11 静けさとざわめきの中で




                   ■




 非合法すれすれの武器に臆したわけではないが――


(こうして廻ってみると、思いのほか普通の街なんだな……)


 校舎を離れ、真代ましろは市内中心部にある商店街を歩いていた。


 白咲しらさき学園を中心として築かれたこの街は、逢生あいおい市の衛能えのう区と呼ばれる地域にあり、もともとは今やダンジョンと化した坑道……鉱山を中心にした小さな集落だったという。

 鉱山の採掘が終わったことで村から人が離れ、廃村同然となっていたこの区を買い取り、そうして誕生したのがこの白咲学園だ。


 学園は小学校にあたる初等部から高等部まであり、区の大部分を校舎と学生寮が占めている。とはいえ、どうやら全寮制という訳ではないらしい。端の方には住宅街があり、マンションなども立ち並んでいる。


(小学生から寮生活っていうのも、親も心配だろうしな……)


 学生とその家族の他に、職員やその家族も暮らしているようだ。


 そして、人が集まれば自然と営まれていくのが社会だ。

 学生向けのレジャー施設もあれば、一般家庭向けの量販店などもあり、まさしく学園を中心に築かれた地方都市――いわゆる学園都市となっている。


(しっかし、夏休みだからなのかな……)


 真代が訪れている商店街は不思議と静かで、学生をちらほら見かける他には、子供連れだったり買い物中だったりする大人がいるくらいだ。

 真代の住んでいた街よりも明らかに人が少なく、活気がないというほどではないが、どうにもしんみりした印象を受ける。これが「閑静」というやつなのかもしれないが。


(まあ、そもそもの人口がうちの街よりは少ないのもあるか……)


 その「閑静さ」の理由に気付いたのは、ことわの案内で入った全国チェーンの食材店スーパーでそれを耳にした時だ。


 冷房の効いた店内に響く、うるさくないほどのBGM、店内放送。音楽の存在。


(そっか、音だな。環境音。やけに寂しく感じるのは。車がまったく走ってないんだ。うちとか夜中はよくパトカーやら何やらのサイレンでうるさかったからな……)


 それから、寮暮らしの学生が主ということもあって、基本的に深夜帯は街全体が静まり返るのだろう。住宅街は学生寮から離れているし、昨夜の静けさもこれなら頷ける。


「…………」


 静かで、一応山間部ということもあってか、都会よりも空気が澄んでいる。きっと夜中に空を見上げれば、星空を拝めることだろう。


 閑静な空気が、その雰囲気が、そこに住む人々にもそうした〝落ち着き〟を与えている――


「どうか、しましたか……?」


 と、唐突に。

 買い物を終えた帰り道、少し後ろを歩いていたことわがおずおずとたずねた。


「え? どうもしないけど……?」


 食材の入った袋を持つ手を変えながら、軽く後ろを振り返る。目が合うと、ことわはそれとなく顔をうつむけた。


(まだなんか壁がある……)


 しかし自分から声をかけてくれる程度には、距離は縮まったと思っていいのだろうか。


(まあ俺としては比較的話しやすいし、こんな感じの方がいいような気もする……)


 聡里さとりのように突然距離を詰めてくるでも、その妹のように突然距離を縮められることもない、空気の壁のようなものを挟んだような、ふわふわとした、どこかぎこちない関係性、距離感。


 科学部で話した宇碧うみどりあまねとは、店員とお客さん、教師と生徒のようなある種の利害関係があったためか気軽に話せたが、ことわ相手にはそれもはっきりとしない。聡里とはまた別に、彼女の考えがまるで分からない。


 しかして、彼女は真代に何かを押し付けてくる訳でもなく、一方でこちらの頼みはなんでも聞いてくれる。

 都合が良いと言えば語弊を招きそうだが、適当な表現がそれくらいしか見つからない。


 そんな相手だ。


(もしかしたら、初めてかかわるタイプかもしれない……)


 だけどどこか、親近感のようなものもあって――ぎこちないけれど、安心して接することが出来る。


(年下ってのもあるのかな。聡里先輩くらいの相手とか超苦手だけど、出来ればかかわりたくないけど……)


 ことわ相手には、そうでもない。

 もしも彼女とのそうした相性を考慮して真代の世話役に選んだのだとしたら、聡里は本当に魔法使いか超能力者かもしれないと本気で思う。


 そして――魔法使いと言うのなら、ここにも一応、一人いる。


「何か……悩んでるようなので」


「もしかして……」


 真代は歩調を緩めことわの隣に並ぼうとしたのだが、彼女はやはり真代の少し後ろを歩く。

 その謙虚さというか、いっそ避けられているような気さえする遠慮さに苦笑しつつ、真代は歩きながら彼女を振り返る。


……とか?」


「あ、いえ……そういうつもりでは……」


「まあ読もうとしなくても分かるよなぁ……」


 科学部で武器を手に入れたのだから、本来ならそのままダンジョンに乗り込む流れだった。明里のパーティーに合流して探索するより前に、真代の性格なら一度自分でも下見に行く。

 必要とされた人員は満たしていないが、ことわが連絡役を買って出てくれたし、あまねも調査をかねて適当な部員を貸すと言ってくれた。

 

 しかし真代はそれを断り(持ち出し厳禁の武器を預け)、こうして今、街をぶらぶらと歩いている。

 一応、街を見て廻るとか、夕飯の買い出しをするというそれらしい目的を掲げてはいるものの……。


 きっと、その背中を見ていれば分かるのだろう。


(静かだしな、この街――よけいなものがないぶん、マナ感知ってのも自然とうまくいくんだろうな)


 真代の心を、感情の揺らぎを、すぐ近くでずっと見ていた彼女は感じ取ったのかもしれない。


(まあ、別に隠したい訳でもないし――ここらで、ちゃんと確認しとくか)


 前に向き直りながら、真代はことわにたずねた。


「あの子――白咲初雪はつゆきくんのことだけど」


「は、はい……」


 息をのむような、硬い返事――何をそんなに緊張しているのだろうと疑問に感じつつ、真代は独り言のように告げた。



「あの子って、『特異体質アルビナ』だよな」



 本人を目にした訳じゃない。聡里に見せられた映像も鮮明ではなく、かろうじてその髪の色が分かる程度だった。

 けれども、真代にその可能性を浮かばせるに足るだけの外堀は埋まってしまっている。


 白咲初雪は――


「アルビナ――白い髪、赤い瞳。全体的に色素が薄くて、超虚弱体質で……そして、」


 魔法使いとして、天才的な才能を持つ。


 例の映像を撮影した生徒がそこまで知っていたかは分からない。ただただ奇特な容姿をした彼を面白半分に撮影しただけかもしれない。


(撮影されてたって時点で、〝もの珍しい〟ってことだ)


 はっきり見て取れたのはその白髪だけだったが、真代にはすぐに、彼がアルビナではないかと察しがついた。


(正直、魔法使いの才能っていうのは半信半疑だったけど、科学部であの話を聞いたらあながち都市伝説でもなさそうだ……)


 加えていうなら、静かで空気のきれいなこの街は療養するのに向いているし――

 学生寮――特別寮の設備。真代の部屋もそうだが、昨日、保健室で目覚めたあとに立ち寄った白咲初雪の部屋もまた、学生が住むには必要以上に仕様となっていた。


(空調はもちろん、日射しに弱いアルビナ用にカーテンとか窓も特殊な加工がされてた。特に初雪くんの部屋は厳重だ。カーテン閉じたら一切の光が入らない)


 この学園の理事長の息子だから、というのもあるのだろうが、だからこそ、彼の身の健康、安全に気遣った設備になっている。


「周知の事実っていうか、誰からも特に教えてもらってないけど、たぶんそうなんだろ……?」


「はい……。初雪さんは、特異体質アルビナです」


「……だよな」


 だから、なんだと言うのか。

 何が、こんなにも心をざわつかせるのか――ほんとはもう、分かってる。


 彼が、アルビナだというなら――



なんて、俺には無理だ」



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