初雪自身が分かっていることのはず。

 その上で「それでも」と、思うくらいの――


「……それくらいの、強い覚悟が」


 いったい何が、彼をそこまで駆り立てたのか。


 それはまだうまく言葉に出来ない、きちんと掴みきれていない漠然としたものだが――

 真代にはそれが少しだけ、理解できる。

 似て非なる感情を覚えたからこそ、真代は今ここにいるからだ。


(……たぶん、〝理事長の息子だから〟だろうな。それで挨拶する羽目になって……)


 失敗し笑われ、あまつさえそれを撮影されて――恥ずかしくて引きこもるのは仕方ない。 

 そもそもが容姿からひとと異なる彼にとって、新入生の代表として目立つことは本意でなかっただろう。

 魔法使いが社会の、一般人からすれば未だ〝異物〟なら――アルビナである彼は、その中ですらもさらに異なる、特異な存在だからだ。


 しかし。


(入学式の失敗はただのきっかけだ。恥ずかしいから引きこもった? それだけじゃないだろ。もっと何か、強い理由があるんだ。……面白半分に撮影されたことだって、きっと堪える……)


 だからといってそれは、単純な逃避ではなく――


「……反抗――いや……これはきっと、〝戦い〟なんだ」


「戦い……?」


 少し離れて後ろを歩くことわの声に頷き返し、その言葉の意味を噛み締める。


 ダンジョンに引きこもったというよりも、これはきっと〝籠城〟のようなものだ。


「これは俺の想像だけど……理事長って、かなり過保護だったんじゃないか」


「えっと……まあ、その、一般的に言えば……そうなるかもしれません。けど――」


「まあ、仕方ないっちゃ仕方ない」


 しかし、当の白咲初雪にとって、それは重荷に――あるいは束縛しはいされているように感じてもおかしくはない。


 自分を縛り付ける、親――理事長への反抗。

 そして、アルビナという特異体質に生まれた、自身の運命への。


 それはいわば、「自分」を守るための〝戦い〟だ。

 それくらいの覚悟が、あの場所ダンジョンにはある――


(俺の思い過ごしかもしれない。だとしても、〝そういう理由〟が今回の件の背景にある――)


 ――それがたとえ〝万が一〟で、可能性としては低いものだとしても、現実は「そうである」か「そうじゃない」かの二択、実質五十パーセントで「あり得る」のだ。


「……どんな事情があるのか、それは想像するしかないけどさ――なんにしても、俺にはそれを止められない」


「それは……、」


「俺もさ、ここに逃げてきたんだよ」


 自然と視線は足元に落ちて、こぼれる言葉は独り言のように自分勝手なものになる。


「別に、何か嫌なことがあった訳じゃない。ただ……ずっと忘れられない、後悔してることがある。初雪くんみたいな、アルビナの女の子に……ひどいことをした。それからずっと、逃げてる。そのことから……」


 向き合うことから、選ぶことから。

 忘れることから、諦めることから。


 いろんなことから――


のいないこの場所に)


 母の命令で仕方なく――それを口実に、この学園へ逃げてきた。

 引き留めてくれる人はいたし、転校すると誰かに告げれば見送りに来る人のひとりやふたり、いただろう。


 事情を説明しないままバイトをやめさせてもらい、夏休みなのをいいことに友人知人に何も言わないまま逃げてきた。


 親に支配されることのない、理想の寮生活へ。

 誰も自分を知らない、新しく全てを始められるこの場所に。


 それなのに、今もまた――


(逃げようとしてる。逃げてばっかりだ)


 そんな自分が、〝彼〟を連れ出すなんて――


「何様だって、思うんだよ」


 訳も分からず親の言いなりになって、流されてここまでやってきた真代に――自らの意思で引きこもり、戦い続けている白咲初雪を連れ出すなんて――


「俺には、そんな資格はない」


 口ではそうやって、潔く振る舞いながら――内心では、必死に言い訳を考えている。


 もう一度、アルビナと関わらないでいられる言い訳を。


(……無理に連れ出したって、根本的な解決にはならない。……仮にいじめが原因で引きこもったとして、誰かが無理に学校に通わせても……〝いじめ〟っていう原因はなくならない。いじめっ子がいなくなっても、その〝事実〟はクラスに、何より本人の記憶に残る……)


 たとえ学校を変えたとしても――その〝事実〟は消えやしないし、


(初雪くんはもう、。引き返せない。外に出てもその〝事実〟は残るし、これまで以上に好奇の目にさらされる……)


 ――それが、〝選ぶ〟ということだ。


 これは彼の選択だから――、と。

 そう自分に言い聞かせて、納得しようとする。


 それは全て、自分自身にも言えることだという皮肉を感じながら。


「でも……、」


 と、ことわが遠慮がちに口を開く。


「このままでは、いけないと思うんです……」


「…………」


 それは真代にも分かっている。

 心情的な理由だけじゃない、現実的な問題としてこのままではいけないと思うし――

 そしてこのままでは、考えられる中でも最悪な〝終わり〟がやってくることも。


(俺だって……ここを追い出されたら、またあの街に、家に戻ることになる……)


 真代は白咲学園に〝転校〟してきたことになっている。

 前の高校から、だ。

 ここを追い出される……退学になれば、真代は前の学校に戻れるのか?


 いや――そんなことは、どうでもいいのだ。


(何も言わずに来ちゃったんだよ――どのツラ下げて戻ればいい?)


 ――進退窮まり、追いつめられている。


 現実的に安易な選択肢で言えば、このまま実家に戻ることだが――それを選ぶのは〝逃げ〟だし、そもそも〝彼女〟と顔をあわせる勇気が……合わせる顔がない。

 それは他人からすれば些細な、しかし真代にとってはこの上ない問題なのだ。


(めちゃくちゃ気まずい……)


 それに比べればまだダンジョン攻略の方がマシな気もするくらい――


「俺は……関わらない方がいいと思うんだ。このまま、何もしないで……」


 だって、選ぶのは恐い。

 何かを選択することには責任が伴う。

 責任とは、それまでの全ての正否を決定づける〝結果〟だ。


 仮にダンジョンから白咲初雪を連れ出したとして、その結果、彼がこれまで以上の苦痛を感じることになったら?

 そのせいで彼が〝戦う〟のではなく、真に〝逃げる〟道を選んでしまったら……?


 あるいは、彼は学園生活に順応するかもしれない。

 しかしその結果――それこそ〝いじめ〟などを受けたりしたら?


 それは――



 


 そうしたくても、真代は自分を責め続けるだろう。

 あの時、自分が彼を連れ出さなければ……、と。


 そういう後悔を、ずっと抱えて生きてきたのだから。


 これはもう、自ら科した〝呪い〟のようなものだ。



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