10 うみどり先生の魔法学講義:アイテム編




                   ■




「我々科学部の日々のたゆまぬ努力により、こうしてダンジョン及びモンスターの研究・解析は進んでいる訳だが……近頃、モンスターの中にアイテムをドロップする個体が確認されている」


「もはや楽しんでないか初雪はつゆきくん……」


「これには合理的な理由があるんだよ。ずばり、『エンチャント』だ」


 エンチャント――それは先ほどあまねが実演してみせた、スティックシュガーを用いた人形(『シュガーマン』とでも呼んでおこう)にも用いられている技術だという。


「つまり、そうした既存物にマナを宿らせる、マナを込める、付与する……等々、表現は様々あるが、ニュアンスは伝わるだろう」


 具体的なイメージはしにくいが、言わんとしていることは真代にもだいたい伝わる。

 先ほどのシュガーマンで言えば、血が血管を流れるように、マナがスティックシュガーの中を通って「腕を上げる」などの命令を伝え、実行させたのだろう。


「外から付与されたものではないが……人間の意識をかたちづくるマナも、いわば肉体にエンチャントされた状態といえる。それが何を意味するか、分かるかな?」


「エンチャントされたマナは――物体に付与されたマナは、揮発しない……?」


 人間の意識をかたちづくるマナ、すなわち人間に宿っている個人のマナが自然揮発するものであれば、人間は意識を維持できないだろう。

 ということは、人間の中にある――物体に宿るマナというものは、外界にあるマナよりも揮発しにくいのではないか。


「その通り、ご名答だよエニグマくん。ブラックボックスの話と同じだね、人間の肉体の内側にあるマナと同じように、物質に宿ったマナもほとんど揮発しない」


縁科えにしなですけど。……じゃあ、例のドロップアイテムというやつは……」


 物体に宿る、揮発性の薄いマナを利用するとすれば――


を果たしてる、とか……?」


 通常であれば「マナでつくられた核」であるため、常にマナを注ぎ続け維持しなければならず、コストがかかる……モンスター製作者の負担となる。

 しかし、この核を「マナを宿した物質」で代用すれば、核の維持コストがかからずに済み、揮発することのない〝中のマナ〟によって、安定して外のマナを寄せ集めモンスターをかたちづくる凝固状態を保つことが出来る。


「これまでより安定したモンスターの出来上がり、という訳だね。実を言えばこれまでのモンスターどもは、命令系に問題があった。核にプログラムされた命令をある程度消化すると、そのぶんだけ核を構成するマナを消耗し、〝ガワ〟だけ残して自滅していたんだから」


「なんか嬉しそうですね……」


「ふふん。敵も進化しているんだ。だからどうということはないのだけれど、中にはそうしてエンチャントされたマナを内包し、核を複数持つ個体がいるということ。それから、一部のモンスターが〝武器〟を持ち始めた、ということ」


 エンチャントにより、モンスター単体とは別に存在できる構造物オブジェクトをつくり置きすることが出来るらしい。

 昨日見られた寄生型も、複数の核を持つことで疑似的な〝分裂〟を行い、〝感染〟めいた勢力拡大を行っていたと推測しているそうだ。


「なんて頭のいいやつなんだ……」


「まあ、このエンチャント案を先に提案したのは我々で、それをパクられたというのが実態だがね」


「あー……」


 それでどこか自慢げだった訳だ。


 なんでも、食べ物などにあらかじめマナを込めた上でダンジョン内に持ち込み、非常時の回復アイテムとして使うなどしていたという。


「エンチャントはダンジョン攻略において、弱者が実力を補うにも、強者がより効率よく働くためにも、重要な点を占めている訳だ」


「なるほど……」


 そして、科学部などはエンチャント等を通して攻略組を支援している訳か。


「……ところで、ドロップアイテムがあるのはいいんですけど、なんか使えるんですか、それ」


「もちろんだとも。個人の『命令』がマナに宿るように……いわば感情や記憶といった心的情報もまた宿る。エンチャントされた物質はダンジョン外にも持ち出せるから、ボクたちはそれを預かり、敵の内情を調べることが出来る訳だ。モンスターはどこから来て、どこへ行くのか、とかね」


「哲学じゃないすか……。――あ、待てよ。……?」


「そう、モンスターの発生地点だ。モンスターどもはそこらへんにぽんぽん自然発生ポップする訳じゃない。我々はなんらかの『製造母体マザーシステム』があると推測しているが、ともかく――モンスターは常に、ダンジョンの奥からやってくる。その〝奥〟こそが、『主』のいる拠点……という訳さ」


「……?」


 少し、引っかかるものがあった。


 それがなんなのか、掴めそうでつかめない。まるで今朝見た夢の内容を忘れて行くように、指の間をすり抜け消えていく――たぶん、それほど重要なことではないのだろう。


「マナ感知の一種と言えば分かりやすいかな。ドロップアイテムに込められたマナから、ひとの心象を読み取ることが出来る手合いがいてね。まあそれは〝科学部〟の仕事の範疇ではないのだが」


 それより、とあまねはすでに冷め切った紅茶を一口ふくんでから、


「入手したドロップアイテムをもとに、モンスターに対抗するための武器の製作計画も進んでいる。……特殊な体液を出すモンスターがいてね。ただの水にマナを宿すことで変質させてるんだが……生徒会他に採取を依頼しているんだけれど、なかなか進捗がないな」


「えーっと……ということは、なんかこう、素人にも扱えるような武器はまだ開発中ということですか……?」


「あるにはあるのだが、基本的にそれらは〝使い切り〟だ。そのくせ準備に手間がかかる。そしてこの数日、さっき廊下で騒いでいた子が我々の発明を根こそぎ使い潰してくれたものでね……」


「あぁ……」


 その明里あかりのパーティーに加わるにしても、個人的な自衛手段の一つくらい用意しておきたいところだが……。


 何か、他にもストックがないか――ぐるりと理科室を見回してみるが、特にこれといって変わったものはない。気になったものといえば、黒板に地図のようなものがあり、そこに付箋が大量に貼られていることくらいか。


「いわゆる前衛職の冒険者はそれこそ金属バットなどにエンチャントし、自前の武器でモンスターに対抗しているけれどもね。あれは殴っているように見えて、実は強制解放リリースを促し、モンスターの表面を削っているんだよ。単純に物理ダメージで殴って砕く、というのにはなかなかコツがいるらしいからね」


 ボーンとボーンをつなぐ関節ジョイントを狙えばいわゆる部位破壊できる訳だ、となかなかゲームっぽいことを言ってくれるが……。


「俺のことどこまで聞いてるか存じませんけど、これまで一般人だったもので、喧嘩バトルとかもしたことないし、アクションゲームみたいなこと実践できる気もしないっていうか。ついでに言えばエンチャントとかそういうこともちょっと……」


 言葉やイメージで理解できるのと、それを実践するのはまた別の話である。


「まあエンチャントなんて、ゆかりのあるものに想いを込めれば出来上がりといった簡単な魔法ものだけれどね……。回復はともかく、武器となるとほとんどつくった本人用になってしまうから、こちらからキミに提供できる武器はないな」


「そうすか……」


 となると、本日科学部を訪れた当初の目的は諦めるしかないか――


「しかし、そうだね――実は一つ、秘密兵器がある」


「お……?」


「ただしこれは基本持ち出し厳禁の代物でね……聡里さとりクンにも報せていないものだよ」


 あまねが妖しい笑みを浮かべなら声を潜める。

 真代ましろははたとその意図に気付いた。


「か、金……ポイントとるんですか……?」


「まあ? 無理にとは、言わないよ……? ただね、ボクとしても、こうした情報提供や労働に見合う正当な対価が欲しいと思っているというだけでね……」


「……いくら、ですか――」


 ことわの視線が気になるが、今回の情報提供は大きかった。そのうえ武器を、秘密兵器とまで呼ぶものをもらえるというのは心が揺さぶられる。


(別に自腹は痛まない……こういうときのためのポイントだ)


 真代はあまねとの取引に応じることにした。


 先にポイントの受け渡しを行った。基本的には銀行振り込みのような要領で、相手の端末のIDに振り込むといった形のようだ。その記録もお互いの端末に残るらしい。

 ついでに連絡先も交換する。この学園に来てはじめて、他人と番号を交換した。

 ちなみに、なぜか聡里の番号が一番に登録されている。


「では、取引成立ということで――」


 と、あまねがそこら辺でぐうぐう眠っている他の部員の様子を警戒しつつ、奥から何やら怪しい小箱を持ってくる。

 その、中には――


「拳銃……!?」


 のような形をした、半透明の玩具――


「……水鉄砲だ!」


 むかし懐かしい、夏の子供の定番アイテムだ。霧吹きに似たような原理で、引き金を引くことで水を射出する、あの――


「ふざけてんすか?」


「いや……? 試し撃ちさせて証明したいところだけどね、そうもいかない貴重品なんだよ、これは……」


「……中の水が、ドロップアイテムとか……?」


「通常の手段では入手できない貴重品が使われている……」


「……ごくり。ちなみに、何が……?」


 あまねが顔を寄せるよう促すので彼女に近づく。ことわも真似するように寄ってきた。

 声を潜め、あまねが告げる。


「ボクがね、すぐそこにある――」


「んなっ……!?」


 思わず壁際にある、鍵のかかった棚を振り返る。


「くふ、ふふふ……。水鉄砲本体もように加工された特別品だ……従来品よりずっしりと、ほら、重みがあるだろう……?」


「い、言われてみれば……。で、でもこれ、モンスターに効くんですか……?」


「マナ構造物への実験は実証済みだよ。砕くのではなく〝溶かす〟んだ……聡里クンには危ないからと止められているけどね。だからキミも、人に向けて撃っちゃいけないぞ……?」


「な、なんて人だ……。あれ? でもこれ、例の寄生型には――」


「察してくれ。だからお蔵入りにしてたんだ」


「…………」


 突如真顔に戻られて困惑する真代である。


「扱いにはじゅうぶん注意してくれよ……?」


「は、はい……」


 ましろは 『ひみつへいき』 を てにいれた……!


(これでいいのかと思わなくもないが……)


 ともあれ、強力な武器を手に入れたことに変わりはない。

 これで少しはダンジョンに挑むハードルも低くなる――


「…………」


 ――はず、だった。



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